第7章:北の山の双子
■ダイモン卿からの情報
湖の事件を解決してから数日後、三人はダイモン城を発つ支度をしていた。
「本当にありがとう」
ジョージ・ダイモン卿は、三人に深く頭を下げた。
「湖の濁りも消え、城の者たちの体調も少しずつ戻っている」
視線の先には、まだ療養中ではあるものの、穏やかな表情を浮かべたランティアの姿があった。
「それと……私は、ランティアを娶ろうと思っている」
タクニャとマイは顔を見合わせた。ナムオだけは話の意味がよく分かっていない。
「娘のため、と言えば少し言い訳になるかもしれない」
ダイモン卿は静かに続ける。
「だが、それだけではない。これから先も、共に歩みたいと思ったのだ」
マイは穏やかに微笑んだ。
「本当によかったですね」
ダイモン卿も小さく頷く。
そして、三人に伝えようと思っていたことを思い出す。
「そういえば、一つ気になっている話がある」
「なんでしょう?」
「ここからさらに北の山に、呪われた双子がいるという噂だ」
「呪われた双子ニャ?」
ナムオが首をかしげる。
「近隣の名家、成瀬家の夫婦が身寄りのない双子を引き取り、実の子のように育てていたそうだ。だが、どういうわけか、その双子は夫婦と引き離されてしまったらしい」
ダイモン卿は言葉を切る。
「私が知っているのは、それだけだ。双子がその後どうなったのか、ずっと気になっていてね」
マイは静かに頷いた。
「まずは成瀬家へ伺って、お話を聞いてみますね」
三人はダイモン卿に別れを告げ、北の山の麓にある成瀬家へ向かった。
■成瀬家の老夫婦
二日かけて北へ進み、三人は山の麓の町にたどり着いた。
町の中でひときわ大きい家は、予想通り成瀬家だった。
成瀬家は古い屋敷だったが、庭木も建物も丁寧に手入れされている。その佇まいから、家人の実直さが伝わってきた。
「遠いところ、ようこそおいでくださいました。以前は名家と呼ばれていましたが、今ではただの年寄りですよ」
マイが双子のことを尋ねると、老夫婦の表情が静かに曇った。
「あの子たちのことですか……」
老人はゆっくりと語り始める。
「あの子たちは身寄りのない子どもでした。私たちには子どもがおりませんでしたから、引き取り、実の子以上のつもりで育ててきました」
老婦人が目を細める。
「兄はライ、妹はチカ。本当に仲の良い兄妹でした」
老人は少し言葉を選び、続きを口にした。
「あの子たちの周りでは、不思議なことがよく起こりました。枯れかけた花が息を吹き返したり、転んだ子どもが傷ひとつ負わなかったり……」
一度息をつき、静かに続ける。
「ある日、ライとチカが教会の建築現場の脇を通りかかったときのことです。資材を吊り上げていたロープが突然切れ、二人を押しつぶすほどの大きな石が頭上から落下しました。周囲にいた人々は、とっさに目をそむけます。やがて土煙がおさまり、おそるおそる様子をうかがうと、石は二つに割れ、二人は傷ひとつ負っていませんでした。
石がまるで二人を避けるように割れた――その光景は、人々を恐れさせるには十分だったのです」
老婦人の目には涙が浮かんでいた。
「私たちはあの子たちと引き離され、双子は北の山の洞窟へ追いやられました。
止めたかった……それでも、守ることはできませんでした」
部屋にはしばらく重い沈黙が流れた。
やがて老婦人は静かに立ち上がり、奥の部屋から小さな包みを抱えて戻ってくる。
「あの子たちに会うなら、これを持っていってください」
包みの中には、一目で手編みと分かる毛糸の手袋が収められていた。
「これは?」
マイが尋ねる。
「ライとチカが、小さい頃に一生懸命編んでくれたものです」
■洞窟の双子
北の山を登り続けた三人は、やがて山肌にぽっかりと口を開けた洞窟へたどり着いた。
「ここだね」
マイが小さく呟く。
薄暗い洞窟を進むと、奥に開けた空間があった。そこに立っていたのは、一人の少年と一人の少女。兄のライと妹のチカで間違いない。
双子は三人の姿を認めると、何も言わず鋭い視線を向けてきた。
張り詰めた空気が洞窟を包む。
タクニャは全身の毛を逆立て、ナムオは静かに盾を構えた。
「話し合いは無理そうだニャ……」
ライとチカは互いに視線を交わすと、同時に聞き慣れない言葉を唱え始めた。
二人の力が一つに重なっていく。
次の瞬間、まばゆい光が三人へ向かって放たれた。
大きな光が三人へ届こうとした、その瞬間だった。
タクニャの「手も足も出ないときの能力」が発動する。
光はタクニャの前で受け止められ、やがて力を失うように消えていった。
しかし、もう一度その力を使えるとは思えない。
双子は一瞬だけ驚いたようだったが、すぐに攻撃態勢に戻る。
その力の危険さを感じ取ったナムオの本能が叫んだ。
(アレはヤバイニャ!)
