第27話 夏の甘味
「それでは甘い物を作りたいと思いますっ」
ミットリオが両手を高く突き上げると、袖からこぼれた小さな魔力の粒がパチパチと弾けて消えた。
それは、まるでこれから始まる甘味祭りの号砲のようだった。
「……は、はい」
「? どうしたのニカラ。さっきよりもテンション低くない?」
「……はぁ」
そう言われて、ニカラは横目でシトレアとデフィーの二人を見るが、シトレアは少し困った顔をしていて、デフィーは依然涼しい顔をしていた。
誰も助けてくれる気配がない。
まるで「お前が貧乏くじを引け」とでも言いたげな沈黙が、調理場にじわりと広がる。
(……黙っていた方が良いよね)
そう考えたニカラは、ミットリオに対して別の言い訳を言った。
「……そのぉ、ベビーカステラは何となく分かるんですよ。カステラは作った事もありますし。それに果物飴も、かき氷も名前から想像はつきます。ですが綿飴が……、その想像できなくて……」
「甘いっ、これから甘い物を作るからと言って、思考まで甘くさせちゃ駄目だよニカラっ」
ビシッ!
「甘い」を「甘い」で返すという謎の理屈に、ニカラの脳内には「?」が三つほど並んで浮かんだ。
「はぁ……、何かすいません」
ミットリオがビシッと、ニカラに対して人差し指を立てる。
何故怒られたのか分からないニカラは、困惑した顔を浮かべていた。
「そんなニカラのために教えてあげようと言いたいが、俺にはあまり上手く作れないので、口でしか伝えられないのが悔しいっ」
悔しいと言うわりにミットリオの声色はどこか楽しげで、悔しさよりも何故か、高揚感の方が滲み出ていた。
「またまた~、坊ちゃんなら上手く作れるでしょう?」
「いや~、正直今言った甘い食べ物に関しては、上手く作れる自信がないんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。果物飴とかき氷は簡単に作れるし、ベビーカステラはカステラは、本来小さく丸めたカステラなんだけども、一口サイズに切ればいけると思うんだよね。ただね綿飴がね……、ちょっと問題でね……」
「何が問題なんですか?」
ニカラがコテンと首をかしげた。
その拍子に、頭の上でお団子に結んだ髪がふわりと揺れる。
「それがね、綿飴を作るには専用の機械が必要なんだよね」
「そうなんですか? じゃあ作るのは無理なんですか?」
「……それがね無理でもないと思ったんだよね」
「? どういう事ですか?」
「風魔法でね、上手く出来ないかと思ってね」
「はあ」
ニカラの相槌は完全に「分かってない相槌」だったが、ミットリオは気にせず続けた。
「それが上手くいけばいいんだけども、出来ると思えなくて……」
「なるほど」
こちらも完全に「分かってない相槌」である。
「まあ綿飴は最後に作るとして、まずは簡単に出来そうなかき氷から作ろうか」
「分かりました」
「えっとまずは……、ニカラ、ココに大きな鍋を置いてくれる」
「はい」
ミットリオの指示で、ニカラはシンクの中に大きな鍋を置く。
ゴワンッ!
