第8話 初めてのおねだり
雪もすっかりと溶けて、山や川に緑の色合いが付き始めミットリオの住んでいる村にも春の装いが訪れて来た頃。
当のミットリオはと言うと、またしてもソファの上でだら~っと横になっていた。
因みに今日は比較的暖かい日なので暖炉は点けてない。窓ガラスを開けて、窓から入ってくる風と日光を浴びて優雅に過ごしている。
窓から空を見れば春の空気が嬉しいのか、何か分からない小鳥たちがピピッ、ピュイピュイッと鳴いていて騒々しく感じた。
「のどかだ……」
ミットリオは空を眺めながらそう呟いた。
(納期と期末と締め切りに追われる事も無く、血や泥を啜ることも無く、鉄の雨も掻い潜る事も無い)
「なんてのどかなんだ……」
顔をぼへっとさせて、ミットリオはだらけながら今の幸せな時間を噛み締めていた。
「……でもこのじかんもあとすこしでおわる」
どうせもう少ししたら、お転婆の姉が扉を物凄い勢いで開け放ちに来る。なので今だけはこの時間一人でゆっくりと過ごしても良いだろう。
ミットリオは一息吐くと、ゆっくりと流れていく雲をだらけた顔で見詰めていた。
因みに、チェルスとシュトラは既に稽古をしているため、決まったスケジュールが毎日組まれているが、ミットリオはまだ稽古を始めていないため、決まったスケジュールはない。
これと言ったスケジュールは無いが、敢えてスケジュールを立てるというならば、今のミットリオの一日のスケジュールはこうである。
※
朝八時 起床
朝八時半 朝食を食べる
朝十時 部屋に戻りゴロゴロするか太陽を浴びるか、偶に魔法の練習をこそっとやるか
午前十一時 昼寝
正午十二時半 昼食
午後十三時 昼寝
午後十四時 姉さんと遊ぶか誰かと遊ぶか
午後十六時 疲れたので昼寝
午後十八時半 夕食
午後十九時 お風呂と姉さんと母さんと会話
午後二十時 就寝
※
これがミットリオの一日のスケジュールなのだが、今は午後十四時を回るところ。
つまりもう少ししたら、いつものように姉のシュトラが突撃してくる時間帯なのだ。
コンコンッ。
しかし今日はどうやら違ったようだ。
いつものように姉が乱雑に扉を開けるのではなく、違う人物が扉をノックしてきた。
そしてその人物はすぐに分かった。
「ミットリオ起きてる?」
少し遠慮がちに声音を優しくしたシトレアが、部屋の扉をノックして入ってきたのだった。
「うん。おきてるよかあさん」
「そう、あのね今日の夕食なんだけど……」
そこまで言ってシトレアは言葉に詰まる。
少し考えた素振りを見せるシトレアは、んーっと頬に人差し指を充てて、次に発する言葉を選んでいるように見えた。
「……何か食べたい物とかある? 何でもいいから」
「……たべたいもの?」
「そうっ、好きな物でも今食べたい物でも。あっ! 出来れば用意出来る範囲内でね」
「すきな……」
そう言われて、ミットリオは深く考える。
(好きな物と食べたい物と言われても……、さっき昼食食べたばかりだしな……)
ミットリオは先程食べた昼食を思い出して、パンパンになっている自分のまん丸のお腹を一度見る。
そのままペチンッとお腹を叩くと、ポンッと軽快な音が返ってくる。
「べつにないかな、たべたばかりだし。ニカラのごはんおいしいし」
「う~ん、そこを何とか考えてくれないかしら、お願い」
何故かシトレアはミットリオの食べたいものを聞き出したいらしく、しつこく聞いてくる。
因みにミットリオが述べたニカラとゆう者は、この屋敷の料理長をしている女性で、物凄く美味しい料理を作ってくれるのだ。
噂では宮廷で専属料理人を務めていたとか、全国から集められた料理人の大会でかなり良い成績を残したとか。
とても腕が良い料理人なのだ。
何故そんな人物がこの屋敷に来てくれているのかは、ミットリオは知らない。
「う~ん、じゃあシチューとお魚を食べたいかな……?」
「分かったわ、シチューとお魚ね。ニカラにそう伝えとくわ。ありがとうねミットリオ」
「うん……」
