第9話 三歳の誕生日
「……んっ」
お昼寝から目を覚ましたミットリオは、覚醒しきっていない頭で周りの把握に努める。
どうやら既に夕方を過ぎているようで、窓ガラスから見える外の景色は、夕日が沈みつつあり夜の暗闇が訪れようとしていた。
(しまった……、寝過ぎた……)
アウドールが部屋に尋ねて来て以来、誰もこの部屋に訪れて来ていないようで、そのお陰か分からないがミットリオはいつもより多く昼寝をしてしまったようだ。
「……んしょ」
ソファから体を起こして窓に近寄り外の景色を見ると、山の向こうに夕日が沈むところで、ミットリオは沈み行く夕日の眩しさに思わず目をつむる。
そして用が済んだので窓ガラスから離れると、部屋の外に出ようとして扉の方に歩いて行く。
(おかしいな、姉さんも兄さんも誰も部屋に来ないなんて。珍しい事もあるんだな)
ミットリオのために、少しだけ開くようにかんぬきを置いている扉に手を掛けて、部屋の外に出て廊下の様子を覗う。
廊下は何故かシンとしていて、いつもならこの時間は誰かしらいるはずの賑やかさが、今日は感じられないのでミットリオは少し不気味さを覚えた。
「……ははっ、なんだかすこしくらいね」
誰に語り掛けた言葉かは分からないが、ミットリオは少し引きつった顔を浮かべて廊下へと出る。
あまりの静けさに、何故か廊下をソロリソロリと歩いてしまうミットリオ。
どうしてその様にして歩くのかは自分でも分からない。
やがて中央階段の前に辿り着くと、手すりに掴まって下の様子を覗き見る。
しかし階段の下にも玄関にも誰も居らず、シンと静まりかえっている。その様子にミットリオは思わず唾を飲み込んでしまうのだった。
「あらっ、ミットリオ」
ドキーンッ!
手すりから階段の下の様子を覗っていたミットリオは、いきなり後ろから声を掛けられてしまい、びっくりして心臓が跳ね上がる。
「……か、かか、かあさん……」
「? こんな所でどうしたの?」
ミットリオが驚いて心臓の鼓動が跳ね上がり、冷や汗をかいている事など知るよしもないシトレアは、不思議な様子でミットリオに何故こんなところにいるのかと尋ねてくる。
「……べつに」
「……そう。今貴方のところに行こうと思ってたから丁度良かったわ。おいで」
階段を降りるのは、まだ幼児の体のミットリオでは難しいのでシトレアに抱えるために、シトレアがミットリオの事を手を広げて呼んでくる。
「……ん」
ミットリオもまだ階段を降りられないと分かっているので、素直にシトレアに体を預ける。
「はい。んしょっと」
シトレアに抱っこされる際、とても良い花のような香水の匂いがした。
この匂いはアウドールがとても気に入っているため、シトレアは毎日付けて過ごしているのだ。
「はい。着きました」
今日は何故だか、食堂の部屋の扉の前に降ろされる。
いつもはまだ満足に一人では椅子に座れないので、椅子の上にまで連れて行ってくれるのに、何故か扉の前で降ろされた。
「?」
「良いから、入って」
ミットリオが疑問に思っていると、シトレアが部屋の中に早く入ってと、ミットリオの背中を押してくる。
ミットリオは言われるままに素直に扉を開けると、
「「「ミットリオッ! 三歳の誕生日おめでとうっ!!」」」
眩しい光りとシトレア以外の人の声と拍手がミットリオの耳に届く。
「おおっ!?」
「三歳の誕生日おめでとうミットリオ」
一番最初にアウドールが傍に寄ってきて、ミットリオの頭を撫でてくれる。
「おめでとうミットリオ」
「ミトッ! 誕生日おめでとう!」
次いでチェルスとシュトラが祝いの言葉をくれる。
「ええっ?」
「誕生日おめでとうミットリオ」
驚いてシトレアの方に振り向くと、シトレアも笑顔でそう言ってくれる。
次いで次々に、デフィーやターブツさんニカラがお祝いの言葉をくれた。
「わははっ……、みんなありがとうっ」
思わぬサプライズにミットリオ笑顔を浮かべて祝ってくれた皆に対して感謝の言葉を述べる。
「はい、それじゃ席について」
シトレアの言葉で皆椅子に座ると、ニカラとデフィーが次々と料理を運んでくれる。
