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自堕落に生きると決めた貴族、何故か今日も忙しい ~高級自堕落貴族を目指す~  作者: 鏑右いなだ


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第16話 アイススムージー

 今日はいつにも増して暑い日で、石造りの屋敷は外の熱をじっくりと溜め込み、廊下を歩くだけで肌がじりじりと焼かれるような感覚がある。


 窓の外に広がる空は雲一つなく澄み渡っていて、太陽だけがどこまでも好き勝手に輝いていた。

 清々しいくらい暑いので、ちょっと熱さを憎みたくなる。


「暑~いっ!!」


 ミットリオはソファにへたり込みながら、手の平に風魔法を溜めて自分に向けてぶわっと送り込んだ。が、

 

 ぬるい。

 

 とんでもなくぬるかった。

 

「意味ないじゃん!!」

 

 日本のような湿度が高く、肌に纏わり付く様な蒸し暑さではなく、日差しが強い太陽の暴力の暑さなのだが、暑い事には変わりないのでミットリオはソファに体を預けながらうなだれていた。


「……まじ暑いってばよ。どうするってばよ」


 暑さで頭がやられてきている自覚はあった。口調がおかしくなっているのも分かっていた。

 でも今はそんなことより暑いのだ。

 ミットリオはぼんやりと、この熱さをどうにかする方法を探して頭の中を漁り始める。

 

 魔法で何かできないか。氷……氷だ。

 

 (……そうだ! 試しに氷魔法でも作ってみようっ)

 

 名案だ、とミットリオは思う。

 そう思った瞬間には、もうソファから勢いよく飛び起きていた。

 眠たそうにだらけていた顔が切り替わって、目がきらきらし始める。これがミットリオの悪い癖で、いいアイデアが浮かんだ瞬間に体が先に動き出してしまうのだ。

 

 トタタタッ、と廊下を駆けて一階の台所へ向かう。

 

「ニカラさんは…………、今はいないのか……」


 この屋敷の台所を取り仕切るニカラは、今は不在のようだった。

 人の気配がない台所は静かで、日差しが窓から差し込んで石の床に白い四角を作っている。漂っているのは朝の料理の名残りかほんのりと香辛料の香りがした。

 

「丁度いいや。ニカラさんがいない内ににやっちゃおう~っと」

 

 ミットリオはにやりと口の端を上げると、棚の下から適当なボウルを取り出して洗い場の上に置いた。

 このボウルの中に氷魔法を入れるつもりだ。


 さて、とミットリオは両手を前に突き出す。

 

「えっと確か氷魔法は……、風魔法と水魔法を組み合わせればいけるとか本に書いてたよな……。でも組み合わせるってどうやるんだ?」


 右の手の平に風魔法を、左の手の平に水魔法をそれぞれ発動させてみる。

 ふわりと風が起き、じんわりと水の気配がそれぞれの手に集まってくる。

 それをどう合わせれば氷になるのか、やってみないと分からない。

 

「頭の中で念じればいいのかな?、それともそれぞれ出している魔法を一つにすれば良いのかな?」


 試してみて、違う。また試して違う。

 

 重ねてみたり、片方ずつ順番に出してみたり、両手を合わせてみたり。

 ——何度か試行錯誤を繰り返したところで、ふとミットリオはやり方を変えてみた。

 二つの魔力の流れを「重ねる」のではなく、糸をよるように「絡ませる」イメージで。

 

 その瞬間だった。

 手の平から、じわりと冷気が滲み出した。

 

「おおっ?」

 

 思わず声が出た。指先が白く霞んで周囲の空気がきゅっと引き締まる。ボウルの中でみるみると白いものが形を作り始めて、やがてそれは大きな氷の塊へと育っていった。

 

 出来た。本当に出来た。

 

 それが嬉しくて、ミットリオはにやにやが止まらなかった。

 魔法の教本にはたしかに「組み合わせる」と書いてあったのに、実際は「絡ませる」感覚だった。

 まあ、五大属性以外の魔法は使える人間が限られるのだから、文章で正確に説明するのが難しいのだろうと、ミットリオは勝手に納得する。


「まあ個人によってやり方は違うよね。それよりも——」

 ガアンッ!!

