第15話 三人でピクニック
さんさんと太陽が照りつけ、本格的な夏がローランス村に訪れていた。
村の中を歩いている人や、農作業をしている人達は、頭に麦わら帽子や魔法を使える者は、風魔法で夏の暑さをやり過ごしていた。
そして例に漏れずこの少年も、頭に麦わら帽子を被って頭に直射日光を当てないようにして外を歩いていた。
「兄さんあとどれ位?」
「もう少しだよミットリオ、後数分もすれば辿り着くよ」
「え~っ、まだ着かないの~?」
「もう少しだから頑張って」
「ミトはもう少し体力を付けないと駄目ね」
笑顔で応援してくれるチェルスとは違って、シュトラは山道をすいすいと飛ぶように移動している。
「……そんなこと言っても年の差があるじゃん」
肩で息をしながら膝に手を付いて、ミットリオはシュトラに何か言い返そうと思ったが、疲労で頭が回らなかったので大したことは言えなかった。
「ほらほら、頑張って歩いてミットリオ」
背中に荷物を背負ったチェルスが、ミットリオの後ろに回り、強引に背中を押して無理矢理歩かせてくる。
(……おっ? これ結構楽かも)
兄に押されたことで余計な力を使わなくて良くなり、ミットリオは全身を兄の両手に預けるようにして歩き出す。
「……何かミットリオ体の力抜いてない?」
「そ、そ、そんなことないよっ! 頑張って歩いているよっ!」
流石に体重が両手に乗ったのか、チェルスはミットリオが楽をしているのではと疑い出す。
「ほっほっほっ」
「ほら、頑張れ頑張れっ」
こうまでして、ミットリオが外に出て歩いている理由とは何か。
それは姉弟三人で、村で管理している川に遊びに行こうとなったからだ。
暑い日が続き、日課の稽古を終えた三人は涼しいところを求めて、川に遊びに行こうと計画を立てたのだ。
ミットリオは五歳だが、シュトラとチェルスがいれば問題ないと判断して、シトレアとアウドールも了承してくれた。
そうと決まったら三人は、ニカラにお茶とパンを持たせて貰い、デフィーにピクニック用のシートを貸して貰って川に出かけたのだった。
因みにパン以外の食べ物は現地調達になっている。
という事で、その荷物を背負ったチェルスと、真剣を持って周りを警戒しながら歩いているシュトラと、汗を流しながら麦わら帽子を被ったミットリオ達三人は、川を目指して歩いているのだった。
「ほらっ、着いたわよ」
やがて微かに川の音が聞こえてくると、シュトラが目的の川に着いたと声を張って教えてくれる。
「わあっ!」
この世界に来て初めての川を見たミットリオは喜びと驚きの声を上げる。
「いつ見ても綺麗な川だよね、村の人達が綺麗に使っている証拠だよ」
三人は川の前に並んで、キラキラと光る川を見詰める。
水の中を小魚が群れで泳いでいる。
川底の石まで透けて見えるほど澄んでいた。
そうしていると視界の端で、ピシャンッと魚が跳ねて虫を捕まえたのが映った。
「兄さんっ!」
「うん。魔法で捕まえようか」
ミットリオとチェルスは、水魔法を発動させると川の中にいる魚を上手く捕まえて岸に揚げる。
ビチビチビチッと跳ねる数匹の魚は、子供からしたらかなり大ぶりなサイズで、食べ応えがありそうだった。
因みにシュトラは細かな魔法の捜査が苦手なので、黙って見ているだけだった。
「もう少し上流に行こう。その方が魚もいるだろうし」
チェルスの提案で三人は川の上流へと歩く。
「……ん?」
その途中で、ミットリオはふと足を止めた。
小さな黒い影が姿を現す。
影は横歩きで器用に移動すると、再び別の石の陰へと隠れようとする。
手のひらにも満たない小さな体。
艶のある黒褐色の甲羅。
細い脚をせわしなく動かしながら歩くその姿を見て、ミットリオの目がぱっと輝いた。
(おおっ、沢ガニだっ!)
