弟王子
まだ此処までは、今回の章のプロローグです。
とある宮に作られた華広場。ボッテリとした質感の純白の華が咲き誇り、みっしりと密集して咲き誇る華は広場を塗りつぶしそうな勢いだ。華と石畳の道の隙間を縫うように、蔓薔薇が絡み付いた門や机や椅子が設置されている。
此処は誰にも知られない広場。かっては賑やかな笑い声が響いていたが、今は誰も知る者のいない広場には、無数の白鷺と粗末な墓が四つだけが居た。
奴隷達に作らせた人工池に浮かぶ、白鷺と蓮を見る事ができる位置に作られたブランコ。流麗な彫刻が刻まれた銀の柱から垂らされた鎖の先に藤の籠が下がっている。
私の膝の上で眠るティべリアスの頭を撫でる。
その姿は私の記憶の中とは違い、健康的な体に健やかな精神を持つ。糞尿にまみれて婢に罵られていた姿ではない。その強い足で大地を駆け鍛えた腕で武器を振るう、十四に相応しい発展途上ながら未来の活力に溢れた姿だ。
その艶やかな金髪は白に近い色合いで、下品でない程度に短く切り揃えている。眉は小さく丸い蛾眉であり、今は閉じている瞳は海底を思わせる深い蒼。あの、暗い腐った枯れ木のような姿は微塵もない。
弟が見た夢は、本来歩むべき未来だった光景だ。私が何もせずにいた未来の、憐れな枯木王子の光景。
何故今さら夢を見るのか分からない。だが、これは奴の合図だと私は思う。何の合図かは分からない。たが、こやつを救う合図だと願う。
『お父様、どうなさったの?』
「大事ない。心配するなアルマ」
アルマの声がする。
目の前で泳ぎ廻る白鷺の群れから、一羽の白鷺が群れからはぐれて陸にあがった。仲間たちよりも、いっそう小柄な体躯に、しなやかな体の線に月の光を照り返す純白の羽毛。頭から数本だけ生えた飾り羽は、まるで貴婦人が身に付けるリボンのようにアルマの頭部を飾る。
この美しい神秘の白鷺は神の鷺。
あの日の箱の中には陶器で出来たようにすら見える、美しい白い卵が入っていた。その中から孵ったのがアルマだった。最初は勿体振って卵かと怒ったが、箱の中には【使用者がお育て下さい】と書かれたメッセージカードが入っていた。
卵を割ってやろうかと思ったが、仕方なく卵を孵した。帰ってきた奴隷に教えさせてやり、卵を毛布に包んで抱いて温めて出てきたのは、変てつのない鳥の雛だった。卵の世話なんて屈辱を味わった先に出てきたのが鳥の雛。
竹串持ってぶっ指してやろうかと思ったが、奴隷があまりにも必死に請願するものだから、奴隷の頭を踏みつけて怒りを納めた。小さな私では、調教所から帰ってきて体躯が良くなった奴に痛みを与えられなかったが、大分気分は良くなり雛の世話を始めた。
『お父様、ティべリアスったら寝てしまいましたの?そこは私の場所ですのに』
「今日は仕方ない我満しろ」
『お父様がそう言うなんて珍しいですわね。ならば我満致しますわ』
私の肩に留まり、深々と溜め息を吐くアルマ。そのまるで、年へた女のような雰囲気に笑いが漏れる。
成長した雛は言葉を話すようになった。それは私にしか聞こえない声で、雛は『ととさま、ととさま』と呼びながら私にまとわりついた。その雛には不思議な力があり、私は雛を使い密かに宮の中を探り、記憶と照らし合わせてあの計画を発見した。
第二側妃の謀略。
私は、それは後見人を得るチャンスだと感じた。今では兄達に使い捨てにされる未来しかない。私は標的である第一側妃に告げ口し、危険を知らせた。情報元は第二側妃の婢と告げ、その婢は拷問で死んでしまったと告げた。第一側妃は半信半疑だったが、自分が部屋を出た後に第二側妃に見張りをつけた。
そして見張り達は、第二側妃が自分の幼子に手をかける現場を目撃したのだった。
第二側妃は、その場で殺された。私が、第二側妃は怪しい呪術を使う妖女だから、障りがないように直ぐに殺した方が良いと申告していたからだ。
残ったのは、血塗れで母を失ったが、以前とは違って元気よく泣きわめくティべリアスだった。
第一側妃は私を呼び礼を告げた。そして何か褒美が欲しいかと尋ねてきた。
私は言った。美しく聡く時期国王に一番近い、第二王子アルディオス兄上に仕えたいと。今回の事は忠誠の証であると告げた。
第一側妃は暫く悩んでいた。第一王子は父の意向で第三側妃の子供である。それは、一番正妃に近い位置にある第一側妃にとっては腹ただしい事であった。第一王子を蹴落とす為には、味方か必要だ。特に目立った才覚はなくとも、王家に連なる者を一応味方にして損はない。
それに、実家の後ろ楯を失った王子はちょうど良いと感じたようだった。母を無くした実家は、無能な当主のせいで急速に力を失い、革命、いや当時は反乱軍に攻められていた。墜ちるのは時間の問題であった。
第一側妃は頷き、私に息子の腹心に相応しいように援助すると告げた。ティべリアスを育てることを進言したら、弟ともども兄上に仕える事を約束に頷かれた。
私は奴隷を伴い、血塗れの赤子を片手に誰もいない宮に帰ったのだった。
私はティべリアスを見つめる。これは私を命の恩人として敬愛の念を向けてくる。私の命令で人を殺すし、私が命令すれば人間さえ辞める。私が受け取り育てた赤子。理由がありあまり王都から出歩けない私の替わりに動く、優秀な愛しい駒にて実験台。
母を失い地位が低い私が、後見人を得るためにティべリアスの母親を殺して利用した。その時手に入れたティべリアスは、改変がどこまで許されるのか試す為の小さな被害者だ。
生き方や考えていた法則が合っているかを確かめた。その為だけに生かして利用した。その程度なのだ、お前達は。罪ある王家の者達。役割を忘れて享楽に耽る愚かな【選ばれた民】。お前達の価値はそれだけだ。
『お父様大丈夫ですの?』
「・・・・・・」
『ふふふ、お父様は泣き虫になりましたわね。相変わらずお父様の涙は美味しい』
ふざけながら私の頬を舐めるアルマ。分かっているのだ、同情されても私は素直に受け取らない。だから、アルマはふざけて私の頬を舐めて、気付かれないように慰める。
分かってはいるが、私はそれに身を委ねることは出来ない。私は覚悟を決めた。妹達が死んで道を閉ざされてから、私は覚悟を決めた。
『お父様、頑張って王様になりましょうね?』
「ああ、アルマ」
私は願う。
お前達は、私がやって来た事が無駄でなかった事を示して、私を安心させてくれ。だから、私の為には幸せになってくれ。ストラヴィオス兄上、ネロアス、ティべリアス。
愚かな一族、私もその民の一員なのだ。




