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自堕落に生きると決めた貴族、何故か今日も忙しい ~高級自堕落貴族を目指す~  作者: 鏑右いなだ


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23/31

第23話 予定変更?

 この場にいる全員が、その言葉を聞いて固まった。


 誰も喋らない。

 数秒が、妙に長く感じられた。


 子供達の笑い声が、遠くから聞こえてくる。

 さっきまでは気にも留めなかったはずの音が、この沈黙の中では妙にくっきりと聞こえる。


「……坊ちゃん?」


 最初に動いたのはアシュロだった。

 無表情のまま、ただ静かに。


「ん?」


「……今、何と言いました?」


「だからショボく見えるんだって」


 間違いではなかった。

 聞き間違いでもなかった。

 ミットリオは今、この村の祭りをショボいと言い切った。


「ミットリオ!」


 アウドールが慌て出す。


「いや、本当の事だし……」


「本当とかそういう問題じゃない!」


 シュトラは顔が白くなっていたし、チェルスは感情の振れ幅が大きすぎて逆に無表情に戻っていた。

 リーゼだけが、ひとり首をかしげてこんな事を言う。


「……喧嘩、売ってるの?」


 そうしているうちに、騒ぎを聞きつけた村人達がぽつぽつと集まってくる。


「何があった?」


「……坊ちゃんが何か言ったらしいぞ」


「何て?」


「……祭りがショボいんだとよ」


「……あ?」


 じわじわとその輪が広がっていく。

 いつの間にかミットリオの周りは、村人達に四方を塞がれた形になっていた。


(……あれ? 何でこんなに囲まれているのかな?)


 ミットリオは額に冷や汗を流しながら、自分が置かれた状況をようやく理解し始める。


 一方アウドールはひとつ深呼吸をして、落ち着きを取り戻していた。


「それで? どういうつもりで言ったのか、もう少し聞かせてもらえるかな? ミットリオ」


「……別に悪い意味で言ったわけじゃないよ」


「だとしたら言葉が足りなさすぎだよね。どう聞いたって祭りへの文句にしか聞こえなかったよ」


「あっ」


 そこまで言われて、ようやくミットリオは納得した。

 周りが村人に埋め尽くされていて、正面から睨まれているこのタイミングでようやく。


「いやね、この祭りにね、なんか……新鮮な驚きと喜びがないなって、思っただけなんだよね」


「んっ?」


 剣呑だった空気が、微かに変わる。


「驚きと、喜び?」


「そっ」


 ミットリオは、自分を囲んでいた人垣をするりと抜けると、目に止まった屋台の前に立った。


「例えばさ、この屋台は肉を焼いて出してるじゃん」


「そうだね」


「で、向かいはパン。あっちは焼き菓子。あっちはお酒」


「うん。それがこの村の祭りだからね」


「あっちでは弦楽器を弾いて歌ってる」


 くるりと向きを変えて、演奏している方を指差す。


「祭りに音楽は大事だよね。うん。でも……」


 ミットリオはその場でゆっくりと一回転すると、周りの村人全員に届くくらいの大きな声を出した。


「全部、食べ物か飲み物か音楽だけなんだよねっ」


「何が言いたいんだ?」


 人垣の中から太い声が飛んでくる。

 アシュロとは違う筋骨隆々の男だった。

 腕組みをして、眉間に皺を寄せている。


「遊びは?」


 ミットリオは答える代わりに問いを重ねた。


「子供達が夢中になれるものは? 競争は? 景品や賞金は? 見世物や踊りは? それにこれ納涼祭なんでしょ? 涼しい要素がひとつもないのは何で? 夜になったら何をするの?」


 言葉が畳みかけてくるたびに、その場の空気がじりじりと変わっていく。


「食べて飲んで、それだけ?」


 静寂。


「……酒を飲む」


 人垣のどこかから、消え入りそうな声がした。


「だからショボいんだよね」


「っ……」


 誰も言い返せなかった。


「……でもよ」


 アシュロがぼそりと口を開く。

 隣にいた老いた猟師の目には、怒りとも諦めともつかない色がある。


「祭りってのはこんなもんだろよ。ずっとそうだったろ?」


「それは他の祭りを知らないからだよ」


 ミットリオは両腕を広げた。


「祭りってのはね、もっともっと沢山の楽しみがあるものなんだよっ!」


 前世ではついに行けなかった夏祭りを思い出す。

 夏が来るたびに戦地から思いを馳せて、映像で見て、頭の中で何度も歩いた祭りの夜。

 灯りの色、食べ物の匂い、遠くに上がる音。それだけを知っていた。


 それでも、鮮やかだった。


「もっとたくさんの屋台が出ていてね、笑い声がそこら中に響いていてね、色んな灯りが灯っていてね、涼しい衣装を着た人たちが楽しそうな音楽に合わせて踊っているものなんだよっ?」