夕食はミットリオがリクエストした通り、シチューと川魚の香草焼きが食卓に並んだ。
「おおっ、うまそうっ」
「ミットリオが頼んだ通りのメニューをニカラが作ってくれたわ」
シトレアの言葉に、思わずニカラの顔を見ると、ニカラはぺこりと一礼だけしてくれた。
「さあっ、まずは夕食を食べようかっ。ミットリオの三歳の誕生日を祝して乾杯っ」
「「「乾杯っ」」」
アウドールが杯を掲げて改めてミットリオの誕生日を祝ってくれる。
そして家族と使用人達がそれに合わせて乾杯をする。
ミットリオはシトレアに料理を切り分けて貰いながら、リクエストした料理を存分に楽しむのだった。
「さて夕食も食べ終わったので、ミットリオにプレゼントをあげようか」
夕食も食べ終わり食後の紅茶が出され始めたタイミングで、アウドールがそんな事を言い出してきた。
「まずは僕とシトレアのプレゼントから。ミットリオが要望したとおり魔法の本と本を数冊プレゼントしよう」
アウドールは、テーブルの下から本を五冊ほど出して見せる。
それ程厚くない本だったが、五冊もあればそれなりの厚みになり、幼児の体では持てないほどの厚さになっていた。
「わあっ! ありがとうっ、とうさんかあさん」
「次は僕だね、僕からはガラスペンをプレゼントするよ。後数年も経てば必要になってくると思ってね。大事に使って欲しいな」
チェルスは高そうなガラスペンをプレゼントしてくれた。
この世界にガラスペンを作れる程の技術がある事に驚いたが、魔法を使えば作れるらしい。
「きれいなぺんをありがとうにいさん」
「……私はこれをあげるわ」
そして最後にシュトラが出してきたのは、少し不格好な形をした木製のコップだった。
「……これは?」
「それはシュトラがね、ミットリオのために村の工芸品の店のおばあさんに頼んで作らして貰った物なのよ」
「母さんっ! しーっ!」
「あら、ごめんなさい」
シュトラはその事を秘密にして欲しかったのか、真っ赤な顔になって人差し指を口の前に持ってきている。
「……少し失敗したから、いらなかったら言ってね……」
不格好な形を気にしているのか、シュトラはそんな事を言ってくる。
「すごくきにいったからだいじにつかうねっ!」
しかしミットリオは、そんなシュトラの気持ちが嬉しかったので、笑顔でシュトラにお礼を述べた。
「うんっ!」
シュトラも、ミットリオの言葉にパッと笑顔になってくれた。
「それと最後に一つ。大事なプレゼントがある」
最後にアウドールはが神妙な顔でそう言ってきた。
これ以上何かあるのかとミットリオは期待に胸をなで下ろ膨らませた。
「ミットリオ、手を出してごらん」
「? はい」
素直に手を差し出したミットリオの手に、アウドールは自身の手を重ね合わせるようにすると、黙って集中する。
すると次第に、何か熱いモノがアウドールの手から流れ込んで来るような感覚を感じて、ミットリオは驚いて目を見開く。
「感じたかな?」
「……なにこれ?」
やがてアウドールは手を離すと、それと同時に奇妙な熱さも無くなってしまう。
ただ何か分からない感覚だけが手の平にしっかりと残っていた。
「今のはね、魔力をミットリオの体に流したのさ」
「……まりょく?」
「そう。僕の体からミットリオの体に魔力を直接流し込んだのさ」
なるほど。あの熱い奇妙なモノの正体は魔力だったのか。
ミットリオは手の平をグーパーと、握ったり閉じたりを繰り返す。
「三歳になると、殆どの者が親から魔力を分け与えて貰うんだよ。そして魔力を自覚するようになる。……どういう訳かミットリオは自分で魔力を覚えていたけどね」
「そうなんだ……」
「これが本来のこの国の誕生日プレゼントさ。改めておめでとうミットリオ」
「ありがとうっ、とてもうれしい!」
それからはゆっくりとした家族の時間を過ごして、それぞれが就寝に就くまで和気あいあいと会話をして過ごすのだった。
「…………眠れない」
しかし午後に沢山昼寝をしたミットリオは、夜になって眠れなくなり、眠りに就くまでどうすることも出来ないので、お約束の羊を数えて夜をやり過ごすのだった。




