第22話 祭りの準備2
馬車を降りた瞬間、世界が変わった。
槌の音、笑い声、肉の焦げる匂い。どこかで弦楽器を弾いているのか、心地良いリズムの音楽が聞こえてきた。
普段はのどかで静かなローランス村が、今日だけは別の顔をしていた。
「いつもより人が多いね」
ミットリオが人混みを見て、そう呟く。感心でも驚きでもなくただの確認だった。
「祭りの時期は近隣の村からも人が集まるからね」
「ふ~ん」
一言で返して終わり。
「ほらミトッ、逸れないように」
「うん」
姉に手を握られ、素直に従う。迷子になりたいわけではないので、歩く速度を少しだけ落とした。
村を歩き始めると、行き交う人々がアウドールへ次々と頭を下げていく。その顔に怯えはなく、頭を上げた時には自然と笑みが浮かんでいた。
「父さんって、結構慕われているんだね」
「あはは……。これでも歴とした領主だからね」
「ふうん」
ミットリオはそれきり興味を失った。
「この村って、何人くらい住んでるの?」
「おっ、そういう事に興味が出てきたかい?」
「いや、全然」
梯子を外されたアウドールだったが、それでもちゃんと返してくれる。
「四百人近くだよ。管理している村は他に七つあって、全部合わせると三千人近くになるね」
「へえ」
「私、他の村に行ったことないわ」
シュトラが横から入ってくる。
「その内一緒に回ることになるよ」
「やった!」
シュトラが弾んだその横で、ミットリオは静かに固まった。
「……俺も行かなきゃ駄目?」
「当然だよ。領主として村を回るのは務めだからね」
「はうっ」
脳裏をよぎったのは、整列する見知らぬ村人と、愛想笑いを求められる自分。それが七村分。
「ミ、ミットリオ達は見てるだけでいいんだけどね」
(……違うんだ父さん。そういう問題じゃない。『いずれ来る』という事実が、今この瞬間から俺の肩に乗るんだ)
「はあ~っ……」
幼児とは思えない深くて重い溜め息、父親に似て端正な顔をしているのに、目が死んでいるので全てが台無しだった。
アウドールは苦笑いを、シュトラとチェルスは、きょとんとした顔で弟を見ていた。
「兄さん」
チェルスの太ももにぽんと手を当てて、ミットリオは慰めるような他人事のような顔で言った。
「ジュダレーム家の未来は、兄さんに任せたよ」
「……?」
弟から、そんなことを言われたチェルスは、返し方が見つからなかった
村の中心に近づくにつれ、賑わいが別の色を帯びてくる。
木槌の音は一層大きく、子供たちの笑い声は一層高く。
甘い焼き菓子が焼かれる度に、白い煙と甘い匂いが漂い、炭火の上で炙った肉の香ばしさが混ざり合って漂ってくる。
色とりどりの布が張られた屋台の間を、大人達は酒を飲みながら肩を組み、子供達は少ない小銭を握り締めながら、屋台に列を作って並んでいた。
「わあっ」
「凄いっ」
チェルスとシュトラが声を揃える。
「…………」
ミットリオだけが、黙って眺めていた。
「アウドール様! 今年もよくぞ!」
「アシュロ、元気そうだね」
「そりゃいつも元気いっぱいですぜ!」
大柄な男が人混みをかき分けてくる。
シュトラの剣を打った鍛冶屋の主人のアシュロだ。
彼はアウドールとがっちり握手を交わすと、豪快に笑っていた。
「シュトラの剣、役に立っているよ」
「なんのっ、それが仕事ってもんですから!」
「リーゼっ!」
アシュロの、大きな背中の陰から顔を出した少女を見つけて、シュトラが声を上げて駆け寄る。
「来てたんだ」
「当主の娘なんだから当然でしょ。リーゼは何してたの?」
「父さんの手伝いと、飲み過ぎの監視」
「お、おいリーゼっ!」
「相変わらずだね」
「そんなことないですぜっ」
リーゼはそれを涼しい顔で流して、チェルスとミットリオへ向き直った。
「チェルス様も、ミットリオ君も。こんにちは」
「こんにちは、リーゼ」
「…………」
「どうしたの? ミットリオ。さっきからずっと黙ってるけど」
シュトラが心配そうに顔を覗き込む。
シトレアの体調がよろしくないので、まさか、と思いミットリオを心配したのだ。
しかし、ミットリオは繋いでいた手をそっと離して、腕を組んだ。
小さい体を使うと、村全体をぐるりと見渡して、
「何か……」
全員が次の言葉を待った。
「祭りにしてはショボくない?」
沈黙。
アウドールは体を硬直させ、アシュロが口を半開きにして、シュトラが何かを言いかけて止まった。
チェルスは何回も目をしばたたかせていたし、リーゼは目を見開いて驚いていた。
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