第13話 初めての剣の稽古
「それでは今日から、剣の稽古に新たにミットリオが加わります。チェルスとシュトラは弟のいい手本になるように。ミットリオはしっかりと剣を振れるようになること。分かりましたか?」
「「はいっ」」
「は~い」
母親のシトレアの気合いの入った言葉に、元気よく返事をするチェルスとシュトラ。
それとは対照的にどこか気の抜けた返事をするミットリオ。
この屋敷の稽古の担当は、学問はデフィーが担当して、アウドールは魔法とそれに追随する知識、そして剣や武術の訓練はシトレアが担当している。
意外にもこう見えてシトレアはかなりの武闘派だったらしく、剣の腕前は超一流なんだとか。
そのことを初めて兄と姉から聞いたときは、ミットリオは信じられなかった。
あの優しくて美人なシトレアが剣を振っていたとは想像もつかない。
ちなみにアウドールの魔法の腕も超一流。
二人はかなりの使い手らしい、とシュトラから噂で聞いている。
「それじゃあ二人はいつも通り、準備運動として素振り五百本から初めてね」
「「はいっ」」
(いきなり素振り五百本っ!?)
ミットリオは、シトレアの口から準備運動で素振り五百本、という言葉に驚いてしまう。
(てことは俺もいつかはそれだけやらされるんだ……)
チェルスとシュトラの隣に並ぶ、未来の自分の姿を想像してミットリオは今から気分が落ち込んでくる。
ミットリオが二人の姿を見てゲンナリしていると、真面目な表情をしたシトレアがこっちに来る。
「さてミットリオはまず剣の持ち方と型を作る事から始めましょうか」
「……はい」
シトレアは、ミットリオにつきっきりで指導をする。
「……そうではなくて、もう少し肩の力を抜いて」
「こう?」
シトレアに言われた通り、ミットリオは木剣を振るった。
その瞬間シトレアの眉が微かに動く。
「……ミットリオ、今のは何ですか?」
(おっ?)
シトレアの困惑した雰囲気にミットリオは木剣を振っていた手を止める。
(……これは俺の隠れた剣の才能がバレた感じかな? まあ前世での記憶があるし、剣を振るうことは慣れたモノだからな。これくらい楽勝ですよ)
ミットリオが得意気な顔をしていると、シトレアが口を開いた。
「……まるでなっていません」
「何でだよっ!」
シトレアの呟きに、思わずミットリオは大声を上げてツッコんでしまった。
「……これは少々鍛えがいがありますね」
そう言って笑ったシトレアの顔を見たミットリオは、恐怖で震えるのだった。
「それでは最後に屋敷の周りを走り込みます。今回はミットリオもいるので軽く流して構いませんよ」
剣の稽古を終えた後は、シトレアの指示で三人とも走り込みをするよう命じられた。
(うえ~っ、まだ終わりじゃなかったのか……)
チェルスとシュトラは木剣を戻し、中庭で待機する。その横に遅れてミットリオも並ぶ。
「開始っ」
シトレアの言葉に、チェルスとシュトラは勢い良く走り出して、慌ててミットリオも走り出す。
(まあ、走り込みは前世でも相当やらされたからな。別に苦手な方では無かったな。頭を空っぽにして走っていれば良いし。楽勝っ楽勝っ)
なんてそう思っていた時期が僕にもありました。
「ぜぱぁっ……! ぶはぁっ……! もう……ダメっ……!」
屋敷の周りを十五周した辺りで、ミットリオは動けなくなりその場に倒れ込んだ。
「ヒューッ、ヒューッ、……なん……で、にいさん……とっ、ねえさん……はっ、あんなに……涼しそうに……走って……いる……んだ……?」
この屋敷の周りは一周が大体二百メートル位あるので、ミットリオは既に三キロメートル近く走った事になる。
五歳の体でそれだけ走れば物凄い部類だと言える。
実際、一緒に走っていたチェルスとシュトラは、ミットリオが十五周も走ったことに驚いていたし、シトレアもそこまで走れるとは思っていなかった。
だが、息も絶え絶えのミットリオはその様子に気付くことなく、地面に倒れて空を見上げていたが。
(くそっ……! この体、少し動きにくいかもしれんっ……!)
