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16/21

16.白秋桜に託した想い

16.Ungesagte Gefühle und leiser Abschied


 ゲルティが消えた夜。

 あの夜は、涙で目覚める朝を連れて、私の中で永遠に繰り返される夜になる。

 私は滑走路のあの場所に立って空を見上げる。

 水蒸気の多い水色の空、ゲルティが消えた空だ。

 ふいに背後から、エーリッヒ所長の声が聞こえた。

「痛恨の極みだ」

 その静かな声は、いつもの冷静さとも違っていた。

 私は、振り返って所長の顔を見た。所長もまた、ゲルティを失った一人だった……。

 ゲルティは、出撃前日の朝、所長に二つの飛行許可を申請したらしい。一つはメッサーシュミット Bf 110、もう一つはMe 163S『秋花(しゅうか)』と書かれたものだ。

 所長は日本語の勉強を続けてはいるが、まだ漢字を習得していない。

 だから、滑空訓練専用機のMe 163Sのことだと考えた。

 Bf 110とMe 163Sという記載だけ見れば、滑空訓練をしたいのだな、と勘違いさせるには十分すぎる。しかも、ゲルティが川野と、Me 163Sで訓練を繰り返していたことも知っている。

 川野との想い出に浸りたいのだろうと、感情面から寄り添ってしまったのも自然な流れだ。

 そうして、ゲルティは、B-29が岡崎を襲った場合には、即座に『秋花』を出撃させる準備を整えていた。

 すぐに運命の夜が訪れた。

 ゲルティは、Bf 110の飛行許可書を破棄し、Me 163S『秋花』と書かれたそれだけを、日本人技術者に見せた。エーリッヒ所長のサインがあり、漢字で『秋花』と書かれていれば、当然Me 163『秋花』を出撃させるのだと認識する。

 彼らは戦局の悪化を十分承知していたから、ついに、EKMも全軍特攻に組み込まれ、訓練期間の足りないBDMメンバーすらも操縦者として散らせることになるのかと、誤解する。それに加え、私『ハンナ』という存在も、その誤解を無意識に強める事になったのかもしれない。BDMメンバー責任者の愛称が、Me 163のテストパイロットとして知られるハンナ・ルッチェと同じだったからだ。

 今でも飛行計画をEKMが握っている現状と、言語の壁を上手に利用したゲルティの悲壮な策略だった。

「そんなことをして、もう体は大丈夫なのか?と、的外れなことを聞いてしまったよ。ゲルトルートの覚悟に気づきもせずに……」

 エーリッヒ所長の知力よりも、ゲルティの母としての愛情が勝ってしまった。

「日本軍部からも、ずいぶん叱られたよ。納入が遅れていた上に、肝心のMe 163『秋花』を失ってしまったことにね」

「まずいことになっていますか?」

「いや、実機と言ってもたかが1機。ゲルトルートの命とは釣り合わない……。正式な設計図面と専用工具一式、燃料の組成表と取扱要領、量産化に必要な材料はすべて納品した。私の読みは少しずれてしまったが、あと1か月以内に必ず日本は降伏する」

「しかし、日本は全員が死ぬまで戦争をやめないかも知れません」

「ゲルトルートを失った4日後、7月24日にアメリカが妙な爆弾を四日市に落としている。ラグビーボールのような形をした胴回りの太い爆弾だったらしい。しかも、かぼちゃ色に塗られていたということだ。何だと思う?」

「毒ガス散布が目的ですか?」

「いや、そうではなかったらしいよ」

「では、新型爆弾の投下訓練でしょうか?そういった形の失敗できない新型爆弾があるということですね」

「ハンネローア。君は本当に聡明だね。おそらく模擬爆弾だよ。その本物は原子爆弾だ」

 幸いにも川野の実家は無事だった。川野の祖父母と穂高は、ゲルティが出撃した翌日には鈴鹿に戻された。

 空襲の恐れが無くなったわけではないが、EKMに優先配給されている食料や、粉ミルクを持って行くには都合が良いからだ。

 私たちBDMは、育児の訓練もロリアンで徹底的に叩き込まれている。私はしばらくの間、川野の祖父母の家へ通って穂高の世話をすることにした。

 私はEKMのトンネル出口に自転車を置いて、穂高の住む川野の祖父母の家へ向かう。日本人女性の標準服を着て、髪を黒く染めて、できるだけ目立たないように歩く。

 夕方、EKMへ戻る道で、時々松田とすれ違うことがあった。

 エーリッヒ所長と新型爆弾の話をした翌日、「今、帰り?」松田が遠慮がちに聞いてきた。

「ええ、勤労奉仕の帰りなの。最近、よくすれ違うわね」勤労奉仕とは、日本の戦時中に軍人以外が、国や地域のために無償で行った労働のことだ。遺族への支援も当然含まれる。 

