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自堕落に生きると決めた貴族、何故か今日も忙しい ~高級自堕落貴族を目指す~  作者: 鏑右いなだ


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第25話 泥だらけ

「坊ちゃんっ! これどうする!?」


「はいはい、今やるよ……」


「坊ちゃんっ! 色はこれでいいのかい!?」


「はいはい、大丈夫ですよ……」


「坊ちゃんっ! 大きさはこれくらいで良いですかね!?」


「はいはい、大丈夫だね……」


「坊ちゃんっ! 並べ方はこれでいいですかい!?」


「はいはい、いいと思いますよ……」


「坊ちゃんっ! 次はどうしましょう!?」


「坊ちゃんっ!」

「坊ちゃんっ!」

「坊ちゃんっ!」


「…………」


 あまりの忙しさに、とうとうミットリオは限界を超えて、表情が死んで無になってしまう。


「……父さん」


「なんだい?」


 近くにいたアウドールに話し掛ける。


「……俺もう帰ってもいい?」


 死んだ表情で伺ってくるミットリオを見て、アウドールはにっこりと笑うと。


「駄目だね」


 そう言い切った。


 ミットリオは大きく息を吐くと、夏の青空を見上げる。

 雲が高く、大きく見えて、自分がとても小さな存在に感じられた。


 (……これ全部、俺が提案したんだよな……)


 分かってはいたが、こうも現実に叩き付けられるとじわじわと効いてくる。



「父さん、これってあっちの屋台でいいの?」


「そうだね、そこに持っていってくれると助かるよ」


「分かったわ」


 シュトラは自分の背丈ほどもある丸太を、太い縄でひょいと括り付けて涼しい顔で歩いていた。


 (……待って。待って待って)


 ミットリオは目を疑う。


 切断済みとはいえ、どう見ても八十キロ、いや百キロ近い。

 それを八歳の女の子が、買い物袋でも提げるような調子で運んでいる。


 (……マジか……。姉さん子供だよね。魔獣じゃないよね。人間だよね)


 ミットリオは衝撃の光景から目を逸らした。


 (……しばらくは言動に気を付けよう。というかずっと気を付けよう)


 姉に対する認識を、本日二度目に更新するのだった。

 


 チェルスはアウドールに同行し、朝から商会との打ち合わせや会合をこなし続けていた。

 それ以外の時間は、職人たちに紛れて黙々と釘を打ち、備品を台帳に記して管理した。


 細かいことを丁寧にこなすのが好きなチェルスにとって、それは苦でも何でもなくむしろ性に合っていたみたいだった。


 職人たちの間でも、


「あの子、仕事が細かくていい」


 と密かに評判になっていたほどだ。


 そのチェルスが、昼前台帳を見ながら眉をひそめた。


「……父さん、これ」


「どうしたんだい?」


「提灯の数が二十個足りてないみたいだよ。このまま夜の飾り付けに入ったら、通りの東側が暗くなって見えづらくなるね」


 アウドールは、チェルスが持っている台帳を覗き込んでしばらく考えた。


「……よく気付いたね。商会に追加を頼もう。ありがとうチェルス」

 

