第十章 銷魂 〜其の陸〜
「ほうー。おもしろい……『信じる心』ですか。さすが九商たちを倒すだけは、あるってことですね」
ヘルは狂おしいほどの笑みをこぼした。
「いいですねぇー」
陽炎から溢れ出る仲間への絶対の信頼が紡ぎ出した、黄金の暴風とも言うべき覇気を感じとっていた。
「シナリオだか何だか知らねえが、そんなもんで俺たちの旅を縛れると思うな!」
陽炎の足元から黄金の闘気が爆ぜる。
その絶対的な輝きは、大聖堂を包んでいた冥府の呪力濃度を急速に中和し、空間そのものを内側から激しく揺るがし始めた。
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神殿の隔離空間——
「ぐっ……おのれ、小娘どもが……!」
凄まじい爆煙を割って、プルートゥが立ち上がった。
紫苑の一撃によってその美麗な顔は歪み、胸元からは黒い血が流れている。しかし、執念深くその虚ろな紅い瞳が、今度こそ完全に雫たちを抹殺せんと燃え上がった。
「プルートゥ、下がりなさい。調子に乗りすぎましたね」
ハデスが静かに、しかし冷酷極まりない足取りで前に出る。
長身の黒髪をなびかせ、二叉の槍『バイデント』を構える彼の放つプレッシャーは、先ほどまでの比ではない。プルートゥの負傷により、三臣下としての遊びは完全に捨て去られていた。
ハデスが二又の槍バイデントを静かに構えた、その時。
パリィィィィィィィィン!!!
神殿の天空が、まるで鏡が砕け散るかのような爆音と共に割れた。
「何っ……!?」
ハデスが鋭く空を見上げる。
暗黒のひび割れを強引に引き裂き、上空から彗星の如き速度で舞い降りてきたのは、燃えるような紅い髪を荒々しく揺らす、あの最強の女性だった。
「待たせたねぇ、若造ども! よくぞあたいの仕込みに応えて足掻いてくれた!」
轟ーーーーーーンッ!!!
大地を揺るがす地響きと共に、神殿の床へ垂直に突き刺さる巨大な大剣・爆炎のレヴァーテイン。
その柄の上に、不敵な笑みを浮かべた阿修羅が仁王立ちしていた。
「阿修羅様……!」
満身創痍の蒼波が、掠れた声でその名を呼ぶ。
「後はあたいら大人の仕事さ。……おいハデス、プルートゥ。数十年ぶりだねぇ。先代の大天位様たちに倒されたはず…だが?」
さらに、割れた空間の隙間から、もう一つの圧倒的な気配が静かに降り立つ。
銀白の長い髪を靡かせ、腰の得手に手をかける男——須佐能袁。
「お前たちの『主』とやらも何処かで視ているのか?大天位の双璧を敵に回したことを、冥府の底で後悔させてやるよ」
大天位二人の合流。
それは、四人にとってこの上のない頼もしい存在の登場であった。
「……須佐能袁に、阿修羅……」
ハデスの精悍な顔が、初めて屈辱と警戒に歪んだ。バイデントを握る手に凄まじい呪力が集束していく。
その後方では、先程まで胸元から黒い血を流していたが今は止まり、回復していっている。プルートゥが、大型の鎌剣ハルパーを強く握り直し、大天位の双璧を睨みつけていた。
「数十年ぶり、か。ククク、確かに我らは先代の大天位どもに敗れ、歴史の闇に葬られた」
ハデスが低く、地響きのような声で語る。
「だが、我が『君主』の絶対的な力により、我らは冥府の底から這い上がったのだ。今度こそ、この偽りの世界を終わらせるためにな!」
「能書きはいいんだよ!」
阿修羅がレヴァーテインの柄を掴み、一気に引き抜いた。その刃から噴き出した紅蓮の爆炎が、神殿の呪力を一瞬で焼き尽くしていく。
「あんたたちの相手はあたいらだ。蒼波、ノヴァ、紫苑、雫! よくここまで耐えたね。あとはあたいらに任せて、早く陽炎のところへ行きな!」
「阿修羅様……ですが、お二人とも身体が……!」
ノヴァが、大天位二人の微かな「異変」に気づき、声を絞り出した。
秘密裏に動き、この強固な隔離空間を外側から強引にこじ開けたのだ。いくら大天位とはいえ、その身に受けた時空の反動と消費した魔力は尋常ではないはずだった。
「気にするな」
須佐能袁が銀白の髪を揺らし、静かに草薙剣を抜く。その抜刀一閃、周囲の空間が静まり返るほどの絶対的な剣気が場を支配した。
「この程度、大天位の看板を降ろす理由にはならんさ。……雫、真言の力で、この空間の『綻び』をさらに広げろ。今なら容易くできる筈だ」
「……はい!」
雫は力強く頷いた。まだ身体は震えていたが、須佐能袁と阿修羅の背中が、彼女に再び無限の勇気を与えていた。
【真言——門解放!!】
雫の全霊の真言が響き渡り、阿修羅たちが割った天空のひび割れが、さらに大きく、陽炎のいる大聖堂へと繋がる光の道となって広がり始める。
「行かせん……!」
ハデスがバイデントを突き出し、雫を圧殺せんとする黒い閃光を放った。
「そら、どこ見てんだい!」
だが、その閃光は阿修羅のレヴァーテインから放たれた圧倒的な火柱によって相殺され、激しく霧散した。
「蒼波さん、ノヴァさん、紫苑! 行きましょう、陽炎のところへ!」
「おうっ!」
「……了解です!」
「あいつのドヤ顔、拝みに行ってやるわ!」
満身創痍の四人は互いに支え合いながら、雫の開いた光の道へと飛び込んだ。
ハデスとプルートゥがそれを追おうとするが、その前に須佐能袁の冷徹な一斬が走り、二人の足元を深く切り裂いて前進を拒む。
「お前たちの相手は俺たちだと言ったはずだ。……さあ、いい加減亡霊は消滅してもらおうか」
神殿の隔離空間で、大天位の双璧と、冥府の二臣下による激突が、ついに幕を開けた。




