第十章 銷魂 〜其の捌〜
「ぐ、うおっ……!? この鎖……あたいの魔力を吸い上げてやがる……!」
阿修羅が全身に巻き付く漆黒の鎖を強引に引きちぎろうとするが、その腕からみるみるうちに紅蓮の炎が奪われ、鎖はその輝きを増していく。
「大天位の膨大な力を逆に利用し、内側から封じ込める結界か。……策を弄したのは、我々の方だと思っていたがな」
須佐能袁は草薙剣を構えたまま動きを縛られ、苦渋の表情を浮かべた。護符の術印を逆に辿られ、四人を人質にとるような形でこの場所を指定された時点で、すべては冥府側の計算通りだったのだ。
「ククク……首尾よく大天位の双璧を捕らえましたね。プルートゥ、ここからは我々の時間です。じっくりと、この最強の力を削ぎ落としてあげましょう」
ハデスがバイデントを構え直し、冷酷な笑みを浮かべる。
「ああ、ハデス。この大物二人を確実に仕留める……それだけだ」
プルートゥもハルパーを低く構え、身動きの取れない須佐能袁と阿修羅を見据えていた。彼らの目的は、陽炎の元へ二度と二人を帰さないこと。神殿の闇は、さらに深く大天位の二人を呑み込もうとしていた。
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大聖堂・陽炎の視点——
一方、大聖堂では、陽炎たち五人の前にヘルが立ちはだかり、不気味な笑みを浮かべていた。
「あはははは! 楽しいですねー、やはり簡単な罠にははまらないってことですね。しかし、だからこそ面白い…」
ヘルが狂気に満ちた声を響かせ、大聖堂の影から無数の死者の腕を這い出させた。
「お前たちの小細工はもうお終いだ! ここでまとめて叩き潰してやる!」
陽炎がアゾットを構え、黄金の闘気を爆発させようとした、その瞬間——
大聖堂の入り口の重々しい扉が、ギィィィ……と音を立ててゆっくりと開いた。
コツ、コツ、コツ……。
不気味なほど静かな足音が、静まり返った大聖堂に響き渡る。
陽炎たちが息を呑んで入り口を睨みつける中、差し込む光を背に受けて現れたその影を見て、五人は一斉に目を見開いた。
「え……? そんな、どうして……」
雫の声が震える。
そこに立っていたのは、大和の最高権力者であり、もう一人の大天位——天明だった。
「天明様……!? どうしてここに……! 須佐能袁さんたちと一緒に、助けに来てくれた……?……!ち……違うのか?」
陽炎が驚愕の声をあげる。しかし、天明はいつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと歩みを進めてくる。
「驚くことはないよ、陽炎。須佐能袁たちが私に隠れて動いていることなど、最初から全て知っていたさ。何せ、彼らをあの神殿へ誘い込むようハデスたちに命じたのは、私なのだから」
「……は? 何を、言って……」
蒼波が剣を構えたまま、理解が追いつかずに立ち尽くす。
天明はクスクスと低く笑い、その身から、大聖堂のすべてを圧殺するほどの、光の気を解き放った。しかしその光はやがて漆黒色へと変貌していく。それは、三臣下たちが放っていたものとは次元が違う、冥府そのものの『格』。
「気づかないかい? 君たちが必死に抗おうとしていた『楽園の君主』……その正体が、この私だということに」
「なっ……な、んだって……!?」
陽炎の脳裏に、激震が走る。
大和を守るべき最強の盾であり、頂点に君臨する大天位・天明。彼こそが、すべての悲劇を裏で操り、自分たちを絶望の底へ突き落とそうとしていた、最悪の『君主』その人であった。
天明は愉悦に満ちた目で絶望する陽炎たちを見つめると、傍らに控えていたヘルへと静かに視線を向けた。
「ヘル。私の前座としての君の役割は十分に果たされた。ここからは私が彼らと語り合おう。君はハデスたちの元へ行き、二人を確実に処理しろ」
「——御意のままに、我が主様(君主様)」
ヘルの前に異空間の裂け目が広がり、ヘルの姿が大聖堂から消失する。天明からの直接の指示を受け、彼女は須佐能袁と阿修羅が捕らえられている神殿の隔離空間へと合流するために転移していったのだった。
大聖堂に残されたのは、圧倒的な絶望の圧力を放つ『君主』天明と、裏切りに言葉を失う陽炎たち五人。世界の理が、音を立てて崩壊しようとしていた。




