第十章 銷魂 〜其の肆〜
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場面は変わり、別の隔離空間——
「うっ……、ここは……!?」
蒼波が真っ先に意識を取り戻し、飛び起きた。
「みんな、無事か!?」
「ええ、なんとか……。でも、陽炎がいないわ!」
雫が周囲を見渡しながら悲痛な声をあげる。気づけば、彼女と蒼波、そしてノヴァと紫苑の四人は、帝都の喧騒から完全に切り離された、打ち捨てられた神殿のような不気味な建造物の中に投げ出されていた。
「陽炎だけじゃない。……空間の呪力濃度が異常だわ。完全に外の世界と隔絶されている。まるで、巨大な『墓場』の内側にいるようだ……」
蒼波が冷や汗を流しながら異様な重圧な力を感じとっていた。
「……来ますよ、皆さん!」
紫苑が鋭く叫び、自身の武器を構えて前方の一点を睨みつけた。
神殿の奥、立ち込める漆黒の霧が静かに二つの形を成していく。
そこに現れたのは、ヘルを除く二人の三臣下——ハデスとプルートゥであった。
「ククク……我が神殿へお越しいただき歓迎に値しますね、狂戦士の生贄たちよ」
霧の向こうから現れたのは、引き締まった長身に黒髪のロングヘアをなびかせた、精悍な顔立ちの男——ハデス。手にした死の波動を放つ巨大な二叉の槍『バイデント』が、暗闇の中で妖しく蠢いている。
「……大天位の盾はない。お前たちの命を刈り取り、あの子に極上の絶望を届けてやろう」
その隣で冷酷に告げたのは、燃えるような赤色の長いカールの髪を揺らす女——プルートゥ。その細身な身体と、どこか虚ろな表情を浮かべた美しい顔立ちからは想像もつかないほど圧倒的な『死の格』を解放している。彼女が携えるのは、その華奢な肢体にはおよそ不釣り合いな、身の丈をゆうに超える大型の鎌剣『ハルパー』だった。
(…!?)
対峙した四人は息を呑む。
目の前にいるのは、かつて大天位たちが歴史の闇に葬ったはずの伝説の亡霊。
「…なかなかヤバい状況ってことだけわ理解できたわ。簡単には逃してくれなさそうね」
ノヴァの額から一筋の汗が流れる。同時に、四人は戦闘体制に即座に入った。
「いいねー、できる限り足掻け。そうでなくては祭にはならないからな。ククク」
プルートゥは虚ろな瞳でゆっくりと四人を見渡し、男勝りな口調で楽しそうにほくそ笑む。
「舐めるな!これ以上の理不尽を、俺たちの前で通せると思うなよ!」
蒼波が猛然と地を蹴り、愛刀・ガーデアン・ソードを構えてプルートゥへと肉薄する。その背後からノヴァと紫苑が完璧なタイミングで援護に入り、第二、第三の太刀を振る体制。更に、雫が周囲の気流を操作して蒼波の速度を爆発的に加速させた。
九商を打ち破り、幾多の死線を潜り抜けてきた四人の連携は、一分の隙もない完璧なものだった。
しかし——。
「遅いですね」
ハデスが冷酷に呟き、手にした巨大な二叉の槍バイデントをただ一突きする。
ガギィィィィン!!! と、空間そのものが軋むような凄絶な金属音が神殿に轟く。
蒼波の渾身の一撃は、ハデスのバイデントより発した漆黒の呪力の障壁によって完全に防がれていた。そればかりか、ノヴァの第二撃、紫苑の第三撃も、その禍々しい瘴気に触れた瞬間にまるで炭化するように霧散していく。
「なっ……!? 俺たちの攻撃が、掠りもしない……!?」
蒼波が驚愕に目を見開いた瞬間、障壁から強烈な衝撃波が放たれ、彼は無様に床へと叩きつけられた。
「蒼波さん!」
雫が駆け寄ろうとするが、今度はプルートゥが、その細い腕で大質量を誇るハルパーを軽々と操り、四人へと向けた。
「『冥府の法・第一解』——肉体は泥へ、魂は闇へ」
ドクン、と四人の心臓が同時に跳ね上がった。
凄まじい『死の格』が空間全体を圧壊させるように膨れ上がる。ただそこに立っているだけで、生命力が急速に奪われ、手足の先から感覚がなくなっていくような底知れぬ恐怖。大天位のサポートがない今、彼らは先時代の伝説的な化け物と生身で対峙しているのだ。
「……っ、このままじゃ、全滅する……!」
ノヴァが荒い息を吐きながら、必死に思考をフル回転させ逆転の活路を探る。しかし、どれほど思考を巡らせても、導き出される未来は「全滅」の二文字しかなかった。
「ククク、やはり素晴らしい。その絶望に染まりゆく瞳、陽炎に見せてあげるのが今から楽しみで仕方ありませんよ」
ハデスが不敵な笑みを浮かべ、黒髪を揺らしながらゆっくりとバイデントを持ち上げる。その漆黒の刃が狙うのは、限界を察しつつも仲間を守るために再び立ち上がろうとする、ノヴァの細い身体だった。