シンクと大きな鍋がぶつかり、調理場に金属質な音が響いた。
天井の梁までびりびりと震えたような気さえして、部屋の隅にいたデフィーがぴくりと肩を揺らす。
「その鍋の中に……」
ミットリオはシンクの前に立つと、両手をすっと広げた。
指先に薄青い魔力光がともり、空気がひやりと冷たくなる。
真夏だというのに、調理場の一角だけ季節が巻き戻ったかのようだった。
氷魔法を発動して鍋の中に、魔法で作った頭部くらいはありそうな氷を出す。
プツリと糸が切れたように氷が鍋の中に落ちると、ゴンッ! と先ほどとは比較にならない大きな音が響き渡った。
「うるせっ!」
自分で出した音に、ミットリオは思わず顔をしかめて呟いた。
まさかの自業自得のツッコミに、ニカラは笑いを堪えるように口元を引き結ぶ。
「それでこの氷を、風魔法で削ればいい」
ミットリオの氷の一部を風魔法でカットすると、それを空中に投げて風魔法で細かにしていく。
最初は、氷がボールのように風魔法であちこち跳ねていた。
ボゴッ、ボゴッ、と鈍い音を立てながら不規則に飛び跳ねるそれは、まるで見えない誰かとキャッチボールをしているかのようで、ニカラは思わず頭を左右に振って避けてしまった。
やがて段々と細かなサイズになっていくと、シャラシャラという涼やかな音に変わり、キラキラとした粒子の形になって空中に漂う。
窓から差し込む陽光を受けて、その一粒一粒が小さな星屑のように瞬いた。
「っと、ニカラ皿を用意しといてくれる?」
「はいはい」
「ありがとね」
ミットリオは、ニカラが用意してくれた皿の上に、粒子状になったかき氷を乗せていく。
サラサラ、サラサラと絹の砂が落ちるような音を立てながら、皿の上に真っ白な小山が出来上がっていく。
キラキラと陽光に照らされて、まるで宝石のような輝きを放っているかき氷を見て、ミットリオは満足げに頷く。
「うん。いけると思う。それでこの上に甘いソースを掛けるんだ」
「それは何でもいいんですか?」
ニカラが聞いてきた。
「そうだね。甘い物なら何でもいけると思うよ。流石にしょっぱいのは合わないと思うけどね」
「なるほどなるほど」
「はちみつを掛けてもいいし、紅茶を濃くして砂糖と一緒にでもいいし、牛乳とかスパイスを加えるのもいいと思うよ」
「今あるのは、朝食に使用するベリー系のジャムがあるんですけど、それでもいいですか?」
「いいねっ。それと牛乳と砂糖を少し掛けて、試食してみようよ」
「これです」
ニカラがジャムを出してくれて、かき氷の上に載せる。
とろりと赤紫色のジャムが、白い雪山を斜めに滑り落ちていく様は、まるで小さな溶岩流のようだった。
その上から砂糖をまぶして牛乳を掛ける。
とろとろとした白い液体が、雪と赤の間にゆっくりと染み込んでいく。
キラキラとしていたかき氷が、ソースを掛けたことで氷が溶けて、違う一面を見せてくれた。
「はい、坊ちゃん」
ニカラがスプーンを渡してくれる。
ミットリオはそれを受け取り、かき氷をスプーンで掬う。
キラキラとした氷に、どろっとしたソースが合わさっている。
スプーンの上で、白と赤紫が渦を巻くように混ざり合った。
あむっ。
口に入れた瞬間、ミットリオとニカラはあまりの上手さに体を捩った。
「「上手~いっ!」」
夏の暑い時期に、正にピッタリな甘味を食べて二人は声をあげる。
開け放たれた窓の外では、蝉がジリジリと鳴いていて、その暑苦しい音とかき氷のひんやりとした甘さの対比が、余計に美味しさを際立たせていた。
「これこれっ! これがかき氷だよねっ!」
ミットリオは、スプーンを何度も振り上げていた。
「美味っ美味っ美味っ美味っ」
ニカラは、かき氷が美味すぎたのか何度もスプーンを運んで、口の中に入れていた。
頬がリスのようにぷっくりと膨らんでいる。
「あっ……」
それを見て、ミットリオは小さく呟いた。
「ぐあっ! 頭がッ! キーンとするっ!」
「やっぱり……」
注意する間もなく、ニカラがかき氷を食べ進めたので、ミットリオはそれを見て小さく溜め息を吐いた。
頭を抱えてうずくまるニカラの背中を、ぽんぽんと軽く叩いてやる。
「母さんは体調が悪いから、体を冷やさないように一口だけね。はいどうぞ」
「あらっ、ありがとう」
ミットリオは、スプーンで一口だけかき氷を掬い、シトレアの元に持っていく。
シトレアはそれを受け取ると、嬉しそうに笑い、口の中にかき氷を入れた。
「っ!」
その瞬間シトレアの顔が、パッと花が開いたかのように満面の笑みになる。
