001話 この娘はだ〜れ?
(冒頭の4行は読み飛ばしても大丈夫!)
「だはんで、そいだばまいねって、しゃんべってらべや」
「んだばって、前に会ったずは、まだ12の童すコだったはんで」
「こすたらスープ、したに喜ばれねべや」
「なんもなんも、どさせばいいんずや? めぐせべやー」
えっとぉ…… この娘、誰?
以前会った時は、華美ではないけれども高級そうなドレスを着たおとなしい感じのご令嬢だったと思うんだけどさ。
いま目の前でトーガル風の三角スカーフかぶって、素朴な服にエプロン、袖をまくり上げて煤のついたお玉を持って、まわりの地元衆からツッコまれ、からかわれながらも快活に流暢なトーガル語で言い返してる…… この娘、誰だ?
俺、ここトーガルを治める辺境伯家の三男だったんだけど、兄貴たちが亡くなって、いつのまにか継承権1位の男の子ってことになっちゃってて、それで、この間親父が亡くなって、ついに年貢の納めどきがきやがったという感じで、トーガルに戻ってきたんだけどさ。
そういえば、隣村に隠してる許嫁ってのがいたはずだなぁとか思い出して、様子見に来たつもりなんだけど…… 隠してる許嫁ってなにって? その件は、のちほど説明するとして、そんなことより、この状況なによ?
前に会ったのは5年ほど前で、当時彼女は確かに12歳で、まだまだ幼さが抜けきってなかったけどさ。あっ、俺だって当時はまだ10代後半で、ガキっちゃあガキだったわけだけどね。
でもさ、この娘、元王国のお姫様なのよ?あ、元王国とか言っちゃったけど、いまでも王国は滅亡寸前だけど一応存続してます。ていうか、そのおかげで彼女たちは帝国から逃げ回って隠れてないといけない身の上なわけなんだけどさ。とにかく、いまでも、それなりに高貴なお姫様のはず……だよな?
俺が扉の前で固まってると、彼女もそれに気づいたようで、顔を真っ赤に染めて、持ってるお玉を背中に隠しながら俺の方をむいて、軽く片足を斜め後ろにひいて、ひざを曲げる。
「えと、その、お久しぶりでございます。辺境伯様におかれましては…… 辺境伯さま?」
挨拶しかけて、ちょっと不思議そうに小首をかしげると、肩口から後ろでひとつにまとめた見覚えのある綺麗なシルバーブルーの長髪が揺れる。俺は、下から覗きこむように見上げる赤い瞳を確認して応える。相変わらず、背丈、ちっこいな。
「あ、ああ、えと、お久しぶり、リューリア姫……だよね?」
お互いに、なぜか語尾がハテナマークになるわけだが、これはやむをえまい。俺だって、つい先日、辺境伯になったばっかで、こんな若造を辺境伯と呼ぶことには違和感あるだろうし、いや、そういうことじゃなくて、要するに俺が動揺しまくってるわけで、リューリア姫がそれを不審に思うのも当然なわけだけども。
俺の方のハテナマークはさ、だって、前にあったのは旧王都、まだ一応王都だけど風前の灯火で…… ともかく王都暮らしのお姫様だったんだよ?それがさ、なに?この家臣たちとのうちとけ具合。しかも、この圧倒的なホーム感。
俺はさ、一応、ちょっと前にこの辺境領トーガルの領主になったわけだけどさ。確かに生まれはトーガルなんだけどね。わりと小さい時に王都に連れてかれて何年か王都暮らしをしてさ。その後はお隣りの聖都に移って、いままでずっと聖都で暮らしてたわけよ。基本的に都会っ子、シティボーイなわけ。
え?なにしにそんなとこに行ってたのかって?
それが、概ねずっと人質だったんだよね。ほら、忠誠の証として妻子の身柄をあずけておいて、絶対に裏切りません。万一裏切った場合はご随意にってやつ。もともと親父がさ、タケ兄、つまり長兄と俺を、当時の主君である王国に人質として差し出してさ。んで、当時新興勢力だった帝国にも念の為にゴマすっとこってことで、カタ兄、次兄を帝国担当ってことで帝都に行かしてたんだよね。
そのうち、だんだん帝国が勢力を伸ばしてきて、聖都を概ね掌握するようになっちゃってさ。あ、聖都ってのは大聖堂があるとこで、宗教的というか文化的にっていうか権威はあるんだけど、特に武力はもってないし、時の権力者にいいようにつかわれる歴史ある都市なわけ。とりあえず、聖都では戦闘行為はあんまり起こらないけど、政治的駆け引き的には、最前線って感じの立ち位置かな。
それでさ、帝都に行ってたカタ兄が23歳の若さで急に亡くなっちゃったのよ。当時まだ12歳だった俺はかなりショックだったんだけどさ。
とにかく帝国優勢って状況なわけで、親父の指示で俺はカタ兄の代わりに王都から帝国勢力圏の政治闘争の最前線、聖都に引っ越したってわけ。親父はさすが百戦錬磨、そのへん抜かりないっていうか、要するに常にどっちにころんでもいいようにさ。リスクヘッジってやつ?