 

 完成した氷の塊がボウルの中に落ちた瞬間、台所どころか廊下にまで響くような大きな音が鳴り響いた。


「ヤバイっ!!」


 大きな音にミットリオの心臓が跳ね上がる。

 ミットリオは慌ててボウルから氷を抱えると、背筋を伸ばして息を殺す。

 廊下の向こうから誰か近付いて来ないか、周りを急いで確認する。


 しかし、数秒、数十秒待っても誰も訪れる気配が無い。


 ふーっ、と長い息を吐いて、ミットリオは今度は慎重にそっと氷をボウルの中に置いた。コトン、という健全な音がした。

 

「……取り敢えず氷を作るのは成功ね」

 

 額に浮いた汗を手の甲で拭う。暑さのせいか、それとも緊張のせいか。たぶん両方だな、とミットリオは思いながら、ふと、視線を感じた。


 台所の裏手、ドアの方から。

 

 ミットリオがそちらに目を向けると、薄く開いたドアの隙間から、黒くてまん丸な瞳がこちらをじっと見ていた。

 

「…………」

 

 

 ニカラがこちらを見ていた。  


 屋敷の台所の主であるその人は、いつも泰然としていて、滅多なことでは表情を崩さない。

 なのに今この瞬間だけは、まるで珍しい生き物でも見つけた子供のような眼差しで、ミットリオのことをじっと見つめていた。

 

「………………あの、お聞きしますが」

 

 ミットリオはできるだけ平静な声を出した。

 

「いつからそこで見ていたんですか?」

 

「……坊ちゃんが魔法を発動させる辺りからですね」

 

「…………そうですか」

 

 ……………………。



 二人の間に奇妙な空気が流れた。

 ニカラはすうっとドアを開けて台所の中に入ってくる。

 その顔は相変わらず静かだったが、目の奥がどこか楽しそうだった。

 

「それで? 坊ちゃんは珍しい氷魔法なんか使って、何をしようとしていたんですか?」

 

「……ちょっと、暑さ対策をしようかなと……」

 

「本当ですか? 何かしようとしてたんじゃないですか?」

 

 ニカラの鋭い質問に、ミットリオは確信を突かれてしまい続く言葉が出なかった。

 

 氷を作ったら、それを使って色々作ったりしようとしていたところだったので、ニカラの中心を射貫く言葉にミットリオは慌ててしまう。


「な、な、なんでもないよっ、ただ氷をつ、作ろうとしてただけだしっ」


「本当かな~? 坊ちゃんですよ? 何かするに決まってるじゃないですか」


「うぐぐっ……」


 これには理由がある。

 

 ミットリオが幼い頃からこの台所に入り浸っていたことを、ニカラはよく知っていた。

 雇い主の息子で、しかも子供が大好きだったニカラは、小さなミットリオが台所を覗きに来るたびに優しく迎え入れていた。

 

 そうするうちにミットリオは料理に興味を持ち、ニカラが味付けに迷う場面では、三歳かそこらの子供が「それならこうしてみては?」と涼しい顔でアドバイスをするようになった。

 

 宮廷料理人として腕を磨いてきたニカラが知らない味付けをこの小さな坊ちゃんが知っている。

 その不思議さがニカラの中に引っかかり続けていた。

 

 そして決定的だったのは、ミットリオが一人でこっそり料理をしているところを見てしまった日のことだ。

 三歳かそこらの子供が、魔法を器用に使いこなしながら真剣な顔で調理をしている。

 それを見た瞬間から、ニカラはすっかりこの坊ちゃんの虜になってしまっていた。


 今日も裏庭でハーブを摘んでいたら、台所から妙な音が聞こえてきて、少し身を乗り出してしまっただけだ。

 そこをミットリオに見つかったという、そういう話である。

 

「……ニカラは何してたのさ」

 

「私ですか? 裏庭に生えているハーブと野菜を少し取りに行っていただけですよ」

 

