第3話 いやいやなお稽古
寒空の元、ゴウゴウと風が吹き荒れ窓ガラスを不気味に揺らしている。
木の枝に付いていた枯れ葉が、風の影響で飛ばされていくのを、二年と半年が経過したミットリオは、覚束ない足取りで窓際から眺めていた。
ひとしきりその景色を見て、満足したのかぷいっと明後日の方向を向いてしまうと、父親が点けてくれた暖かい暖炉の方に戻ってしまう。
ミットリオは器用に小さい下半身を動かして、ソファの上にトテトテとよじ登ると、いつものマイベストポジションに座り込む。
「は~っあったかい……」
母親が編んでくれた小さい毛布を自身の足下に掛けて、ミットリオは暖炉から送られてくる暖気を全身に受けて、ぬくぬくと暖まっていた。
バアンッ!!
「うえっ!」
突然部屋の扉が大きな音を立てて開け放たれて、ミットリオの体は驚いてビクンッと跳ね上がってしまう。
「あーーっ!! ここにいたの!? ミットリオっ!」
扉を勢い良く開けた少女が、目的の弟を見つけて指を差しながら大声を出す。
声を上げた少女、シュトラはソファに座っているミットリオを見ると、頬を膨らまして拗ねている態度を見せた。
つかつかとこちらに向かって歩いてくると、自身もソファに勢い良く座り込んで、ミットリオの隣に並ぶように座る。
隣に座っていたミットリオはまだ重さが無いもので、衝撃でボウンッ、と少し体が浮いた気がする。
「んも~っ」
ミットリオが舌っ足らずな口調で、姉であるシュトラの強引な行動に非難の声を上げる。
だがそれをした当のシュトラは特に気にした素振りも見せず、暖炉から伝わる暖気を浴びて、気持ち良さそうに目を細めていた。
それはまるで、暖かいところでくつろいでる猫のような表情に見えた。
「……んはあ~っ、暖かい~」
ソファは子供二人で使う分にはまだまだスペースがあるのに、何故かシュトラはミットリオの傍にぐいぐいと近寄ってきたので、ソファが狭く感じてしまう。
「ねえさん、なんでよってくるの?」
「……それはここが一番暖かいからよ」
嘘だ。
直感的にミットリオはそう感じた。
二年半とゆう短い付き合いだが、シュトラがこうやってこちらを見ずに喋るときは、大抵嘘をついている時だと段々分かってきた。
それに暖気を取りたいのならば、もっと前に行けばいい。
そちらの方がもっと暖かく感じれる筈だ。
「ねえさん、べんきょうはいいの?」
「……もう終わったわよ」
これも嘘だ。
時間を考えるとまだ姉さんはマナーや淑女としての教育を受けている筈の時間帯だ。
きっと姉さんは勉強するのが嫌になって逃げてきたに違いない。
後数分もすれば、ここに母さんが姉さんを探しに来るだろう。
ミットリオの読み通り、数分も経てば廊下から足音が聞こえてきて、シトレアがシュトラを探しに来たのだと分かった。
そしてシュトラはその足音に敏感に反応すると、ひえっと声を立てて、ミットリオが体に掛けていた毛布の中に隠れてしまう。
しかし毛布は赤ん坊サイズなので、シュトラが隠れようとすれば、こんもりと盛り上がってしまい、不自然さが際だってしまう。
それに元々半分はミットリオが使っているので、幾ら上手く体を隠したとしても、体のどこかが少しはみ出してしまうのだ。
「ちょっ、ねえさんっ」
「しっ! 静かにしてっ! 私はここに隠れているからっ!」
頭をミットリオの方に向けて、シュトラは指を口に当てて自身の存在を上手く消そうとする。
コンコンッ。
扉が優しくノックされると、シュトラはピュッと引っ込んで完全に毛布の中に体を隠してしまった。
「は~い」
ミットリオが返事をすると扉がゆっくりと開き、母親のシトレアが部屋の中に入ってくる。
「ねえミットリオ、シュトラがこの部屋に尋ねて来なかったかしら?」
「…………」
ミットリオは、正にここに姉さんがいるよと、言おうか迷ったがすぐ傍の毛布の下から、途轍もないオーラが滲み出ていたので、結局ミットリオは、
