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HEAVEN  作者: 二千年の亡霊
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2/9

きみのために伸ばした髪

陽菜の髪は、昔から長かった。

肩を越えて、背中の真ん中くらいまである。

風が吹くと、さらさらと揺れる。

俺は昔から、その髪を見るのが好きだった。

本人には、言ったことがないけれど…


「ねえ、悠真」


ある日の夕方、陽菜が自分の髪を指でつまみながら言った。


「私、髪切ろうかな」


「急だな」


「暑いし」


「確かに」


「でしょ?」


陽菜は毛先を指でくるくる弄っている。


「どのくらい?」


「肩くらい」


「結構切るじゃん」


「うん」


「……もったいなくない?」


「何が?」


「その髪」


言ってから、少し恥ずかしくなった。

陽菜が目を丸くする。


「悠真、私の髪好きなの?」


「いや……」


「好きなんだ?」


「……似合ってるから」


「ふーん」


陽菜はニヤニヤしながら俺を見る。


「なに?」


「別にぃ」


「その顔やめろ」


「悠真、昔から私の髪のこと好きだったもんね」


「昔?」


「覚えてない?」


 陽菜は笑った。


 俺は首を傾げる。


「小学生の頃」


 そう言われて、少しだけ記憶を探る。


 夏休み。


 まだ俺たちが小さかった頃。

 公園のベンチ。

 陽菜が髪を結んでいて、俺が何となく言った。


 ━━長いほうが似合うんじゃない?


 たったそれだけ。

 そんなこと、俺はすっかり忘れていた。


「……あれ、まだ覚えてたの?」


「覚えてるよ」


「そんなの」


「私にとっては大事だったから」


 陽菜はそう言って、自分の髪を撫でた。


「悠真が似合うって言ってくれたから、ずっと伸ばしてた!」


「……嘘だろ」


「ほんと!」


「そんな昔の一言で?」


「うん!」


 陽菜は笑う。


「だって、悠真が言ったんだもん」


 その言葉に、俺は何も返せなかった。

 結局その日陽菜は髪を切らなかった。


「やっぱり、もう少し伸ばす」


「そう」


「何その反応!」


「別に」


「嬉しくないの?」


「……ちょっと」


「ふふ」


 陽菜が笑う。


 夕日の中でその髪が赤く染まっていた。

 俺たちはそのままいつもの場所へ向かった。

 町外れの小さな丘。


 そこからは、町が全部見えた。

 古い家、商店街、遠くに見える海

 そして、どこまでも続く夏の空


 陽菜はベンチに座り風に髪を揺らしていた。


「ねえ、悠真」


「ん?」


「この髪さ」


「うん」


「いつか切ると思う?」


「そりゃ、いつかは」


「そっか」


 陽菜は少し寂しそうに笑った。


「じゃあ、そのときまで覚えててね」


「何を?」


「私がこの髪だったこと」


「……なんだよ、それ」


「いいから」


「分かったよ」


 俺は笑った。


「覚えとく」


 陽菜も笑った。


 今思えば。


 あの頃の俺は、本当に何も知らなかった。

 人が残していくものが思い出だけじゃないことも、何気なく口にした言葉が誰かの人生に残ることも


 そして――


 いつか、その髪をもう一度見ることになるなんてことも。


 その日の帰り道。

 陽菜が俺の少し前を歩いていた。

 長い髪が、夕暮れの風に揺れている。

 俺はその背中を眺めながら、何となく思った。


 ずっと、このままでいればいいのに。

 夏も、この道も、陽菜も。

 何も変わらなければいい。

 あの頃の俺は、本気でそう思っていた。

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