「川野の子供と祖父母の手伝いだね。ありがとう。ご苦労さま」

「私にとっては、ゲルティの家族なの。Matsudaがお礼を言わなくてもいいわ。今日はね。庭先のじゃがいも畑の後片付けと、穂高のお世話をしたのよ」

「そうか。あの……」松田はそう言うと何か言いかけたまま、口をつぐんだ。「いや、なんでもない。また明日」

 EKMに戻るとエーリッヒ所長から呼び出しを受けた。ついに、日本の敗戦が決まったのだろうか。

「松田から、もう聞いたか?」

 意外な質問だった。

「先ほど、帰り道で会いました。世間話をしただけですが」

「そうか。松田が8月から外れることになった」

 しばらく、会えなくなるから、早く二人の関係を進めなさいという説教だろうか。

「呉の海軍工廠への転属という名目だが、実際には日本海軍の第六艦隊に臨時編入されるらしい」

「名目?どういった意味でしょうか?」

「第六艦隊を知っているか?」

「いいえ、存じ上げません」

「そうだろうな。第六艦隊では、人が乗れるように魚雷を改造した潜水艇の訓練を行っている。その潜水艇は『回天(かいてん)』と呼ばれているらしい」

「……つまり、Kamikaze兵器ですか?」

「我々の認識としてはそうだ。私としては、ドイツ語の出来る日本人技術者として松田は外せないと主張したのだが、だめだった」

 松田が特攻要員?目の前が真っ暗になった。桜を見て泣く私を心配し、秋桜の花壇で笑ったあの松田が?いつも私を気にかけてくれるあの松田が、特攻要員?

 次の日、穂高の世話をした帰り道、松田とすれ違った。松田が声をかけてきたのは分かったが、私は、彼の顔をまっすぐに見れなかった。

 2日ほど、時間が合わなかったのか松田とすれ違うこともなく、ついに7月最後の日になった。松田が向こうから自転車でやってくるのが見えた。

「やあ、ハンナ」松田が無理に笑顔を作っているのが分かる。私は、うまく言葉が返せない。

「転属することになった。明朝、出発し、そのまま呉の海軍工廠勤務だよ」

 第六艦隊に配属されたことは、機密事項のはずだ。松田の口からは決して出てこない。

 日本人は、こういう時どう振る舞うのだろう?

 少しだけ沈黙があった。

「そう……」私は、ただ、松田をまっすぐに見た。松田は少し俯向いている。

「これ。出来たんだ」

 松田は、そう言いながら一枚の写真を私に受け取るよう差し出してきた。 

 それは、秋桜の花壇で松田が撮った私の写真だった。左肩越しに振り返った私だ。

挿絵(By みてみん)

「私って、いつもこんなに澄ました顔をしてるのかしら?」

「とても、良く撮れていると思うよ。僕の見ていたハンナそのままだ」

「そう……なら、良かったわ」こんな別れが、来るのでなければ……。

「もう一枚、自分用に焼き増ししてるんだよ。呉に持って行くつもりだ。いいかな?」

「写真を連れて行ってくれるのね」少し声が震える。

「いいかな?」

 こういう時、日本人ならどうするのだろう?

 松田と会うのは、これで最後になるかも知れない。こんな時、日本人ならどうするの?

(Matsuda。写真だけじゃ無く。私も連れて行って)

 そうよ。日本人と違って私たちはこうするの。はっきりと言葉にするのよ。

 でも、言えなかった。

 松田の覚悟や決意を、私の言葉で揺らしてしまうことになる。

「Matsuda。どうか、ご無事で」これだけ言うのが、精一杯だった。

「ありがとう。ハンナも必ず元気でいてくれ」

 私は、松田の言葉に頷いて、その横を通り過ぎた。

 涙が頬を伝っているのが分かる。

 戦争は想いを言葉にすることすら奪ってしまい、静かに別れる道しか残してくれない。

 エーリッヒ所長の願いは、こんなことの起こらない未来を創ることだった。 


 1945年8月6日、広島に原子爆弾が落とされた。その3日後には長崎にも。

 そして、1945年8月15日、日本の戦争は終わった。

 その日の正午に玉音放送が始まった。

 私たちには、言葉が難しくて、内容がよく分からなかったが、日本人技術者の様子で日本が敗戦を受け入れたことを理解できた。

 日本軍関係者は、『ナチ』と侮蔑的に呼ばれるようになった私たちの活動拠点を隠すことにした。国際問題になることを恐れたからだ。

 EKMは試作機試験場としての機能を停止し、エーリッヒ所長が戦時中から日独技術者に研究させていた冷凍・冷蔵設備を元に倉庫業、のちの物流センターとして『鈴鹿冷却倉庫』と名を変え、まずは、ハリボテの神社を、社屋として建て替える作業を開始した。