まあ、王都から聖都なんて距離的にはすぐだし、とりあえずどっちも都会だし、俺はテキトーに都会暮らしを満喫してたんだけどね。
ながながと何の話かって?
要するに何が言いたいかというと、とにかく!
俺はトーガル語、話せません!
そう!俺は、地元の言葉が話せないんだよ。いや、言ってることは多少はっていうか、だいたいわかるよ。違う言語というよりは、方言のようなものだからね。それでも、わからん単語はもちろんあるし、年寄りのつかう古い言い回しなんてお手上げな感じだけど、まあ、オッチャンぐらいまでの年齢層が普通に話してることぐらいならほぼ理解はできる。
でもさ、聞くのはともかく、なんかさ、自分がそういう言葉を話すのって、普段使わない言葉遣いになるし、なんか照れるというか、なんかさ、恥ずかしいじゃん!……なんて言って、よく親父に怒られたんだけどさ。
まあ、そんな親父ももういないんだけど…… いや、こんなとこで固まってる場合じゃないんだった。
今はリューリア姫に集中!
「あ、はい。覚えていてくださったんですね。嬉しいです。その節は大変お世話に、いえ、今もトーガルの皆さんにはお世話になりっぱなしで」
「いや、それはいいけどさ。そうだね。リューリア姫とは、ツールギアの港で見送ったのが最後だったね。もう5年も経っちゃったんだ。半分政略みたいなもんだけど、仮にも許嫁だってのに、アレっきり顔も見せられなくてゴメンな。親父が面倒見ることになってたけど、その親父も亡くなっちゃって、不安になってないかなと思ったんだ…… けど、俺の取り越し苦労だったみたいだな」
俺がそう言って呆れた顔をつくると、リューリア姫は恥ずかしそうにしつつも嬉しそうに、小さな声でハイと答えて笑顔をつくる。
昔から変わらず小柄で、俺もどっちかといえばヒョロガリ系なんだけど、それでも、あの頃から比べたら背はかなり伸びてるし! いや、それでヒョロ度に一層のみがきが…… 俺のことじゃなくて。
うん、俺も大きくなってるし、たぶん、この娘もそれなりに大きくなっているんだろう…… 見た目、あんま分からんけど。まわりの地元民と比べたら、同じ人類?ってくらいに細くて華奢だし。
あらためて、色白の多いこの北方辺境でもなかなかお目にかからないような透ける肌だよね。うん、こっちの人たちって、確かに色白で肌が浅黒い人とか見たことないけど、わりと赤みがかった白なんだよね。この娘の場合は、透けるように白くて…… で、ちっちゃい。
そう、どこかおとぎ話の中のフェアリーを連想させるような。そして、少しタレ気味の大きな目に赤い瞳。なんかキレイっていうよりかわいいが勝ってる愛嬌のある笑顔。
「まあ、特に日々に困らず、楽しくやってるんなら、それでいいよ。こんな辺境の土地でどう過ごしてるのか、気にはなってたんだけど、リューリア姫が馴染んでくれてて良かったよ。にしても……」
俺はそうリューリア姫に応じてから、周囲を囲んでいる地元家臣団の面々を睨みつけながら見回す。見たことある顔もチラホラと。その中のひとりが前に出て挨拶をする。
「閣下!ご挨拶が遅れました。ゲンゴーにございます。新参者ながら、先代様より、このボードサリュー村詰め家臣団のまとめ役の任を仰せつかっています。亡きお兄君、タケーノ様よりお救いいただいたこの命、これよりは閣下に忠誠を誓い、身命を賭してお役に立たせていただきます」
「うん、ありがとう。親父からはスゲー有能だって聞いてるよ。さすがストーンパディ家の、あ、いや、ゲンゴー・シュグールだったね」
この男、なにを隠そう王国の前の俊英宰相スリーセー・ストーンパディ様の次男で、本当の名前はジュセフ・ストーンパディという。実は、リューリア姫の実の兄。別ルートで一歩早くトーガルに来てて、リューリア姫の隠れ場所を整えてたんだよね。
え?じゃあ、リューリア姫も宰相の娘ってことだから、王国の姫って違うくないかって?