それだけ聞くと、シトレアはすぐに部屋から立ち去ってしまい、残されたミットリオは、何故そんなことを聞いて来たのか意味が訳が分からず、不思議な顔をしていた。
「なんだったんだろ……」
ミットリオは、シトレアが立ち去った扉をしばらく見詰め、やがて忘れたようにソファに深く体を預ける。
この時間はまだ昼寝をしている時間帯なので、シュトラが尋ねて来ないとなれば、存分に昼寝に集中したい。
幼児の体は少し気を抜けば、すぐに眠気がやって来るので、例に漏れずミットリオもウトウトし出す。
コンコンッ。
しかしそこに誰かが尋ねてきたようで、またしても部屋の扉がノックされる。
「……は~い」
「入るよ、ミットリオ」
ミットリオがねむねむの状態で返事をすると、入ってきたのはこの時間帯にしては珍しい、父親のアウドールが部屋に入ってきた。
「……どうしたの?」
「ごめんよ、寝るところだったのかい」
「ううん、まだたいじょうぶ」
「大事な時間を奪って申し訳ないね、実はミットリオに聞きたい事があって尋ねたのさ」
「ききたいこと?」
ミットリオはアウドールがこの部屋に尋ねて来た理由を聞いて、コテンと首をかしげる。
対してアウドールは、ミットリオの言葉に軽く頷いていた。
「そう。……えとね何か欲しい物とかあったりするかい?」
「……ええっ」
先程のシトレアの質問ではないが、似たような質問がアウドールの口から出て来て、ミットリオは露骨に困った顔をする。
「……そんな困った顔をしなくても」
ミットリオの顔を見て、尋ねてきたアウドールは苦笑いを浮かべる。
「……そんなこといわれてもわからないよ」
「ん~そうかぁ……、急にこんな事言われてもすぐには浮かばないよね」
「どうしてそんなことをきいてくるの?」
「……」
ミットリオの言葉に、今度はアウドールが困ってしまい頭を捻っていた。
しかも続けて放たれたミットリオの言葉に、何故かアウドールはカチンと固まってしまう。
「い、いやー、はははっ! ミットリオはさ普段欲しい物とか言ってこないだろっ? それが気になって何か欲しい物はないのかな~っ、何てっ思ったりしてね!」
(確かに、思えば俺って自分から何か欲しいとかねだった事無いかも……)
ミットリオは物心とゆうか転生してから、何かねだったり我が侭を言った記憶は殆どない。
普通の幼児ならばもっと泣いたり我が侭を言ったりするのだろうが、中身が元三十半ばのおっさんなので、そんな考えや行動は一切取らなかった。
(たまには何かねだってみるか)
いつもこうだと、あまり幼児らしくないと疑われてしまうので、たまには子どもらしく父親に何かをねだってみるとする。
「……じゃあ、まほうのほんとかだめならほんとかほしい」
「本? ミットリオは本が欲しいのかい?」
「うん」
ミットリオの要望に、アウドールは顎に手を当てて考える素振りを見せる。
またその考える素振りが様になっている事。
さらさら金髪ヘアーのイケメンさんが、そんな行動をすると世の婦人さん方はやられてしまいますよ?
まあ、母さんも美人でスタイルが良いし? 兄さんもイケメンだし? 姉さんだって今はとても可愛いけど、あれは将来美人になる顔付きをしているし? この家系は皆が揃いも揃って美男美女なのだ。
あれっ? じゃあ俺はどんな顔をしているんだ?
ミットリオはまだ自分の顔を鏡ではっきりと見たことがないので、自分の顔がどうなっているのか把握していない。
「分かった。本だね。魔法の本と合わせて何かプレゼントするよ」
(おおっ! やった!)
ミットリオが、自分の顔を気になってブニブニと両手で触っている間、アウドールの中でミットリオの要望について、折り合いがついたらしく願いを聞き入れてくれた。
「じゃあまた夕食で。眠いところを邪魔してごめんね」
アウドールは目的を果たしたらしく、部屋から立ち去ってしまう。
「……なんだったんだろう」
結局、両親に何か欲しい物はないかと聞かれ、その理由が分からないミットリオは、何も分からないままソファに体を預けてお昼寝の世界に入っていくのだった。




