生まれ変わったって
それから何度か彼女に会った。
約束をしたわけじゃない。
連絡先を交換したわけでもない。
ただあの丘に行けばたまに彼女がいた。
夏の夕方。
蝉の声が少しずつ遠くなっていく時間
彼女はいつも同じ場所に座っていた。
「また来たんですね」
「そっちこそ」
「私はここ好きなので」
そう言って彼女は笑う。
その笑い方が少しだけ陽菜に似ていた。
髪を耳にかける仕草も。
暑い日に冷たいものを嬉しそうに食べるところも。
夕焼けを見ると少し黙るところも
似ている。
でも違う。
彼女は陽菜じゃない。
名前だって違う。
生きてきた場所も違う。
俺の知らない人生をこの人はちゃんと生きてきた。
なのに
どうしても目で追ってしまう。
「悠真さんって」
ある日彼女が言った。
「昔の誰かを探してるみたいですね」
心臓が一瞬だけ止まった気がした。
「……なんで?」
「見てれば分かりますよ」
彼女は笑っていた。
からかっているようにも見えた。
でもその目は優しかった。
「私が髪を触るたびちょっと悲しそうな顔するから」
「……」
俺は何も言えなかった。
図星だった。
彼女はしばらく空を見上げてそれから言った。
「その人、どんな人だったんですか?」
俺は迷った。
話したくなかったわけじゃない。
むしろ、ずっと誰かに話したかったのかもしれない。
陽菜のことを。
俺たちが過ごした夏のことを。
だから少しずつ話した。
子どもの頃から知っていたこと。
病気になったこと。
夏祭りに行ったこと。
あの丘に何度も来たこと。
長い髪のこと。
そして――
死んでしまったこと。
彼女は黙って聞いていた。
途中で口を挟むこともなく。
ただ、俺の話を全部聞いてくれた。
「……生まれ変わりって、あると思います?」
話し終えたあと彼女が聞いた。
「分からない」
俺は答えた。
昔なら即答していたと思う。
あるって、絶対にあるって。
だって、そうじゃなきゃもう一度会う約束が嘘になってしまう。
でも今は…
「……あったらいいとは思う」
それが精一杯だった。
彼女は少し笑った。
「じゃあ、もし私がその人の生まれ変わりだったら?」
胸の奥が強く鳴った。
「……」
何も言えない。
彼女は俺の顔を覗き込んだ。
「嬉しいですか?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「嬉しいと思う」
そう答えた。
だけど自分でも分かっていた。
その言葉に何か引っかかっていることを。
彼女は少しだけ目を伏せた。
「じゃあ」
小さな声だった。
「もし私がその人じゃなきゃ、嫌ですか?」
蝉の声が聞こえた。
遠くで車が走っている。
夕方の風が、彼女の長い髪を揺らしていた。
俺はその髪を見つめた。
陽菜も長い髪だった。
俺が好きだと言ったから。
子どもの頃に何気なく言った言葉を覚えていてくれたから。
そんなことを思い出す。
だけど
目の前にいる彼女の髪は、陽菜の髪じゃない。
この人が自分で選んで伸ばしてきた髪だ。
この人が生きてきた時間の証だ。
「……嫌じゃない」
やっと、そう言えた。
彼女は少し驚いた顔をした。
「本当に?」
「ああ」
俺は空を見た。
夕焼けが少しずつ薄くなっている。
「最初は陽菜に似てるって思った」
初めてその名前を彼女の前で口にした。
「だから、もしかしたらって……ずっと思ってた」
「うん」
「でも」
言葉を探した。
「たぶん俺は、陽菜を探してるだけじゃなかったんだと思う」
彼女は黙っている。
「陽菜と過ごした時間を、もう一度どこかで見つけたかったんだ」
それは長い間気づけなかったことだった。
陽菜そのものを取り戻したかったんじゃない。
陽菜と笑ったこと、一緒に歩いたこと、手を繋いだこと。
夏の暑さ、夕暮れの空、そういうもの全部を失くしたくなかっただけなのだ。
「だから……」
俺は彼女を見る。
「君が陽菜じゃなくても、俺は君と話したい」
彼女はしばらく黙っていた。
そして
ふっと笑った。
「そっか」
その笑顔は、陽菜とは少し違っていた。
だからこそ。
俺は初めてちゃんと彼女を見られた気がした。
「じゃあ、また来年もここに来ましょうよ」
「来年?」
「はい」
彼女は立ち上がった。
長い髪が夕日に照らされる。
「この場所、好きなんでしょう?」
「……まあな」
「じゃあ約束です」
彼女は小指を差し出した。
一瞬だけあの日の陽菜と重なった。
けれど俺はもう迷わなかった。
俺も小指を差し出す。
絡める。
「約束」
その瞬間、風が吹いた、夏の匂いがした。
そして俺は思った。
もし、生まれ変わりなんてものが本当にあるのなら、きっとそれは失った人をそのまま取り戻すことじゃない。
同じ場所で、同じ季節に、また誰かと出会えることなのかもしれない。
俺はもう一度空を見上げた。
あの日と同じような夏の空だった。
ただ、今度は一人じゃなかった。




