第十章 銷魂 〜其の伍〜
「しまっ……!?」
ノヴァの目の前に、ハデスの放つバイデントの黒い閃光が迫る。呪縛のような圧迫感に身体が竦み、避けることは不可能だった。
「ノヴァ!!」
叫び声をあげてその間に割って入ったのは、蒼波だった。
衝撃波で受けたダメージも顧みず、ガーデアン・ソードを交差させて、バイデントによる死の突きを迎え撃つ。
ズガァァァァン!!!
「ぐ、あぁぁぁぁっ!?」
凄まじい呪力が激突し、蒼波の長刀の剣が悲鳴を上げる。防ぎきれなかった漆黒の衝撃が蒼波とノヴァの身体をまとめて吹き飛ばし、二人は激しく神殿の石柱へと叩きつけられた。
「蒼波さん! ノヴァさん!」
雫が血相を変えて駆け寄る。二人は辛うじて息をしていたが、ハデスの放った一撃の黒い閃光による呪毒が身体を蝕み、立ち上がることすらままならない。
「あはは! いいよいいよ、もっと無様に足掻きな!」
プルートゥがハルパーを肩に担ぎ、狂気的な笑みを浮かべて歩み寄ってくる。彼女の放つ『死の格』はさらに濃度を増し、神殿の床が触れる端から腐食して黒く染まっていく。
「……ここまで、実力差があるなんて……」
紫苑は武器を握る手の震えを止められずにいた。九商との戦いを経て、自分たちも確実に強くなったはずだった。しかし、目の前にいる二人は、次元が違いすぎる。
「さて、まずはその目障りな言霊使いの女から、魂を刈り取ってあげようか」
プルートゥの虚ろな紅い瞳が、雫を捉えた。
ハルパーが禍々しい黒炎を纏いながら振り上げられる。
「やめろ……! 雫に、手を出すな……!!」
満身創痍の蒼波が床を這いながら手を伸ばすが、届かない。ノヴァも双剣を手に技を繰り出す。
【白銀閃光—— 第弐旋!】
無数の銀光がプルートゥへ襲いかかるが、鎌剣のハルパーが放つ呪力が、全ての銀光の刃を包み込み消し去ってしまった。
「バイバイ、狂戦士の『一番お気に入りのおもちゃ』さん」
死の鎌剣が、容赦なく雫へと振り下ろされようとしていた。
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大聖堂・陽炎の視点——
「あぁ……映りましたよ。見てください、陽炎様」
ヘルの愉悦に満ちた声と共に、大聖堂の虚空に浮かぶ魔鏡が、雫たち四人の窮地を鮮明に映し出す。
「雫……!? 蒼波さん!! ノヴァさんに、紫苑!」
(……いや、違う。あいつらは、あんなところで終わるような奴らじゃない)
陽炎の脳裏に、これまでの旅の光景が去来する。
死線を潜り抜けるたびに、互いの背中を預け合い、限界を超えて笑い合ってきた仲間たち。その絆は、恐怖や絶望ごときで容易く断ち切れるほど脆いものではなかった。
ぎり、と一度は握りしめた拳を、陽炎は静かに、しかし確固たる意志を込めて緩めた。
全身を包み込みかけていたどす黒い炎が、彼の内なる『信頼』によって、急速にその勢いを失い、消えていく。
「何……? なぜ、暴走しないのです……!?」
ヘルが愉悦に満ちていた表情を驚愕へと変え、魔鏡と陽炎を交互に見つめた。
「仲間が殺されようとしているのですよ!? 怒り狂い、絶望し、すべてを破壊する衝動に身を任せなさい!!」
「うるせえよ」
陽炎はアゾットの柄に手をかけ、真っ直ぐにヘルを睨み据えた。
「あいつらは強い。俺が信じた仲間だ。プルートゥだか何だか知らねえが……あいつらを舐めるな」
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神殿の隔離空間——
プルートゥの禍々しい黒炎を纏ったハルパーが雫の脳頭へと振り下ろされる。
死の刃が肉薄するその瞬間、雫の瞳に、怯えの色はなかった。
【真言——拒絶!!】
雫の放った一言が、神殿の空気を爆発的に震わせた。
それは単なる風の障壁ではない。父・弥勒から授かり、これまでの戦いで研ぎ澄まされてきた、世界の理を一時的に書き換える純粋な言霊の極みである『真言』。
キィィィィィィィン!!!
鼓膜を突き刺すような高音が響き、振り下ろされたハルパーの刃が、雫の目の前でピタリと静止した。見えない強固な概念の壁が、死の鎌剣を完全に堰き止めている。
「なっ……!? わたしの『死の格』を弾いた……!?」
プルートゥが初めて虚ろな目を見開いた。
「今だ、紫苑!!」
ノヴァが、呪毒の反動で血を吐きながらも叫ぶ。
「わかってます……ッ!」
その隙を、紫苑が見逃すはずがなかった。
手の震えはすでに止まっている。彼は残された全ての力を村雨に込め握りしめた。紫苑が得意とする予備動作を一切排除した神速の踏み込みをすると同時に、更に雫が真言で加速させた。
【真言——加速!!】
【流星割裂—— 閃轟!】
神速から神光となった踏み込みによる一振りは、至近距離にいたプルートゥの防壁が薄薄となった胸元へと、一直線に突き刺さった。
ズガァァァァン!!!
「きゃあぁぁぁっ!?」
激しい光の爆発がプルートゥを包み込み、その華奢な身体が派手に神殿の奥へと吹き飛んでいく。
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大聖堂・陽炎の視点——
「プルートゥ!」
大聖堂の魔鏡を通してその光景を見たヘルが、思わず声を荒らげた。
陽炎はアゾットを引き抜き、その刃をヘルへと向けた。
「言っただろ、あいつらを舐めるなって。……さあ、次は俺の番だ。お前たちの小細工を、ここで叩き潰してやる!」
陽炎の身体から立ち上ったのは、禍々しい黒炎ではない。仲間を信じる強さがもたらした、アゾット本来の、黄金色に輝く清廉な闘気であった。