「……そうなんだ」


「それで? 坊ちゃんは今度は何を作ろうとしてたんですか?」


「……はあ~、皆には内緒にしといてよ?」


「はい。分かっています」


 ニカラは静かに頷いた。その顔がほんの少し、期待するように柔らかくなったのをミットリオは見逃さなかった。


「ちょっとね果物と氷を使ってスムージーを作ろうかと思ってたんだ」


「すむーじー……、って何ですか?」


 ニカラが初めて聞く言葉に顎にそっと手を当てた。

 その仕草がどことなく可愛くて、ミットリオはこっそり笑いをかみ殺しながら、いつもの専用台に乗って高さを調節する。


「えっとその前に何か果物とかある? 出来れば甘くて酸味が強いのが良いんだけど、あっ! 後、牛乳とかって残ってたりする?」


「えっとベリー系の果物が少しと、昨日手に入ったマロゥの実がありますね。牛乳はえっと……、はい、一本だけ残ってますね」 


「うん、それを少し分けてくれない?」


「良いですよ。はいどうぞ」


 ニカラは収納魔法からそれらを出すと、ミットリオに渡してくる。


「ありがとね」


 ニカラが収納魔法からそれらを取り出してミットリオに渡す。

 赤くてぷっくりしたマロゥの実と、深い紫のベリーがいくつか。

 ミットリオはそれを受け取ると、風魔法をそっと手の中に灯して、慎重に、丁寧に、果物を細かく砕き始めた。

 

 ふわりと甘い香りが台所に広がった。

 

 マロゥの実は赤くてトロッとしていて、砕くたびに甘い果汁が溢れ出す。

 ベリーはそれよりも酸味が強くて、混ざり合った香りが鼻先をくすぐった。

 暑さで少し重たかった空気が、果物の香りだけで少しだけ軽くなる気がした。

 

「細かく砕いたこの果物を今度は、氷と牛乳と一所に更に細かくしていくよ」


 ボウルの中に砕いた果物と、氷を一所に入れて器用に風魔法で細かくしていく。

 ゴリゴリと氷が砕ける感触が魔法から伝わってきて、やがてそれがなくなると、ボウルの中に淡い紅色のトロトロとしたものへと変わっていた。


 「出来たっ! アイススムージーの完成だっ」


 ミットリオはコップに二つ分注いで、一つをニカラへと差し出した。

 ニカラはそれをしばらくまじまじと眺めてから、両手でそっと包み込む。


 「……っ、冷たい」

 

 コップを通して伝わる冷たさに、ニカラが小さく息を飲んだ。


「これは……、そのまま飲んでも良いんですか?」


「そのまま飲んでも良いけど、ゆっくりスプーンで食べても良いよ。ただ溶けると味が変わるから、そこは見極めてね」

 

「なるほど」

 

 ニカラはコップをゆっくりと口に運んだ。一口、飲む。

 

 次の瞬間、彼女の目が丸くなった。

 

「美味しっ……!! 冷たくて、とろっとしていて……っ、こんな暑い日にピッタリじゃないですか!」

 

 あの泰然としたニカラが、少し声を上ずらせている。それがミットリオには何より嬉しかった。

 

「そうでしょう、そうでしょう」

 

 ミットリオも自分のコップを口に運ぶ。

 冷気が唇に触れて、甘酸っぱい果実の香りが鼻をくすぐる。

 飲み込むと、熱を溜め込んでいた体の芯が、すうっと静かに落ち着いていくような心地よさがあった。

 

 ああ、うまくできた。

 

 それだけで、今日の午後は十分だった。

 

 二人はそれぞれのペースでゆっくりと飲み、空になったコップにお代わりを注いで、もう一杯。

 ニカラは「まだ作業がありますから」と言いながらも、コップを手放さなかった。

 

 別れ際、ミットリオはニカラの袖をちょんと引いた。

 

「……皆には内緒ね?」

 

「ええ、もちろん」

 

 ニカラはそう言ってから、少し間を置いて、口元をほんの少し緩めた。


「——ただ坊ちゃん、今度はもっと色々と作って見せてくださいよ。私、楽しみにしていますから」

 

「……へ?」

 

 頼んだのはこっちのはずなのに、何故か逆にニカラを乗り気にさせてしまった。

 ミットリオは少し呆気に取られながらも、まあいいか、と思った。

 口止め料がスムージー一杯で済んだのだから、むしろお得だろう。

 

 部屋に戻ってソファに座る。無属性魔法で本を手元に引き寄せて、コップを宙に浮かせて、ゆっくりと一口飲む。

 

 窓から差し込む日差しはまだ暑かったけれど、手の中のスムージーはちゃんと冷たくて。

 

 ミットリオは静かに、機嫌の良い一日を過ごすのだった。






 



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