「……ううん、きてないよ」
と嘘を付いた。
勉強と稽古から必死に逃げ回り、弟に嘘の片棒を担がせるとは、なんてひどい姉なんだ、とミットリオは心の中でそんな気持ちを抱いて、笑顔で取り繕った。
「…………」
「…………」
しばしの間、ニコニコ顔のシトレアとニコニコ顔のミットリオが見つめ合う。
やがてシトレアは真面目な顔になると、部屋の中に踏み出してきて、ソファに座っているミットリオの目の前に立つ。
言い知れない圧迫感をシトレアから感じ、毛布の中のシュトラは段々と汗が滲み出てきて、酸素が少なくなってきたのか呼吸も荒くなっていた。
それを間近に感じているミットリオは、熱くなってきたのかほんのりと汗をかき始める。
さっきまで寒いからと、暖炉の前で毛布に包まっていたとゆうのに、今は熱くなってきてこの毛布を脱ぎたい、そんな気持ちを抱いていた。
「……シュトラ」
シトレアが名前を呼んだ瞬間、毛布の下の姉が一際強く反応して体を強張らせる。
そして毛布の中で一際汗をかいて、呼吸が荒くなっていく。
ここで気付いたのだが、毛布の端からシュトラの髪がはみ出していた。
その事に遅れて気付いたミットリオは、自分は悪いことをしていないのに、何故か自分も巻き込まれた気がしてしまう。
「……シュトラ出て来なさい、じゃないと無理矢理毛布を取りますよ?」
シトレアの圧迫感に部屋の中の空気が1段と下がった気がする。
しかし毛布の中から、伝わってくるシュトラの熱がミットリオの体温を上げていき、今すぐ毛布を剥がしたい衝動に駆られる。
「……は~い」
やがてシュトラの方が根負けをし、隠れていた毛布の中からモゾモゾと出て来るのだった。
「まったく……、なんでそういつも隠れてしまうの? しかもいつもミットリオのところにいる。……どうして?」
「……だぁって、もう勉強とか飽きたんだもん」
母親の質問に、シュトラは口をすぼめると体をイジイジと動かして、不満の感情をアピールする。
「……ふう、しょうがないわね」
シトレアは一つ溜息をつくと、シュトラが喜ぶであろう言葉を言う。
「……なら明日から、チェルスと一緒に魔法と剣の訓練をする?」
「……えっ?」
「今日勉強とお稽古を頑張ったら、明日からそちらのけ稽古もしていいから、だから今日は取り敢えず頑張れる?」
「いいの!?」
「今日を頑張ると約束するならね」
「するするっ! 私頑張るっ!」
シュトラは、母親からの突然の提案に顔を輝かせて何度も肯いていた。
すぐに毛布を蹴ってソファから降りると、とても嬉しかったのか全身で喜びをアピールしていた。
シュトラが喜んでいるのに対して、シトレアは複雑な気持ちを抱いていた。
シュトラがチェルスの魔法と剣の稽古を、隠れて盗み見していたのは知っているし、玄関に飾ってある剣を見る時は少し違う様子だったのも知っている。
アウドールと話して、いつかはそちらの稽古も並行させてやらせるつもりだったのだが、こんな譲歩みたいな形で言ってしまっても良かったのだろうかと考えてしまう。
まあこのままではシュトラの態度も直らないので、遅かれ早かれこうなっていたと、シトレアは自分を誤魔化すように納得させるのだった。
「ほら、シュトラ早く行きましょ?」
「うんっ」
シュトラは母親に手を引かれて部屋から出て行く。
その際、シュトラはミットリオのことなど忘れていて、代わりにシトレアが軽くミットリオに微笑んでいた。
「……ふう」
そして嵐のような時が過ぎ去ったミットリオは、しばらくの間固まっており、やがてシュトラのせいで乱雑になった毛布を掛け直すと、またしても暖炉の暖気を浴び始め、ぬくぬくと昼寝をし出すのだった。
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