第十章 銷魂 〜其の参〜
食事を終え、宿に戻る道すがら。陽炎の異様なまでの沈黙と、時折見せる刺すような視線に、雫は耐えられなくなった。
「……ねぇ、陽炎。少しだけ、二人で話せないかな?」
雫は他の三人に先に宿へ戻るよう促し、裏通りの小さな広場に陽炎を連れ出した。噴水の水の音だけが響く静寂の中、彼女は陽炎の正面に立ち、その瞳を真っ直ぐに見据えた。
「隠し事はしないで。朝からずっと変だよ、陽炎。さっきの女の子に会った時から、あなたの中に『知らない誰か』がいるみたい……」
「雫……。それは、その……」
陽炎は言葉を濁した。昨夜の警告を言えば、彼女を余計に怖がらせてしまう。しかし、その躊躇が雫には確信に変わる。「お願い、陽炎。私たちは仲間でしょ? 一人で背負わないで」
雫が陽炎の手を握ろうと、一歩踏み出した。
「——させませんよ。その『光』に触れるのは」
突如、二人の足元に、空間が歪み影の渦が広がる。
「なっ……!?」
「きゃああっ!」
陽炎が咄嗟に雫の手を掴もうとしたが、指先が触れる直前、空間そのものがガラスのように砕け散った。
「雫! 待て、雫ーーッ!!」
陽炎の声は、暗黒の深淵へと吸い込まれていった。
それは、帝都の結界すらも無効化する、冥府の特異転移。
陽炎が次に目を開けた時、そこは帝都の外れにある、打ち捨てられた大聖堂だった。
「……くそっ、ここはどこだ! 雫は!? みんなはどこにやった!!」
絶叫する陽炎に応えるように、冷ややかな声が天から降り注ぐ。
その主は、先ほどの少女の姿ではなく、禍々しい死気を放つ漆黒の死装束を纏ったヘルであった。
その容姿は、ざっくりとシャギーの入った、アクティブで軽快な金の短髪。そして、こぼれ落ちそうなほど大きな瞳をした愛らしい顔立ち。しかしその手には、女性の体躯には到底見合わない、周囲の空間を重力で歪ませるほどの巨大な戦槌「ムジョルニア」が握られていた。
「安心してください。他の四人は、『絶望』の中へ招待しました。紫苑様も、ノヴァ様も、蒼波様も……。そして、あの愛らしい雫様もね」
「貴様ぁぁッ!!」
陽炎がアゾットを抜き放つ。しかし、ヘルは不敵に微笑むだけだった。
「無駄ですよ。ここは冥府の理が支配する隔離空間。
あなた方々をサポートしている二人の『大天位』……須佐能袁と阿修羅ですら、この空間を見つけ、干渉するにはそれなりの時間がかかるでしょう」
そう、これこそが『君主』の立てた計画の真髄。
最強の盾である大天位二人を引き剥がし、陽炎から『絆』という名の支えを物理的に奪い去ること。
「さあ、始めましょう。仲間たちが一人ずつ消えていく絶望の味を……。それを苗床に、真の『狂戦士』へと至るのです」
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一方、帝都・上空——
陽炎たちが姿を消した直後、須佐能袁と阿修羅はその異変を鋭く察知し、即座に動き出していた。
「チッ、陽炎たちの気配が完全に消えた。冥府の亡霊ども、やりやがったな!」
阿修羅が背中の巨剣に手をかけ、鋭い眼光で周囲の空間の歪みを睨みつける。
「……阿修羅、待て」
須佐能袁がそれを手で制した。その表情はいつになく険しく、何かを深く考え込んでいるようだった。
「どうした、須佐能袁。一刻を争う事態だぞ! 天明に報告して、国を挙げて捜索させなきゃ……」
「いや、天明には伏せる」
「はぁ!? あんた何言って……」
「…実は、腑に落ちない点がある。それがハッキリするまでは二人で動く。」
須佐能袁は、月読の一件を脳裏に浮かべていた。
「あいつ(天明)は、変わったように感じないか?他の者は気づかないだろが、若き日より一緒にいる俺たちならきづいているだろう………俺が推察していることが確証するまでこのことは伏せていたい」
阿修羅は一瞬目を見開いたが、須佐能袁の覚悟の座った瞳を見て、小さく息を吐いた。
「……へん、相変わらず格好つけちまって。分かったよ、あたいとあんた、二人だけで秘密裏に動くよ。その代わり、絶対に見つけ出すからね」
「ああ。……陽炎、そして他の四人。頼むから無事でいてくれよ……!」
大天位の双璧が、秘密裏に、しかし全霊をかけて隠された隔離空間の「壁」をこじ開けるべく、闇の中へと飛び立った。