そう感じ取ったナムオは、まくしたてるように声を上げる。
「俺も人間のことはわからないニャ!」
その言葉に、チカの表情がわずかに揺れた。
「人間はわからニャいことが嫌いみたいニャ!」
ライもまた、妹の変化とナムオの言葉に一瞬だけ意識を向ける。
「でも気持ちが通じたら、家族になれるのを知ってるニャ!!」
双子の反応に、マイは双子がとった行動に違和感を覚えた。
彼らの力は、町一つを消し去れるほど強大なものだった。
それなのに、双子は洞窟に閉じこもるだけで、自ら人間を襲うことはなかった。
「その能力があるのに、なぜ街を滅ぼさなかったの!?」
マイの言葉に、双子の動きが止まった。
その問いは、彼ら自身も向き合うことを避けていたものだった。
ナムオは毛糸の手袋を差し出す。
「これを見るニャ!」
それは、かつて双子が両親のために編んだものだった。
慣れない手で、一編みひと編みに想いを込めて作った小さな手袋。
それを見た瞬間、双子の中に眠っていた記憶が蘇る。
町の人々によって両親と引き離され、山へ追いやられた時の絶望。
人間への憎しみ。
しかし同時に、別の記憶もよみがえった。
もし自分たちが町を滅ぼしてしまえば、大好きな両親まで巻き込んでしまう。
だからこそ、憎しみを抱えながらも、双子は山に閉じこもることを選んでいた。
自分たちの心の奥底に沈んでいた優しい気持ちが、少しずつ戻ってくる。
やがて、双子から戦う意思は消えていった。
■沈黙の螺旋
三人は町へ戻り、人々を集めた。
マイはこれまでの経緯を説明する。しかし、町の人々はすぐには答えを出せなかった。隣同士で顔を見合わせる。誰かが声を上げれば、それに続く者もいるのかもしれない。けれど、最初に声を上げる者にはなりたくない。そんな空気が、その場を支配していた。
ナムオは、まだ人間社会のことをよく理解していない。だからこそ、その異様な沈黙に戸惑った。
そして、難しいことは分からないまま、ただ思ったことを口にする。
「気まずそうな顔するニャ!悪いことしたら謝るニャ!!」
幼い言葉だった。けれど、その言葉は人々の心に深く突き刺さった。
間違っていたと分かっていても、認めることは難しい。誰かが謝るまで、自分も黙っている。そうして誰もが、自分ではない誰かが最初に動くのを待っていた。
しかし、ナムオの言葉は、そんな沈黙を壊すには十分だった。
しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。
── やがて、一人の町人がゆっくりと口を開く。
「……俺は、怖かったんだ」
その言葉をきっかけに、少しずつ声が続いていく。
「あの子たちを理解しようとしなかった」
「怖いという気持ちを、あの子たちにぶつけてしまった」
町の人々は、自分たちがしてきたことを少しずつ認め始めた。
ライとチカは、そんな様子を黙って見つめていた。
許し、許されたわけではない。
失った時間が戻るわけでもない。
それでも、初めて人間たちの口から、自分たちに向けた言葉を聞いた。
こうして、長い間閉ざされていた双子と町の人々の間に、少しずつ新しい関係が生まれ始めた。
■希望の螺旋
三人はしばらく町に滞在し、双子とも少しずつ打ち解けていく。
マイはいつもの調子でライとチカに接した。
そんなマイを、双子は慕うようになっていた。
「姐さん、俺たちのこと理解してくれた。だいじ」
「でも、姐さんは自分を守る力がない」
「だから、少しだけ俺たちの力を分ける」
そう言うと、ライはマイの右手を、チカは左手を握った。
その瞬間、マイの身体の中心に、温かなものが生まれたような感覚があった。
その力の正体を、マイはまだ知らない。
──
三人は再び、元いた町の酒場を目指して旅立つ。
これまでは、いつもタクと一緒だった。
しかし、この世界ではマイもいる。
その旅の中で、ナムオは気づく。
自分にとってタクとの時間が大切だったように、今ではマイも同じくらい大切な存在になっているのだと。