いや、実は、王太后ネーネ様がさ、王妃だったころからずっとリューリア姫のこと気に入っちゃっててさ。ネーネ様はお子様に恵まれなかったのもあって、ホント、実の娘のように可愛がってたんだよね。宰相様が一か八かの大戦に突っ込む前に、なんかあったらって、当然のようにリューリア姫を正式に養女として引き取って保護しちゃった。
というわけで、リューリア姫よりさらに幼い今の王様からすると義理の姉ってことになるわけかな?まあ、今の王様は側室の子で、あんまり接点はなかったみたいだけどね。しかし、その王様もいまや風前の灯火で、まだ幼いのに可哀想だなと……
いや、その、一応、うちは帝国に属することになったから、同情してちゃいけないんだけど、まあ、こんな辺境の僻地でなに言ったって、情勢にはまったく影響ないんだけどさ。
せいぜい、王国から逃げてくる人を匿う程度。そりゃ、昔から世話になった人が困ってたら助けてあげたいじゃん?特にうちの家は宰相様に世話になりまくりだったからさ。こっそり、バレないようにだから、あんまり派手なことはできないんだけどね。
ゲンゴーも名前を変えて、親父がトーガル家の家臣として召し抱えたんだけどさ。まあ、そのぐらいが精一杯。一応、たぶん、いまんとこバレてないらしい。
「身に余るお言葉ありがたき幸せにございます。本日は、閣下がお越しとのこと、ボードサリュー村詰め一同総出で晩餐を準備いたしました。聖都より帰還なされたばかりでお疲れのところ、領都では気苦労もあったかと存じます。さ、さ、まずは、お席へ」
さすがに有能ゲンゴー、俺のセリフ後半の余計な部分には触れず、俺を宴卓の奥に誘導する。俺が着席すると、待ち構えたように厨房から皿が運ばれてくる。
「そういえば、スープがどうのって言ってたね?コレのことかな?」
「んだ!リュリュさま特製スープだはんでな!」
「うわぁい、なへバラすんのや?」
俺のつぶやきを聞き取った地元家臣のひとりがトーガル語で応えると、リューリア姫が思わずといった様子で声を発し、それから慌ててハッと口を手で抑えて俺を見る。
「あはは、いーんじゃない?一応、俺だってそのくらいは聞き取れるし、意味はわかるからさ。それにしても、わずか5年でそんな風に話せるとはリューリア姫って凄いね。なんかコツとかあるなら教えてよ」
そういいながら、とりあえずスープをひと口。うん、うまいじゃん。胃袋つかまれたかも?
「い、いえ、その…… 最初は、みなさんと仲良くなりたくて必死で、でも、そのうちなんだか楽しくなってきて。案外、そんなに難しくないですよ。語彙はそんなに変わらないですし、音や語尾の変化は法則性がわかれば…… 毎日使ってれば、私でもこのくらいは」
「そうだね。毎日使う。か……」
それがなかなかできないんだよな。領都屋敷だとみんなそれなりに両方話せるし、家臣はそれなりに俺に合わせてくれるし……
というか、一部、わざと俺には微妙にわからんレアな言葉使ったり、わざと崩して発音したり、しかもこっちが理解できないのをいいことにヒソヒソと……ならまだマシで、わざと聞こえるように。うん、そういうのはね、なんとなく雰囲気でなんか言われてるなってわかるっちゅうねん!そもそもこの村に来る気になったのだって、領都のヤツら……
いや、そうじゃない。そんな回想シーン入れてる場合じゃないよな。と、頭を振っていると、隣から小さな声が。
「あの…… 辺境伯さま?」
あ、ゴメン、なんか心配させてる。
しかし、やっぱ凄いなこの娘、一所懸命に自分のなすべきことをする。それも自然にやっちゃう。きっとこんなとこなんだろうな、みんなが構いたくなっちゃう。助けたくもなっちゃう。
あんな風に気楽に声をかけられたり、会話することなんて王都暮らしではなかっただろうし、楽しくなったってのは、きっとそういうことなんだろうな。それじゃ、俺も……
「そうだね。習うより慣れろってやつかもしれないね。ところでさ、その『辺境伯様』っての、なんかちょっと違う気がしてさ」
「そうでしょうか?すみません。なんとお呼びすれば?」
「前は普通に名前で呼んでくれてたでしょ?あの時と同じ、そのまんまでいいけど」
「はい。ありがとうございます。では、『ノブ様』、私からもお願いしてよろしいでしょうか?」
「いいよ、なんだい?」
「私は、その、もう『姫』ではありませんので……」
確かにお姫様らしくないカッコだし、いや、そうじゃなくて……
「そっか、うっかりしてたな。それじゃあ、なんて呼べばいいかな?そういや、さっき、リュリュって」
「はい!いつの間にか、皆さま、そう呼ぶようになってて。もし、よろしければ、ノブ様からも、なんか…… ちょっと恥ずかしいんですが」
「したにめぐせがらいねでいいべや。リュリュ様だば、たんげだにめごいはんでな」
リューリア姫、いや、リュリュがそう言って恥ずかしがると、すかさず周囲から合いの手が飛ぶ。うん、確かにこの娘の小さくてかわいい感じによく合う愛称かも。しかし、なんなんだ、このノリは?