前世でも川遊びの最中によく見かけた懐かしい姿だった。
ミットリオは逃げられないようにそっと手を伸ばし、石の陰へ指を滑り込ませる。
すると沢ガニは慌てたように威嚇のハサミを振り上げた。
しかし五歳児の指先から逃れられるはずもなく、あっさりと甲羅を摘ままれて宙に持ち上げられる。
(これ、カラッと揚げて塩を振ると美味しいんだよな~)
前世の記憶にある香ばしい匂いと食感が脳裏によみがえり、ミットリオの口元から思わず涎が垂れそうになる。
「…………」
そうして沢ガニを掲げたまま、ミットリオは真剣な表情で周囲を見回し始めた。
「…………」
「どうしたの? ミットリオ」
ミットリオは周りをキョロキョロと真剣に探し出すと、その様子を見たシュトラが不審に思う。
まさか自分が気付かない内に、魔獣が近くに来ているのかと警戒したシュトラだったが、ミットリオはその予想とは裏腹に、ちょっと駆け出すとその場にしゃがんであるものを捕まえてニヤニヤしていた。
「……かに?」
「ただのカニじゃないよ姉さんっ! このカニは揚げると美味しいんだからっ!」
「……そ、そうなの」
カニの魅力について気迫のこもった表情で喋りだすミットリオに、シュトラは少しだけ引いてしまう。
「……でもミットリオ、塩は魚を焼くために持ってきているけど、油は流石に持ってきてないよ?」
「……えっ……」
チェルスの言葉を聞いて、ミットリオはショックを受けてカニを手に持ったまま、地面に手を付いて落ち込んでしまう。
(まさか油が無かったなんて、こんな事だったら塩以外にも、兄さんに調味料をもっと持たせるんだった)
あくまで自分で持つのではなく、兄に持たせる前提でミットリオは後悔をする。
「まあ、軽く火であぶるだけでも美味しいんじゃない?」
シュトラはそう言ってくれるが、ミットリオは素揚げの美味しさを知っているので、火であぶるだけでは物足りないのが手に取るように分かる。
しかし油が無い以上はそれしか出来ないので、泣く泣くシュトラの案を採用するしかないのだった。
「「「いただきまーす」」」
三人はあれから、更に数匹魚を捕って串に刺し焼いたのを食べようとする。
塩をしっかりと振り、尻尾が焦げるまで焼いた魚の味は、とても美味しく三人とも目を輝かせていた。
そこにニカラが焼いてくれたパンも加わり、三人は美味しい昼食を食べるのだった。
「……何してんの? ミト」
ミットリオがいきなり土魔法を発動させて、平べったい石を作った事に、シュトラが疑問の声をあげる。
「この上でカニを焼こうと思って」
「あぶるんじゃないの?」
「それだとちょっと火加減が難しいかなと思ってさ」
「ふ~ん」
ミットリオは燃えている木の上に、先ほどの平べったい石を置く。
石の温度が上がってくる間に、ミットリオはそこら辺から細い木の枝を二本拝借して、水魔法でしっかりと洗い簡易の箸を作る。
そして捕まえていたカニを箸で掴み、水魔法で洗濯をするようにしっかりと洗うと、熱々になった石の上にカニを置く。
「……その手に持っているのは何なの?」
シュトラは首を傾げた。
二本の細い木の棒。
それだけならただの枝だ。
だがミットリオは、それをまるで長年使い慣れた道具のように器用に操り、逃げ回るカニを摘まんでいる。
初めて見るはずなのに、動きに迷いがまるで無かった。
「これ? これは箸だよ」
「……ハシ? 何それ」
「スプーンやナイフと同じ食器だよ」
「……そんなのどこで知ったのよ」
その瞬間。
ミットリオの手がぴたりと止まった。
しまった。
そう思った時にはもう遅い。
完全に無意識だった。
前世では毎日のように使っていたせいで、考えるより先に『箸』という言葉が口から飛び出してしまったのだ。
ミットリオの背中を冷たい汗が伝う。
(あっぶなっ!?)
心臓がどくんと跳ねる。
シュトラは不思議そうな顔でこちらを見ていた。
変な間が空いたら怪しまれる。
そう判断したミットリオは慌てて口を開いた。
「む、昔読んだ本に載ってたんだよ! ほら、異国の人とかが使う変わった食器って書いてあって!」
「ふ~ん」
シュトラはそれ以上追及しなかった。
どうやら誤魔化せたらしい。
ミットリオは内心で大きく安堵すると、何事も無かったような顔を作りながら再びカニをひっくり返した。
「ミットリオって、本当に変なことを知っているよね」
気になったチェルスが言った。
「えっ! そ、それは……あれだよ! ほ、ほら本の知識として知っているだけだよ」
「そうなんだ」
「ははっ……」
(あっぶね~っ!! 適当に会話してたら思わずクセで箸って言っちゃったよっ! おまけに兄さんにまで疑われれるし! 上手く誤魔化せて良かった~っ)
沢ガニを焼くことに集中していたミットリオは、シュトラの質問に上の空で返してしまい、思わず箸と言ってしまう。
それを不思議に思ったシュトラとチェルスだったが、何とか本の知識として誤魔化せたようだ。
「次々焼くね」
ミットリオは抑える必要が無くなったカニを箸から離し、石の上に次々とカニを置いていく。
そして魚とパンを食べながら、十分にカニに火が通った頃合いまで焼いて、その上から塩を掛けた。
良い具合にカニに塩が掛かると、ミットリオはゴクリと唾を飲み込み、我慢が出来なくなったので一つ箸で掴みつまみ食いする。
「ハフッハフッ! ハヒッハヘッ」
熱々のモノを口に入れたので、ミットリオは上手く口の中で冷ましながらカニを食べようとする。
そして噛めるようになると、カニを何度も咀嚼していく。
「……うんんまああっっい!」
ミットリオは焼きがにの美味さに、思わず言葉が漏れてしまう。
カニの味がぎゅっと濃縮されていて、それでいて焼いたカニの甲殻が絶妙な食感になっている。
振りかけた塩もしっかりと利いていて、これは無限に食べられる類の物だとミットリオは確信する。
あまりにもミットリオが美味しさでニヤけているので、チェルスとシュトラは無言で焼きガニを石の上から取る。
二人は風魔法で上手くカニを冷ましながら手に取ると、適度な温度になったカニを口の中に放り込む。
「……美味しいっ!」
「……うまぁ~いっ!」
二人も沢ガニの美味しさに感動して思わず声が出てしまう。
「……これは少しやばい食べ物だね」
「……そうだね。ここまで美味しいとは思わなかったよ」
「……残りの分は均等に分けましょう」
三人は残った焼きガニを均等に分けると、その美味しさに満足して笑顔を浮かべ、食後の紅茶を飲むのだった。
「またここに来ようね」
「次はミットリオがしっかりと体力をつけてからじゃないと」
「その時は、父さんや母さん、屋敷の皆で来れたら良いね」
三人はいつかまたここに来ようと会話をする。
そして火の後始末をしっかりとすると、三人は屋敷へと帰路につくのだった。
因みにこの話を両親にしたところ、お土産としてその焼きガニを持ってきてないのかと言われて、三人は遅れてその事に気付いて苦笑いを浮かべるのだった。
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