青白かった頬にほんのりと赤みが差し、まるで少女に戻ったかのような表情だった。
「……ミットリオ」
「なに?」
「……もっと食べたいわ」
「あはは、駄目だよ」
「そんなぁ……」
笑顔から一転、悲しそうな顔をするシトレア。
しゅんと肩を落とすその姿は、大の大人がやるにはあまりに可愛らしく、部屋の空気がふわりと和む。
ミットリオは自分が作ったかき氷を、美味しいと思ってくれた事に嬉しくなり笑った。
それを見ていたデフィーとニカラは、コロコロと二人の表情が変わるのは、やはり親子なんだと認識させられた。
「じゃあ次は果物飴を作りたいと思います」
「はいっ!」
次なる甘味はなんぞと期待に胸を膨らませたニカラは、気合いを入れてミットリオの言葉に返事をする。
その目は先ほどまでの困惑が嘘のように、キラキラと輝いていた。
「飴と水で煮詰めたモノに、竹串に刺した果物を潜らせて冷やすだけですっ!」
「了解っ!」
気合い十分と言った二人を見て、シトレアは苦笑いを浮かべる。
「えーっと、これはニカラにやってもらうかな?」
「はーい」
ベリー系、ブドウ、オレンジ、果物が台所の上に並ぶ。
色とりどりの果実が朝日を浴びて、まるで小さな宝石店の陳列棚のようだった。
最初はイチゴみたいなベリーを手に取ってみる。
砂糖と水を火に掛け、ぐつぐつと煮詰めていく。ぷくぷくと立ち上る泡が、次第に大きくとろりとしたものに変わっていき、甘い匂いが調理場いっぱいに広がった。
ここら辺の火加減は、料理人であるニカラの感覚に全てを任せる。
真剣な顔で鍋を見つめるその横顔は、いつもの気の抜けた表情とは打って変わって職人のそれだった。
頃合いになったら果物を潜らせる。
そこに、ミットリオが風魔法を使って、急速に冷やしていく。
シュゴォッと小さな風の渦が果物を包み込み、表面がみるみるうちにツヤツヤと固まっていく様は、まるで魔法よりも科学実験のようで、二人は思わず顔を寄せて見入ってしまった。
「完成っ!」
ミットリオが大袈裟に声を上げた。
「ニカラはこっちね」
「どうもです」
出来たての果物飴を二人で試食する。
あむっ。
パリポリッ。
「……う~ん?」
「美味しいっすねこれ!」
ミットリオの微妙な反応と違い、ニカラは喜んでいた。
「あれっ? あんまり上手く出来てないんですか?」
「う~ん。そうだね、もっとパリパリしていると思うし、飴の厚さがバラバラかなぁ~……」
「なるほど」
「これ以上パリパリにするには、どうしたらいいのかな?」
「果物をちゃんと乾燥させる事じゃないすか?」
「そうなの?」
「はい、飴と果物の間に水分があるからパリパリと感じないんじゃないですかね。それともう少し飴は煮詰めた方がいいかもしれないですね」
「流石料理人だね。スラスラと改善案が出てくるね」
「そんな褒めても何もないですよ、坊ちゃん」
ミットリオの言葉に、ニカラは照れたようにはにかむ。
頬がほんのりと赤らんでいるのを見て、ミットリオはにやりと笑った。
「なら今度は、飴に潜らせる前に風魔法でしっかりと、乾燥させてからやってみるか」
「そうですね。んで飴をもう少し煮詰めますか」
二人は頷き合うと、更に改良したモノを作り出す。
今度は果物を先に風魔法でカラカラに乾かしてから、じっくりと煮詰めた飴にくぐらせる。
琥珀色の飴が果物の表面を覆っていく様は、まるで果実そのものを閉じ込めた小さな宝石を作っているようだった。
「はい、完成っ!」
あむっ。
パリポリッ、パリポリッ。
「ッ!!」
「ッ!!」
今度は上手くいったのか、ミットリオとニカラの二人は、目を輝かせてお互いに視線を合わせる。
歯を立てた瞬間の小気味良い音が、先ほどとは比べ物にならないくらい澄んでいた。
「上手~いっ!」
「美味しいですっ!」
二人は喜びの声を上げると、パリパリと果物飴を勢い良く食べ進めていく。
「ふぅ~っ、いいねっ、これは美味しかったねっ」
「いや~、上手かったですっ」
二人が満足げに感想を言い合っていると、視線の端でシトレアと、珍しくデフィーが羨ましそうな顔をしていたのが映った。
普段は無表情を貫くデフィーの、そのわずかな眉のひそめ方に、ミットリオは内心で「珍しい」と笑いを噛み殺した。
ミットリオは小さく微笑むと、二人のために新しく果物飴を作るようニカラにお願いした。
ニカラもそれを聞いて、嬉しそうに作り始める。
シトレアとデフィーは、申し訳なそうにはにかんでいた。
やがて二人の目の前に、果物飴が差し出されると二人は、喜んで受け取り口に運んでいた。