 EKMへつながるトンネルは、まだ乾ききらない木材の匂いが漂う社屋の、最奥部に隠された。

 『ナチ』が組織的に動いていたという痕跡を消すため、川野の祖父母の家は取り壊され、かわりに小さな海の、飛行場跡地に建てられる予定の家へ転居することになった。

 事情を知らない日本人の中には、ゲルティが散ったあとに、別人の私が出入りしていたことを区別出来なかったらしい。ずっと一人の少女が老夫妻と住んでいたように勘違いしていた者もいたという話だが、念には念を入れてということだ。

 岸本元海軍少将夫妻も、EKMの飛行場跡地へ転居することになった。これは岸本元海軍少将がエーリッヒ所長の思想に感銘を受け、ともに働きたいと申し出たことによるものだ。

 こうしたことが一気に進んでいった。

 私は、更地になった川野の祖父母の家の跡地に、秋桜の花壇から拾っておいた白秋桜(あきざくら)の種を蒔いた。

 夏の土の匂いの中に、私の想いを蒔いたのだ。

 松田が生きて戻って来た時、まずはここに来るだろう。そして、一輪でも白秋桜が咲いていれば、伝わるはず。

 川野とゲルティが残した、語られぬ想いと静かな別れ……それは、そのまま松田との別れに込めた私自身の感情でもあった。

 まだ、言葉にできずにいるあなたへの想いがある。

 松田には必ず伝わるはずだ。

 そして白秋桜を見れば、必ずここへ戻ってくるはずだ。

 エーリッヒ所長からは、「松田には特攻に行く時間などなかったから、生きて戻ってくるよ」と励まされてはいた。

 だが、『回天』には訓練中の事故も多かったらしい。その上、岸本元海軍少将も広島の原爆による混乱や呉への空襲などから、終戦間際の第六艦隊の詳細がつかめていなかった。

 『鈴鹿冷却倉庫』には、EKMの『思想教育部隊』を引き継いだ『地域支援室』というエーリッヒ社長直下の組織が設けられた。地域住民との交流や、復興支援、周辺地域に限らない広報などを担当する部署だった。

 地域支援室の活動目的は、社会貢献による企業イメージの向上と、本来の任務であった思想教育だ。 

 室長はエーリッヒ社長が兼務し、私は副室長となった。

 社長は当初、私が室長になることを期待していたようだったが、もうここは軍隊ではない。断ってしまった。十代の私が室長となることに、私の中で違和感があったからだ。

 しかし、日本人から見ると、私たちは実際の年齢よりもだいぶ年上に見えていたので、さほど違和感はなかったのかもしれない。だけど、私の中では、室長を務めることが出来るほど、エーリッヒ社長の考えを、まだまだ、言語化できていないというもどかしさもあった。

 いずれにしても、実質的な地域支援室の運営は私に任されていた。

 そういった慌ただしさの中、9月末になった。まだ松田は戻って来ていない。

 私は旧EKMの居住区画から出る気はしなかった。戻って来ると信じながらも、少しずつ膨らんでくる不安で眠れない夜もあった。

 私が種をまいた白秋桜も、そろそろ花を咲かせる頃だ。

 そして10月になった。あれほど煩かった蝉の声はとっくに聞こえなくなり、夕方になると別の虫が鳴き始めた。

「岸本がね。縁側でタバコを吸いながら、秋の虫の声を聞いているのよ」岸本夫人になったグレーテがそう言いながら、続ける。「季節の移ろいを感じるそうよ。私には雑音だけど」

 日本文化には、自然を支配するよりも、共生しようとする姿勢が色濃い。こういった、日本人との感性の違いにも慣れていかなければと思う。

 そんなある日、社内電話でエーリッヒ社長から、社長室へ来るようにと呼び出しを受けた。嫌な予感がした。

 私は、社長室へ向かった。社長室のドアには何の飾り気もない。私はそのドアをいつもより遠慮がちに叩いた。あまり大きく叩くと、ドアの振動で悪い話が、こぼれ落ちてくるような気がしたからだ。