「うん」


 チェルスは短く答えてまた台帳に目を戻した。

 大した事はないのだろうが、こういう細かいところに気付くのが、チェルスのいいところだ。

 アウドールもそれを分かって、チェルスにお礼を言った。


 言われたチェルスも嬉しそうに顔を綻ばせると、また手元の台帳に目線を戻していた。



 一方、夏祭りの議長兼現場監督に任命されたミットリオはというと。

 朝から各現場を飛び回り、村人の質問に答え、指示を出し、足りない道具を調達し、揉めた箇所の仲裁をし、雑用をこなし、また次の現場へ駆け込んでいた。


 ミットリオが五歳にして本格的な魔法を扱えると分かった途端、村人たちの目の色が変わった。

 頼れる魔法使いが現れたと、こぞって声を掛けてくる。


 その結果がこれだった。



「……大丈夫?」


「……無理。全然大丈夫じゃない。死ぬ」


「……これどうぞ」


 地面のシミになっているミットリオを見かねて、リーゼが飲み物を差し出してくれる。

 ミットリオはそれを震える手で受け取った。


「……ん?」


「どうしたの?」


「ぬるい……」


 そう言うとミットリオは、反射的に氷魔法を発動して飲み物を冷やし始めた。


「これでオッケー」


「……そういうところだと思う」


「ん? 何が?」


 冷やされつつある飲み物を片手に持ち、困惑した顔を向けてくるミットリオへ、リーゼは静かに言った。


「……そうやって、疲れていても便利な魔法をポンポン使うから。皆が何でも頼るんだと思う」


「そうかな?」


「……間違いなくそう。坊ちゃんの年でそんなに魔法を使えるのは有り得ない。いくら領主様の息子でも、現実的に不可能」


「あ~……、なら使う場面は今度から気を付けようかな。これ以上面倒くさい事になったらたまんないもんね」


「……それが良いと思う」



 ミットリオとリーゼは並んで座り、村人達の喧騒を聞きながら休憩した。

 木製のコップは氷を入れても結露が出来ないので、手の平の中でひんやりとした冷たさだけが伝わってくる。


 ふと隣を見ると、リーゼの額に薄らと汗が浮かんでいた。


「リーゼも氷いる?」


「……いいの? さっき気を付けるって」


「自分で使う分には別にいいんだよ。人前でポンポン使うのが問題なんだから」


「……屁理屈」


「論理的な判断」


 リーゼはじっとミットリオを見てから、小さく息を吐いた。


「……じゃあ、お願いする」


 リーゼのコップに、カラン、コロンと氷を入れると、少し氷を回しながら待った。

 やがてコップ全体にひんやりとした冷たさが行き渡ったのが分かると、リーゼはぐいっと一気に飲み干した。


「……ぷはっ」


 木製のコップの中身は、既に氷だけになっていた。


「……あっ」


 それに気付いたリーゼが悲しそうな顔をする。


 ミットリオは少し笑ってから、収納魔法から自分でブレンドした果実水を出すと、リーゼのコップに注いであげた。

 そして自分のコップにもなみなみと注いだ。


「……魔法、また使ってる」


「あ……、行ったそばから使っちゃったね」


「……大丈夫。誰にも言わない。冷えた飲み物のお礼」


 ミットリオはそれを聞いてから、少し考えた。


(……まあ、それくらいで済むなら安い物か)


 ミットリオは敢えて口を噤んだ。



「しっかし、まだまだ終わる気配がないね」


「……坊ちゃんが提案したから」


 (まあ、そうなんですけどね)


 もう何度も聞いた言葉に、ミットリオは遠い目をする。

 決して冷たい飲み物を飲んだから、頭がキーンと鳴ったわけではない。


「……祭りって意外と大変なんだね」


 リーゼがポツリと呟いた。


「凝った祭りにするからじゃない? そうなってくると、どうしても人手がいるから、皆で作る事になってくるんじゃない?」


 (まあ、全部俺が悪いですけどね。ふんっ!)


「……何かこういうの悪くないかも」


 隣でリーゼが少しだけ笑った。


 ミットリオはその横顔を、一瞬だけ見た。


 目の前では村人たちが汗を拭いながら笑い声を上げて、屋台の骨組みを立てている。誰かが冗談を言ったらしく、どっと笑い声が広がった。


 (……まあ)


「俺は面倒くさいのは嫌い」


 ミットリオは苦い顔しながらそう言った。


 やがて、二人が休憩しているところを姉のシュトラに見つかったので、休憩を終えて、二人は作業に戻っていった。


  


「……もう、だめだ……」


 力尽きて芝生の上に倒れるミットリオ。

 いつもは綺麗な格好をしているが、今は泥にまみれていた。


「……やっと、終わった……?」


 そう思い言葉にした瞬間。


「坊ちゃんっ! まだ花火と夜の部の飾り付けが残ってるぜっ!」


 アシュロが上から覗き込んで言ってくる。


 (……いや、待って待って)


 他の村人達もわらわらと、倒れたミットリオの元に群がってくる。


 (……俺さっき死んでたよね??)