そして、その果物飴のあまりの美味しさに、まるで少女のような顔を見せた、シトレアとデフィーの顔を見て、ミットリオは笑っていた。
「……ねえ、ミットリオ。これを後十個ほど作ってもらえるかしら?」
「……それは駄目だよ」
真剣にそう言ってくるシトレアに、ミットリオは苦笑いを浮かべた。
「じゃあ次はベビーカステラを作ろうか」
「あ、それなら私、出来ると思います」
ニカラが胸を張った。かき氷や果物飴の時とはまるで別人のような、自信に満ちた顔だった。
「ほんと~?」
「はい。カステラなら何度も焼いた事ありますし」
「……じゃあ助かるかな? 本当は専用の型があればコロコロした一口サイズに焼けるんだけど、生憎そんなモノは無いからね」
「型が必要なんですね」
「そう。でもない。だから普通に焼いて、後で切ろうと思う」
「なるほど、それなら簡単ですね」
「うん、簡単に済まそうと思う。あまり時間を取られるのもあれかなと持って」
ミットリオが両手を打ち鳴らした。
パンッという小気味良い音が調理場に響く。
「じゃあ卵と、砂糖と、蜂蜜と、あとは……」
「あ、材料は大体分かるので、任せてもらっていいですか?」
「え、いいの?」
「はい。坊ちゃんは見ててください」
「……なんか、俺いる意味ある?」
「気にしないでください」
あっさりと言われたミットリオは、ちょっとだけ拗ねた顔をしたが、すぐに気を取り直してニカラの手元を覗き込んだ。
ニカラは慣れた手つきで卵と砂糖を混ぜ、蜂蜜を垂らしていく。
シャカシャカと軽快な音を立てて泡立て器が回り、生地はみるみる滑らかな黄色に変わっていった。
「手慣れてるね」
「これでも料理人ですから」
「お~、頼もしいね」
型に流し込まれた生地は、オーブンの中に収まると、じんわりと甘い匂いを漂わせながら膨らんでいく。
「……こういう時間、好きなんだよね」
「焼いてる時ですか?」
「うん。何が出来上がるかもう分かってるのに、待ってる間がなんかワクワクする」
「あ~……、分かります。良い匂いですし」
二人はオーブンの小さな窓から、じわじわとキツネ色に染まっていく生地をぼんやりと眺めていた。
やがて、こんがりと焼き上がったカステラが取り出される。
「はい、出来上がりですよ、坊ちゃん」
「おぉっ、いい色っ!」
ふっくらと焼き上がったカステラから、湯気がふわりと立ち上る。
ニカラは慣れた手つきで包丁を入れると、トントントンとリズムよく一口サイズに切り分けていった。
断面はしっとりと黄金色に輝き、蜂蜜の匂いがふわりと香る。
「はい、どうぞ」
「いただきますっ」
あむっ。
「……美味しいっ!」
「でしょう?」
「うん、これは文句なしっ!」
ミットリオは何個も立て続けに口に運びながら、うんうんと満足げに頷いた。
「あっさり出来ちゃいましたね」
「かき氷とか果物飴に比べたら、拍子抜けするくらい簡単だったね」
「私の得意分野だったので」
「助かったよ、ほんとに」
「いえいえ」
ミットリオはもう一つカステラを摘まむと、シトレアとデフィーの元へ運んでいった。
「はい、母さんもどうぞ」
「あら、ありがとう。……あら、これも美味しいわ」
「……美味しいです」
デフィーが珍しく短く感想を漏らす。
それだけでミットリオはガッツポーズを取りたくなるくらい嬉しくなった。
「よし、三品目クリアっ!」
「次はいよいよ綿飴ですね」
「そう。……ここからが本番だ」
ミットリオの声色が、心なしか先ほどよりも真剣味を帯びた。
「さてと……、最後は問題児の綿飴だ」
ミットリオはパンッと両手を打ち鳴らすと、腕まくりをするように袖を捲った。
その顔には、先ほどまでの余裕はなく、むしろ挑戦者のような真剣さが浮かんでいる。
「風魔法でどうにかするって言ってたやつですね」
「そう。上手くいくかは分からないけど……、まあやるだけやってみようか」
ミットリオは鍋に砂糖を入れると、火にかけて煮溶かしていく。
ぐつぐつと泡立っていた砂糖は、やがて透明な琥珀色の液体へと姿を変えた。
甘い匂いが焦げる寸前の香ばしさに変わり、調理場に漂う。
「よし、この状態で……」
ミットリオはスプーンで熱した砂糖液を掬うと、指先に集めた風魔法をそこへ添えた。
ヒュンッと小さな風の刃が糸のように細く伸びる。
「せーのっ……」
スプーンから垂れた砂糖液が、風魔法の渦に巻き込まれた瞬間、それは糸のように細く長く伸びて、ふわりと宙を舞った。
「おおっ!」
ニカラが思わず声を上げる。
だが、次の瞬間。
ブォンッ!
