第十章 銷魂 〜其の柒〜
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大聖堂・陽炎の視点——
光の道へと飛び込んだ四人の姿は、大聖堂に浮かぶ魔鏡の向こうへと消え、それと同時にその魔鏡自体がパキィィィィンと派手な音を立てて粉々に砕け散った。
「くふふ……本当に面白い人たち。大天位が身を削ってまで道を切り拓くなんて。ですが、それもここまでです」
ヘルが黒い衣を翻し、狂おしい笑みを浮かべながら両手を広げる。彼女の周囲に満ちていた死の呪力は、陽炎の放つ黄金の暴風に圧されながらも、なおどす黒く、より禍々しくその密度を増していく。
「お前たちの小細工はもうお終いだ。仲間を傷つけたこと、絶対に許さねえ……!」
陽炎が黄金の闘気を身に纏い、アゾットを強く握り直して一歩を踏み出した、その瞬間。
大聖堂の空間が大きく歪み、頭上の虚空から凄まじい光の奔流が溢れ出した。
「うわああああっ!?」
「きゃああっ!」
光の道を通って強行突破してきた雫、蒼波、ノヴァ、紫苑の四人が、大聖堂の床へと転がり込んでくる。
「みんな……っ!?」
陽炎は目を剥いた。ボロボロになり、満身創痍の身体でありながらも、四人は確かに生きて、陽炎の目の前に立っていた。
(……上手くいったみたいだな、須佐能袁さんに阿修羅さん。感謝するぜ)
仲間たちの生還を目の当たりにし、陽炎は内心でホッと胸をなでおろしていた。
実は、昨夜深夜に訪ねてきた須佐能袁と阿修羅の話には、さらに先があったのだ。
二人はこう警告していた。
『奴らは俺たち大天位の存在を確実に警戒しているはずだ。ならば、正攻法ではなく奇策で来ると見ていい。先の九商との戦いでも分かるとおり、奴らの背後にいる君主は強力な異空間を操る。もしお前たちが別々の空間に分断されても、俺たちがすぐに見つけられるよう、この術印を施した護符を持っておけ』
須佐能袁から授かったその小さな護符を、陽炎は今朝、万が一の事態に備えて四人の荷物へとそっと忍ばせておいたのだ。大天位の双璧がこの隔離空間を迷わずこじ開けられたのは、二人の圧倒的な力に加え、この術印が放つ微かな道標を正確に捉えたからに他ならなかった。
「陽炎……! 無事だったのね……!」
雫が息を切らしながら、愛おしそうに陽炎の姿を見つめる。
「遅くなって悪かったな、陽炎! 須佐能袁様と阿修羅様が繋いでくれたんだ、あいつをぶっ飛ばすぞ!」
蒼波が血を拭いながら、ガーデアン・ソードを再び構えた。ノヴァも紫苑も、限界を超えた身体に鞭打ち、陽炎を支えるようにその背後に並び立つ。
「みんな……。ああ、分かってる。一緒にあいつを終わらせよう!」
陽炎の胸に、かつてないほどの熱い感情が込み上げる。それは狂戦士の呪わしい怒りではなく、仲間と再び巡り合えた歓喜と、彼らを絶対に守り抜くという純粋な決意の光だった。アゾットの黄金の輝きが、さらにその出力を増していく。
「あはははは! 楽しいですねー、やはり簡単な罠にははまらないってことですね。しかし、だからこそ面白い…」
ヘルが狂気に満ちた声を響かせ、大聖堂の影から無数の死者の腕を這い出させた。
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神殿の隔離空間——
「オラァッ!! 百年早く起きてきな、亡霊どもが!!」
爆炎のレヴァーテインが、文字通り神殿の空間そのものを焼き尽くすかのように荒れ狂っていた。阿修羅の放つ圧倒的な火柱と、超重量の大剣から繰り出される豪腕の一撃は、大地を揺るがす大天位の「暴力」そのものだった。
「クッ……!」
ハデスが二叉の槍バイデントでその猛撃を受け止めるが、強烈な衝撃波にその長身が大きく後退する。
そこへ、一筋の青白光が音もなく滑り込んだ。
須佐能袁の草薙剣クサナギが、極限まで研ぎ澄まされた速度でハデスの死角を捉える。
「——『神威・無想一閃』」
「ぐ、ああっ!?」
防御が間に合わなかったハデスの肩口から、漆黒の血が鮮烈に飛び散った。さらに、その背後から奇襲を仕掛けようとしたプルートゥの大型鎌剣ハルパーをも、須佐能袁は振り返りざまの神速の峰打ちで弾き飛ばす。
大天位二人の連携と、純粋な火力の違いにより戦闘は完全に須佐能袁と阿修羅の有利な展開へと傾いていた。
「へっ、口ほどにもないね!今のあたいらを止められると思うんじゃないよ!さあー吐きなっ、お前たちの君主は何者だ!?」
阿修羅が不敵に笑い、レヴァーテインを肩に担ぎ直す。
しかし、肩を深く切り裂かれ、胸元の傷を再び開かれたはずのハデスとプルートゥの顔に、焦りの色はなかった。
「……ククク。やはり現役の大天位、凄まじいですね。隔離空間の壁を強引にこじ開けた反動があるというのに、これほどの出力とは」
ハデスが傷口を押さえながら、低く笑った。
「ほんと。流石は、私たちが最も警戒すべき大和の双璧だ。……しかし、想定の範囲内だな」
プルートゥが虚ろな紅い瞳を怪しく光らせる。胸の傷から溢れる黒い血が床に滴ると、それは修復されるどころか、神殿の床に刻まれた不気味な魔法陣の溝へと吸い込まれていく。
「……何?」
須佐能袁が銀白の髪の隙間から、鋭い視線を足元へと落とした。
異変はすでに始まっていた。
神殿全体から、先ほどまでとは明らかに質の異なる、強大な『呪縛の魔力』が湧き上がってきたのだ。
「気づかなかったかい? 須佐能袁、阿修羅。……我々が本当に恐れていたのは、お前たち二人の力が厄介だということだ。お前たちは強者だ、認める。異空間だろうが、必ずここへ来ることはわかっていた。」
ハデスがバイデントを床に突き立てる。
「だから、お前たち二人がどんなことがあっても陽炎の元へ行くことができない状況を作り出すことを画策したというわけです。お前たちは気づいていないが、天明に報告せず、独自に動くよう仕向けたのさ。陽炎に、お前たちの術印が刻まれた護符を持たせてね」
「……っ!!」
須佐能袁の目が見開かれた。
あの護符。須佐能袁が陽炎に授け、陽炎が仲間たちに忍ばせた、異空間を感知するための術印。
大天位の力なら確かにこの空間をこじ開けられる。だがそれは同時に、『須佐能袁と阿修羅の二人が、陽炎側ではなく、陽炎の弱点である四人を守るため、この神殿の深奥へ自ら飛び込んでくる』という、冥府側が仕掛けた最悪の誘導だったのだ。
ハデスとプルートゥは、最初から勝つために戦っていたのではない。
大天位の双璧を天明から孤立させ、この「罠の地」へと誘い出すための時間稼ぎをしていたに過ぎなかった。
「『冥府の法・第ニ解』——『神殺しの檻』」
プルートゥの言葉と共に、神殿の全方位から無数の巨大な漆黒の鎖が噴き出し、圧倒的な速度で須佐能袁と阿修羅の身体へと絡みつき始めた。




