第28話 試食
日は既に山の稜線に半分ほど身を沈め、茜色と藍色が溶け合う空を、名残惜しそうに染め上げていた。
厨房の小窓から差し込む光も、いつの間にか橙色から、夕闇の混じった鈍い色へと変わっている。
「ふぃ~~っ」
ミットリオは全ての食べ物の仕込みを終えて、力なく調理台に突っ伏した。
腕も足も、まるで鉛を詰め込まれたかのように重い。
「終わったぁ……」
粉物、果物飴、かき氷、ベビーカステラ、綿飴、そして今しがた終わった焼きとうもろこしと、魔獣の肉を使った焼き鳥、それからフランクフルトが、調理場に山盛りになっている。
甘い匂いと香ばしい匂いが入り混じり、厨房全体がまるで祭りの屋台街そのもののような賑やかな香りに満ちていた。
ニカラとの二人で何とか仕込みを終えて、ミットリオは久し振りの達成感を味わい、ニカラと笑い合う。
「頑張ったわね」
シトレアが労うように、そっと声をかけてくる。
「お疲れ様でした」
デフィーが、パチパチと拍手をしてくれる。
「いや~、我ながらこれだけの量を作り終えたのは凄いや」
ミットリオは調理場に山のように盛られている、夏祭りの食べ物を、片っ端から収納魔法に入れながら、感想を言った。
指先には、まだ油と甘いタレの匂いがこびりついている。
そこへちょうど。
「ただいまぁー!」
帰宅したシュトラの声が、屋敷の中に響き渡る。廊下の板張りを踏み鳴らす足音まで聞こえてきそうな、勢いのある声だった。
「いい匂いがするっ!!」
「本当だね」
玄関の方からシュトラの声が聞こえ、遅れてチェルスの声も聞こえてくる。
そしてアウドールの制止の声も聞こえてくることから、どうやら匂いに釣られたシュトラが、屋敷の中を走りだしたようだった。
「何これっ!?」
いまだ、収納魔法に収まりきらない大量の、夏祭りの食べ物を見て、シュトラは歓喜の声を上げた。
「わあっ、凄いねっ!」
「これをミットリオとニカラだけで作ったのかい……?」
シュトラに続いて、チェルスとアウドールが入ってくると、それぞれ調理台の上に乗っている、食べ物の山を見て驚きの声を上げる。
「うん。ニカラに沢山手伝ってもらったんだっ」
「何を言ってるんですかっ。坊ちゃんのアイディアがなければ作れてませんよっ」
「でもニカラのアドバイスと経験と料理の腕がなければここまで作れてないじゃん。俺がやったのは精々最初の提案だけだよ」
「それもそうですね」
「うわっ! 開き直ったっ!」
「「ぶはははははっ!!」」
二人が笑い合っているのを、アウドールはにこやかに見守っている。
「二人とも、ものすごい頑張ったのよ」
端に座っていたシトレアが、アウドールの元に寄ってきて、そう囁いてくる。
「シトレア、体は大丈夫かい?」
「大丈夫。ゆっくりしていたし、デフィーがずっと傍にいたから。それにこれくらいで音を上げる私じゃないのは知っているでしょ?」
「ははっ、そうだったね。デフィーもありがとう。君がいてくれるおかげでとても助かっているよ」
「恐縮です」
「それにしても本当に凄いな。たった二人でこれだけの量の、食べ物の仕込みを終わらせるなんて、びっくりしたよ」
「ふふっ、とても楽しそうに料理していたのよ」
さっきまでの、ミットリオとニカラの掛け合いを思い出して、シトレアは口に手を当てて微笑んだ。
「流石だね」
アウドールは、目を細めて眩しいモノを見るかのように、ミットリオとニカラを見て、シトレアと同じように微笑んでいた。
そして視線の先では、シュトラが山盛りになっている食べ物を食べたいと、騒いでいた。
「ねえっ! 味見してもいいんでしょっ!?」
「そう言うと思って、ちゃんと用意してあるから。ね、ニカラ」
「はい。シュトラお嬢様、今日の夕食はこれらを提供させていただきます」
「そうなのっ?」
「はい、ですから楽しみにお待ち下さい」
「ミトッ!」
「そういうことだから、父さん達は先に体を綺麗にしてくれば? その間に夕食の準備はしとくからさ」
チラリとミットリオが、アウドールの方を見る。
「分かったよ。なら先にお風呂に入って汗を流してこようかな。シュトラもチェルスもそうしようね」
「はい」
「分かったっ!」
アウドールがそう言った瞬間、またしてもシュトラが走り出そうとしたので、シトレアがそこへ注意を言った。
流石のシュトラも、二回目はまずいと思ったのか、素直に言うことを聞いて、大人しくお風呂へと向かった。