風魔法の勢いが強すぎたのか、細い糸状になった飴はあっという間にちぎれ飛び、調理場のあちこちにペタペタと張り付いてしまった。
天井から、壁から、ニカラの前髪から、透明な糸が垂れ下がる様は、まるで巨大な蜘蛛が暴れた後のようだった。
「うわぁっ!?」
「……あー、うん。やっぱり難しいね」
ミットリオは自分の前髪にくっついた飴糸を、指でつまんで困った顔をした。
「坊ちゃん、髪が大変な事になってますよ」
「ニカラも人の事言えないよ、頭に張り付いてるから」
「えっ!?」
ニカラが慌てて頭に手をやると、べたりとした感触に悲鳴を上げた。
それを見ていたシトレアは、口元を押さえてくすくすと笑いを堪えている。
「……うふふ、二人とも大変ね」
「母さん、笑い事じゃないよ」
「ごめんなさい。でも、なんだか楽しそうだったから」
珍しく口を挟んだデフィーが、そっと布巾を差し出した。
「……どうぞ、布巾です」
「あ、ありがとうデフィー」
布巾を受け取ったミットリオは、しばらく自分の前髪と格闘した後、ふと何かに気付いたように顔を上げた。
「……いや待てよ。風が強すぎるのが問題なら……」
「?」
「風をもっと弱く、細かく震わせるみたいにしたらどうだろうか?」
言うが早いか、ミットリオは再び砂糖液をスプーンで掬い、今度は指先の魔力を極限まで絞り込んだ。
ぶわっと吹き荒れるのではなく、ふるふると小刻みに震えるような、繊細な風がスプーンの先を撫でる。
すると。
シュルル、シュルル、と糸が細く、しかし今度はちぎれることなく紡がれていき、まるで真綿を紡ぐようにふわふわとした塊が、少しずつ大きくなっていく。
「……お、おおっ!?」
「坊ちゃんっ! 出来てます、出来てますよっ!」
「よっしゃあああっ!」
ミットリオは思わずガッツポーズを取った。
真っ白でふわふわとした綿飴の塊は、まるで小さな雲を鍋の上に浮かべているかのようだった。
「わぁ……」
シトレアが目を輝かせながら、ゆっくりと近づいてくる。
「これが、綿飴……」
「うん。ちょっと不格好だけどね」
棒の先に絡めた綿飴は、市販のものよりも少しいびつな形をしていたが、それでも十分に愛らしい雲のような姿をしていた。
「食べてもいいかしら?」
「……一口だけね」
「もう……分かってるわよ」
シトレアは苦笑しながら、綿飴に顔を近づける。
ふわりとした感触が唇に触れた瞬間、それはすうっと溶けるように消えていった。
「……あ」
「無くなっちゃった?」
「ええ。でも、口の中に甘さだけがふわっと残ったわ。不思議な食感ね」
シトレアは目を細めて笑った。
その笑顔を見て、ミットリオは額の汗を拭いながら、達成感に満ちた表情を浮かべる。
「よし、これで甘味シリーズはコンプリートだね」
「お疲れ様でした、坊ちゃん」
「ニカラもお疲れ様。今日は色々手伝ってくれてありがとね」
「いえいえ、楽しかったですよ。それに……」
ニカラはちらりと自分の頭を触りながら、苦笑いを浮かべた。
「良い経験にもなりましたし」
「あはは、それはごめんね」
調理場には、甘い匂いと共に、笑い声が絶えなかった。
窓の外では蝉が鳴き、何時の間にか夏の日差しが台所いっぱいに降り注いでいる。
その光の中で、四人の影が仲良く重なり合っていた。
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