前世のイメージで走っていたミットリオは、自堕落な生活を送っていたこの体に対して不満が出始める。
(……かと言って、自堕落な生活はやめるつもりは無いけどな……)
呼吸を整えながらミットリオは、空に向かって一人でニヒルに笑っていた。
結局、チェルスとシュトラが走り込みをやめたのは、屋敷の周りを三十周した辺りで、二人は少し汗をかいた様子で、ミットリオみたいに息を上げている様子は見られなかった。
「……姉さんも兄さんも凄いね」
ミットリオは地面に倒れながら、素直に兄と姉の事を賞賛する。
「まあいつもはもっと走っているからね。これ位では疲れないよ」
「私もまだ走ろうと思えば走れるわね」
「……まじか」
(二人ともまだ子供ですよね……。一体何を目指しているんですか……?)
「……この世界ではいずれ大きな危険に襲われる事があるかもしれません」
走り込みを終えた三人の元にシトレアがやってくる。
「……そのためには魔法を覚えることは勿論ですが、何よりも体を鍛えねばなりません。そのために私は貴方達にしっかりとした稽古と実力を積ませます。今日の一歩が明日のためになる。いつかこの苦しい事が報われると思いますよ」
「分かっています」
「はい母さん」
「ミットリオも苦しいとは思いますが、しっかりと稽古をすれば未来の貴方の助けになりますから、これからちゃんと稽古をしましょうね」
「……は~い」
シトレアの言葉に思うところはあるので、ミットリオは嫌々ながらも、ちゃんと返事をする。
「それでは今日の稽古はここまで。三人とも汗を流して食卓に集まりなさい。昼食を食べましょう」
「やった!」
「「はい」」
先程まで地面に倒れていたとは思えない勢いで、ミットリオは立ち上がった。
「現金ねぇ」
呆れたようにシュトラが言う。
「……だってお腹空いたし」
「さっきまで死にそうな顔してたじゃない」
「それとこれとは別問題だよ」
するとチェルスが苦笑する。
「デフィーが言っていたけど、今日の昼食はシチューだったかな」
「本当っ!?」
ミットリオの目が輝いた。
疲れていた筈のミットリオは、兄の言葉に反応していの一番に食卓に走っていく。
それを追い掛けるようにチェルスとシュトラも走って屋敷の中に戻っていった。
「やあシトレア。ミットリオの様子はどうだった?」
「アウドール」
子供達と入れ替わりで、屋敷の中からアウドールが出て来ると、彼はシトレアにタオルと飲み物を渡してきた。
「……あの、私今汗をかいたから、……あまり」
「大丈夫。汗をかいても君が素敵な事には変わりないさ」
「アウドールったら」
両親のラブラブッぷりに周りの温度が少し上がった気がする。
もしここに三人の子供達がいたら、三人ともしらけた顔をして、さっさとこの場から離れているであろう。
「それで? ミットリオはどうだった?」
「それがね、かなり動けている方だったのよ」
「へえっ、意外だね」
「そうなの、てっきり私ミットリオはあまり運動が得意ではないと思っていたの。木剣を振るう姿も少しアンバランスだし。でもね、言われた稽古もやる上に走り込みもちゃんとこなすから、私とてもびっくりしちゃった」
「ははっ、まあミットリオは普段いつもソファの上から動かないからね。そう思っても仕方ないよね。まあミットリオはどちらかと言うと魔法を得意とするから。運動が得意な性格には見えないよね」
「そうなのっ」
「でも良かったじゃないか。僕らの子供達はとても才能豊かな子供に生まれて。親からすればこれ程の幸運はないと思うよ」
「そうね。あの子達は皆素晴らしい才能を持っているわよね。それをどれだけ伸ばすのかも私達次第じゃない?」
「確かにそうとも言えるが、あの子達はきっとそれぞれが素晴らしい人生を歩んでいくと思うよ。それこそ僕達の背中を超えて」
「そうなのかしら」
「そうだとも。僕らの子供だよ、きっと素晴らしい大人に成長するはずさ」
「そう願いたいわね」
アウドールとシトレアはどちらからともなく手を繋いだ。
「さて、そのままだと体が冷えるから中に戻ろう。シトレアが風邪を引いてはいけないからね」
「私がそう簡単に風邪を引かない事を分かっているくせに。それにそうなってもアウドールが直してくれるでしょう?」
「確かにそうだね」
アウドールとシトレアの二人は、手を繋ぎ指を絡ませながらゆっくりと、子供達が待っている屋敷の中に足を運ぶのだった。
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