「じゃあ、早速夕食の準備でもしようか」
ようやく、調理場に山盛りになっていた食べ物が、収納魔法に収まった事で、手が空いたミットリオは、ニカラとデフィーに夕食の準備をしようと誘った。
ニカラとデフィーは、小さく頷くと夕食の準備をテキパキと進めていく。
鍋を火にかける音、皿を並べる音、それらが心地よいリズムを刻んで厨房に響いた。
「母さんは先に食堂に行って待っててね」
「そうするわ」
ゆっくりと立ち上がると、シトレアは足を食堂へと向ける。
やがて夕食の準備を進めていた三人だったけれど、ニカラが。
「坊ちゃんも、料理してかなり匂いが染みついているので、先にお風呂に入ってきてもいいですよ?」
「えっ、いいの?」
「はい。もう準備は終わりますし、デフィーさんと二人でやれますので」
ニカラの言葉に、ミットリオはデフィーの方へと顔を向けるが、デフィーも同じ意見みたいで、小さく頷いた。
「どうぞ」
「なら、そうしようかな。二人ともありがとね」
「いえいえ」
「お疲れさまです」
ミットリオは、エプロンを脱ぎながら調理場を出ると、匂いと疲れた体を癒すために、お風呂場へと向かった。
やがてお風呂場に行くと、アウドールとチェルスは既に先に上がったみたいで姿が見えず、ミットリオは一人で汗を流した。
湯船に浸かると、一日の疲れが湯気と共に溶けていくような気がした。
「ふい~っ」
髪を風魔法で乾かしながら、さっぱりして肌着になったミットリオは、テクテクと食堂に向かう。
「遅~いっ」
「あれっ? 姉さんも既に上がっていたの?」
「そうよっ! ミットリオを待っていたのよっ」
「ごめんごめんっ」
食堂には、既にミットリオ以外の家族が集まっており、皆ミットリオを待っていたみたいだった。
アウドールとチェルスが、お風呂から上がっていたのは知っていたが、シュトラが既にお風呂から上がっているとは思わなかった。
いつもはこんなに早くお風呂から上がる事なんてないくせに、今日だけ早く上がってきたということは、それだけ夕食を楽しみにしていたということだろう。
ミットリオが席につくと、デフィーが手早くパンとスープを持ってきてくれる。ふわりと立ち上る湯気が、食欲をそそる香りを運んでくる。
そしてあらかじめ決めていたとおり、焼きとうもろこしを最初に出した。
熱々の状態を食べてほしいのと、風味が少しでも落ちない内に食べてほしかったからだ。
「いただきます」
皆の前に焼きとうもろこしが並ぶと、アウドールが最初に口をつける。
そして遅れて家族みんなが口をつけた。
香ばしい魚醤の香りと、口の中でとうもろこしの粒が弾ける。一口一口が小さいくせに、とうもろこしの果汁と、甘さが口の中に広がる。
更にその甘さを際立たせているのが、焦げたタレの苦みであり、それが更に食欲をそそる。
ポロロンッ、ポロロンッ、と口の中で焼きとうもろこしが弾ける度に、美味しさが口いっぱいに広がる。
「うままままっっ!」
ミットリオは、好物を見つけたげっ歯類のように、焼きとうもろこしを横にして、口いっぱいに頬張りくるくると回転させて食べ進める。
「美味しいっ!」
「ものすごく美味しいよっ、ミットリオッ!」
シュトラとチェルスは、ミットリオと同じように、焼きとうもろこしを横向きにして齧り付いており、アウドールとシトレアは、上品に焼きとうもろこしをナイフで切り離して食べていた。
育ちの良さがこんなところにも滲み出るものかと、ミットリオは内心少しおかしくなる。
(かじり付いた方が美味しいとは思うんだけど……、まあ人それぞれでいいか……)
横目で両親の、焼きとうもろこしの食べ方に疑問を持ったが、彼等は歴とした貴族なので、深くは追及しなかった。
「あ~、もうなくなっちゃった……」
いつの間にか、一人で一本の焼きとうもろこしを食べ終えてしまい、ミットリオは少し落ち込んだ。
だが、この後も楽しみな料理は残っているので、あまり食い過ぎないように気を付ける。
正面では、シュトラが二本目の焼きとうもろこしに手を伸ばしており、他の人は食い終わっているのに、まだ食べれる事に驚愕する。
「……姉さん、まだこの後もあるんだけど、大丈夫……?」
「らいじょぶっ、まだひへるわっ」
焼きとうもろこしを口に咥えて、喋るシュトラ。