 ミットリオは村人達の目を、一人ずつ見ながら話す。


「金魚すくいは? 輪投げは? 射的は? 型抜きは?」

 

 ミットリオの言葉を聞いて、最前列にいた子供が目を丸くした。


「食べ物だって沢山あるよ? 綿菓子は? かき氷は? 焼きそばは? 果物の飴は? アイスキャンディーは? フランクフルトは? まだまだあるでしょ!」


 子供の隣にいた母親が、そっと前に出てきた。


「遊びや娯楽だって、お化け屋敷は? 太鼓は? 演劇は? くじ引きは? 肝試しは?」


 一拍置く。


「……花火は?」


 その一言だけ、少し静かに言った。


「夏祭りってのはね、街全体が遊園地になる、一年に一度の大事な夜なんだよっ!?」


 ミットリオは小さな拳をぎゅっと握った。五歳児の手は小さくてパンパンになっていた。叶えられなかった夢の重さで、パンパンになっていた。


 この場の誰もが、黙って聞いていた。


「想像してみてよ」


 ミットリオは続ける。


「笑い声と熱気に包まれた夜を。遊びや競争ではしゃいでいる子供達を。夜風の中で飲むお酒の美味しさを。その日だけしか食べられない甘いものを」


 大人達がいつの間にか腕組みを解いていた。


「……やりたい」


 最前列の子供が、ぽつりと言った。


「……食べたい」


 その隣の母親が、それに続いた。


「やりたいっ!」


「食べたいっ!」


「俺もやりてえっ!」


 それからは早かった。

 どこからともなく声が上がり始め、それがどんどん連鎖して、気がつけばミットリオが語った祭りの光景をそれぞれの口で語り直す村人達の声が、あちこちから重なり合っている。


「……でもよ」


 アシュロの声が、その熱の上に静かに落ちた。


「俺らはそんな祭りを知らねぇぞ。やり方も、作り方も」


 また、静寂。


「ミトなら出来るんじゃない?」


 シュトラのひと言が、導火線に再び火をつけた。


「知っているのミトだけだし、ミトに教えてもらって作ればいいんじゃない?」


 その瞬間ギラついた視線が、一斉にミットリオに向けて集中する。


「坊ちゃんッ!!」


「全部話してくれッ!!」


「……えっ?」


「俺らは言われた通りにやるからよッ!」


「今すぐッ!!」


「……ええっ??」


 あまりの迫力に、ミットリオはじりじりと後退りする。

 その肩を両側からがっちりと掴まれた。


 恐る恐る振り返ると、アウドールとシュトラが左右にいた。

 どちらも、不適な笑みを浮かべている。


「……と、とうさんと姉さん……」


「ダメだよね、ミットリオ。今逃げようとしたよね?」


「私もそう思うわ。ミトの事だから面倒くさいと思って、逃げようとしたのよね?」


「や、やだなぁ、そんな事あるわけ――」


「じゃあ今の動きは何?」


「ここまで言ったんだから、責任は取らないとね」


 最早どこにも逃げ場はなかった。

 ミットリオは覚悟を決めて、小さく、ゆっくりと息を吐いた。


「……はあ~っ。分かったよ。やるよ」


「「「おおおおおおッッ!!!」」」


 歓声が夏の空に弾けた。


「呑んでる場合じゃねぇぞッ! 木工組を今すぐ動かせッ!」


「急げッ! 祭りまで数日しかねぇんだぞッ! 職人共を叩き起こせッ! 男共は死ぬ気で働けッ!」


 さっきまでミットリオを囲んでいた人垣は、あっという間に四方八方へ散っていった。

 残ったのはアウドール達と、それからリーゼだけ。


 祭りの準備をしていた筈の村人達は、ミットリオの言葉を聞いて、いつの間にか祭りを作る村へと変わり始めている。


 遠くでまた、子供達の笑い声がした。

 さっきと同じ音なのに、どこか違う響きに聞こえた。








 



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