「ハンネローアだね?どうぞ」

 私は、粗末ではないが、豪華でもない社長室のドアを開け、中へ入る。エーリッヒ社長は芝居がかったことが好きな反面、身の回りは質素なもので固めるのを好む。日本人になりきっているのか、元からそういう気質があったのかはわからないが、社長室も何の飾りもない空間の多い部屋だ。

「エーリッヒ社長。ご用でしょうか?」

「大事な用だ。だが、その前にそろそろ君も、私のことを小島社長と呼んでくれないかな」

 私が覚悟を決めて、良くない話を聞こうとしているのに、そんなことを言っている場合ですか?と口に出そうになったが、まだ、エーリッヒ社長がどんな用事で私を呼び出したのか、はっきりしないままだったことを思い出した。

 エーリッヒ社長は、いたずらっぽい笑みを浮かべている。

「後ろを見てごらん」エーリッヒ社長が楽しそうな声で言う。

「後ろですか?」そう言いながら振り返ってみると、そこには、松田が立っていた。

 かなり痩せたように見えたが、無事な様子で微笑んでいる。

 私は、安堵が先に立ち、言葉が出てこない。

「松田という者が訪ねてきたら、必ず私に知らせるようにと、受付に念を押していたんだ」背後からエーリッヒ、いえ、小島社長のますます楽しそうな声が聞こえる。「ハンネローア。君が待っていた松田という者は、彼で合っているかな?」

 小島社長、芝居がかりすぎています……声に出来ないまま、私は何度も頷く。頷くたびに視界が滲む。

 ここは、日本人でも泣くところよね?

 松田は、社長室内にある来客用の小部屋に隠れておきなさい、と社長から言われていたらしい。

「あっ、岸本副社長と話すことがあったんだ。ちょっと行ってくる」小島社長はそう言うと、席を立って出ていった。気を利かせたつもりらしい。

「ハンナ。川野の家の跡地に白い秋桜がたくさん咲いていたよ」

 松田の懐かしい声に、私は頷くのが精一杯だった。なにか言葉を出すと、一緒に涙も止まらなくなりそうだったからだ。

「君が植えてくれたんだね。その意味は〝語られぬ想い〟。そうだよね?」

 私は、まだ頷くのが精一杯だ。

「ただ、特試への入口が分からなくなっていて、かわりに突貫工事で建てたような鈴鹿冷却倉庫って会社があったから、びっくりしたよ」

「まだ、建てかけなのよ。まずは、進駐軍の目をそらさないといけないから。立派になるのはこれからよ」やっと、口から言葉が出た。ここは、お帰りなさいと言うべきところでしょう?

「それで、受付にハンナって人がいるかって聞いて名乗った途端に、小島社長の部屋に通されたんだよ。冷蔵機械の品質管理部門長をやってくれって言われたよ」

「作る方が好きなのに?」

「ハンナ」松田はそれには答えずに胸ポケットから手帳を取り出すと、中から一枚の写真を出した。私の写真だ。「君が一緒にいてくれたから、死ぬ覚悟もできたし、死なない勇気も持てたよ」

 いつのまにか、私の頬に涙が伝っていた。私ってこんなに泣き虫だったかしら?

「僕にもずっと言えなかった言葉があってね。死ぬのが先か、戦争が終わるのが先か、自分の中で賭けをしてたんだよ。戦争が先に終わったら、君に言えなかったことを言おうって」

「死んじゃったら、言えないじゃない」

「そうだね」

「Matsuda。そのしおれた花は?」私は松田の右手を指差しながら言う。

「あれ?水で濡らした布で包んでいたのに。さっきまでは元気そうだったんだ」

「白秋桜ね……」

「そう。小島社長に君を呼ぶのを少し待ってもらって、急いで君の植えた白い秋桜を摘み取って持ってきたんだよ。秋桜はしおれやすいから、ちゃんと水に濡らした布に包んでいたんだけどな」

「それで、どうするつもりだったの?」

「君の髪に挿して、求婚するつもりだった」

「しおれてても構わないわ。髪に挿していただける?」

「いや、でも」

「しおれていてもね。白秋桜は白秋桜なの。あなたの言葉があれば、私にはいちばん美しい花になるの」

 松田には私がどう見えただろう。涙でぐちゃぐちゃな私。それでも、精一杯の笑顔を作ろうと頑張った。

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