流石にそれはいけない行為だと、やんわりとシトレアの注意が飛ぶ。
それを聞いていたアウドールとチェルスは苦笑いを浮かべていた。
「次はこちらになります」
デフィーとニカラが、焼きとうもろこしの次に持ってきてくれたのが、焼き鳥とフランクフルトだった。
それらが数本ずつ更に並べられる。竹串の焦げた香りと、脂の弾ける音が食欲を煽った。
今回は、焼き鳥は皮や肉だけにして、日本で食べられていた、ハツや砂肝等の内臓系は夕食では出さなかった。
仮にも俺らは貴族だし、それに今すぐに用意が出来なかったからだ。
(まあ、父さんと母さんは魔獣の内臓くらいでは別に驚かないだろうけど、兄さんと姉さんがどんな反応をするのか分からないからね)
ミットリオは、皿の上に並べられた焼き鳥を手に取ると、皮を手に取り口の中に入れる。
ミチィッと竹串から皮が離れていき、口の中で咀嚼する。
あむあむとかむ度に、焼いたことでカリッとした食感と、焦げ目の香ばしさが広がり、かむ度に溢れ出る鳥の脂の旨みが口の中に広がる。
「美味ぇ~っ……」
ミットリオは残りの皮も、あまりの美味しさに一瞬で食べきった。
見ると、他の人達も焼き鳥の美味しさの感想を口にしていた。
因みに、皮、もも、ささみを二本ずつ用意していた。
「美味しいわっ!」
「これはとてもいいね、竹串に刺しただけのシンプルな料理なのに、とても美味しく味わい深い料理だね」
「僕は、このささみって部位が一番好きかな」
「私はももが一番好きっ!」
チェルスは、ヘルシーなささみを好んでおり、意外にもシュトラがももを気に入っていた。
「僕もささみが一番好きかな」
「私は普通の時なら皮が好きかもしれないけど、今はささみが一番かしら」
「……あれ?」
ミットリオは家族の感想を聞いて、首をかしげる。
「誰も皮が好きな人はいないの?」
ミットリオの疑問に、他の四人は微妙な反応を見せた。
「美味しいんだけどね、沢山食べるには油がきついかな」
「僕も皮より、ささみの方が美味しいかな」
アウドールとチェルスがそう言い。
「私は、もものタレが一番美味しいわっ!」
「私は、ささみの塩が一番シンプルで美味しく感じたわ。ハーブと塩の香辛料がとても利いていて、美味しかったわ」
「誰も皮のタレを好む人はいないのか……」
ミットリオは、この場に皮のタレ派がいなくて少しショックを受けた。
因みにミットリオが好きな部位は、一番が皮で、二番が砂肝、三番がなんこつである。
かみ応えが良くて、旨みが強いモノを前世から好んでおり、それは転生になっても変わらないようだった。
ミットリオは焼き鳥を食い切ってしまうと、今度はフランクフルトに手を伸ばした。パリッ、と皮が弾ける小気味よい音が響く。
「うんっ。これも相変わらず美味しいねっ」
負けず劣らずフランクフルトも美味しかった。
上にマスタードを乗せており、酸味と辛みが非常にマッチしていてとても良い。
惜しむらくはケチャップがないことだが、無いものはどうしようもないのであきらめる。
(……てゆーか、マヨネーズもないよな。王都とか大きい街に行けばあるのかな? なければ、いつか本格的に醤油やわさび、マヨネーズやケチャップを作るのもいいかもしれないな)
フランクフルトをかじりながら、ミットリオは密かに計画を練る。
「シュトラ、私はこのフランクフルトは食べられないから、あなたにあげるわ」
「えっ?」
「えっ!」
シトレアの言葉に、フランクフルトを渡されたシュトラと、ミットリオが驚いた声を上げる。
「……あの母さんが食べ物を残すなんて、信じられない」
「……そんなに具合悪いの?」
ミットリオは驚き、シュトラは思わず心配になる。
「そうじゃなくて、流石に多いかなって思っただけよ。この後にも他の料理が控えているんだから。それを食べれる分は残しておかないとね」
「……そう」
シュトラはどこかまだ、母親の体調を心配した顔を見せるが、シュトラが問題ないと言ったので、しぶしぶ引き下がる。
アウドールが何も言わないと言うことは、本当に大丈夫なんだろうが、どこか釈然としない様子だった。
しかし、次の料理が運ばれてくると分かると、シュトラも黙っているだけで、横目で母親の事を気にしていたチェルスも、そちらの方に意識が向くのだった。
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