ところで、ようやく、俺の名前が明らかになったね。そう、俺の名はノブ・トーガル。この国の北の最果ての辺境領トーガルを治める辺境伯家の当代当主(新米)なのです。名乗りついでにひとつここらで、背景がたりでもしますか。
群雄割拠の乱世を終結させたカリスマ王ヒディーヨッシュ・リッチヴァーセルが大陸中央部全域の支配を固めて王国を築いたのがわずか18年前。ようやく世の中が平和になり、盤石に思われた王国の支配体制なんだけど、10年前にカリスマ王が崩御してから、あちこちに亀裂が。
そんな情勢の中、ひとりの有力地方領主が、旧王国の東方辺境からその周辺をまとめる形で徐々に勢力を拡大。その有力地方領主イエアーストリッヒ・ヴァーチェリバーは皇帝を名乗り帝国を建国。
西の王国と東の帝国が直接的に正面衝突する大規模戦争があったのが8年前。トーガル辺境伯家からは長男タケーノ・トーガルが王国騎士としての忠義から供回りとともに王国側へ。我が父で当時の当主であるタメーノ・トーガルは領兵を率いて帝国側へ。俺ノブ・トーガルはというと、なぜかイエアーストリッヒ皇帝の近習として参戦。
各地での戦闘はほぼ帝国側の大勝利。再起不能な大敗を喫した王国側の敗残部隊は王都オーサクーアまで撤退し、幼王ヒーディリー・リッチヴァーセルを守って王城に籠り徹底抗戦の構え。ちなみにタケ兄も半年前まで籠城に加わっていた。
さすがに王城は難攻不落そのもの。背後に港を構え補給線も確保されてて、すでに7年間の膠着状態を維持。しかし、王国側からは離脱者も出始め、現在までに王都周辺を除くほぼ全ての領地が帝国傘下となり、正面突破は難しくとも持久戦と調略を得意とする帝国を前に、まさしく王国滅亡までの秒読みに入った情勢。
まさにそんな微妙な状況で、俺ノブ・トーガルは、兄と父を相次いで亡くし、悲しみにくれる暇もなく、新しい辺境伯になって、辺境領に戻ってきたわけだ。
というわけで、『辺境伯になったけど言葉が通じない俺が、なぜか先に地元を完全攻略していた元・敵国のお姫様に救われるお話』、スタートです。
次話からは、もうちょっとだけリュリュとのやりとりを楽しんでから、いったん大戦直前あたりに時間を戻して、親父やタケ兄の奮闘、リュリュたちの命懸け(?)の脱出劇、タケ兄と親父の最期からの家督相続というような流れなんかを振り返ろうかと。
いろいろな状況に振り回されつつ流れに身を任せながらも事態をやり過ごしてきた過去の話に少しだけお付き合いいただいて、そして、時系列がいまに追いついてきたら、ようやく、リュリュとのあま〜い新婚領主生活に突入!
と、みせかけてからの〜、ところがどっこい。お家騒動を乗り切ってようやく領主になったらなったで、皇帝からのいろんな横ヤリとか、何故かもうひとりお姫様がきちゃったりして…… もしかして、ハーレム展開とか?
乞うご期待!
あとがき
いや、そんなに大風呂敷広げてくれちゃって(° °、マジか……
あ、筆者です。はじめまして(^o^)/‘
しかし、そんな大河ドラマみたいの期待されてもね。そこまでちゃんと書けるものかなぁ?しかも、そうなると、タイトルがなんか違うよなぁ?(^^;A
まいいか、なんとなく、それなりに、なるようになる感じで進めてみますんで、今後ともどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
なお、この物語はフィクションであり、登場する人名、地名、言語(方言)、および団体名はすべて架空のものです。過去も含め実在する人物や場所などとは、一切関係ありません。たぶんー♪
あ、ところで、この作品のモチーフって、なんだか分かりますか?