「まだまだ忙しいみたいだね」


 アウドールは困惑した顔でそう呟いた。


 さすがに、ミットリオに対してやり過ぎたと思っているのか、そう顔に書いていた。

 そこで、アウドールはミットリオを屋敷に帰らせてくれた。


 尚、チェルスとシュトラはまだ現場に残って作業を続けるみたいだった。


 横を通り過ぎたシュトラが、ひょいと丸太を持ち上げていた。


 (……姉さん、まだ元気なんだ)


 ヘロヘロになりながらミットリオは驚愕する。

 

 (……魔獣の血とか混ざってないよね?)


 姉に対する認識を改めたと言うのに、またしても馬鹿な事を考えるミットリオだった。




「お帰りなさい」


「……ただいまぁ~」


 屋敷に帰ると、シトレアとデフィーが出迎えてくれた。


「凄いドロドロになったわね。頑張った証ね」


「お風呂の準備は出来てますので。どうぞお入り下さい」


「……ありがとね~」


 デフィーに言われて、ミットリオはおぼつかない足取りでお風呂場に向かった。



「ぷっはぁー!!」


 身も心も綺麗にして、お風呂から上がったミットリオは、冷えた果実水を勢いよく飲み干して、歓喜の声を上げた。


 貴族だというのに、お風呂上がりのラフな格好をして、ソファの上に転がった。

 シトレアも同じくソファに座り、ゆったりとした服を着て紅茶を飲んでいた。


 しばらくすると、アウドール達も帰ってきて屋敷の中は一気に賑やかになる。

 皆綺麗さっぱりになると、夕食までの時間をゆったりと過ごした。


「アウドール、祭りの準備は良好なの?」


「そうだね。チェルスやシュトラのおかげもあって順調に進んでいるよ。それにミットリオが中心にいてくれるおかげでとても助かっているよ」


「あまり無理させないでね」


「そうだね。流石に今日はやり過ぎたと思う。ごめんねミットリオ」


 シトレアにそれとなくたしなめられ、アウドールは素直にミットリオに謝ってきた。


 ミットリオはそれを聞き流し、横になりながら片手を上げた。


「流石にミットリオは今日働き過ぎたから、明日と明後日は来なくても大丈夫かな」


「本当っ!?」


 アウドールの言葉を聞いて、ミットリオは跳ね上がる。


「うん。もうミットリオがいなくても回らない、と言うことにはならないと思うし。それに食べ物の方も作らないとまずいから、そっちに集中していいよ」


「やった!」


 (やっと祭りの食べ物が作れるぞっ!)


 ミットリオは喜びを露わにし、両手をあげる。


「花火の打ち合わせはそれが終わってからにしようか。……本当に確認だけど、僕とミットリオがいれば大丈夫なんだよね?」


「うん。上手く魔法を使える人が他にいないんだよね。火を扱うわけだし、上手く調節や配慮出来る人が思い浮かばないんだよね」


「そうか。それなら納得した。体調の悪いシトレアにやらすわけにもいかないし、チェルスやシュトラも、まだ上手く調節は出来ないからね」


「うう~っ! 早く花火を見たいわっ!」


「僕もだよっ! ミットリオの話を聞いた時から、ワクワクが止まらないんだっ」


 シュトラが興奮を隠しきれない様子でいると、チェルスも同じく興奮した様子でいた。


「まあまあ、それは当日までのお楽しみって事で」


「ミットリオの言うとおりさ。その興奮は祭りの夜まで取っとけばいいと思うよ」


 そう言って、リビングで家族団らんの時間を過ごしていると、夕食の時間になり、食堂に皆移動した。


 ニカラの美味しい夕食を食べ終えると、ミットリオは早々に眠ってしまった。


 眠りに落ちる直前、ぼんやりと思い出したのは、リーゼが少しだけ笑った横顔と、村人たちの笑い声が空に溶けていった、あの夏の午後のことだった。


 (……まあ、悪くなかったかな)


 そんな事を思いながら、ミットリオは眠りに就いた。

 明日は、祭りの食べ物を作るのだ。








 



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