第196話
「ただいまー」
零と別れた後、渋谷内の十三階建てマンションにある自宅に帰ってきた。長い一日だった。エレベーターで九階にある、幼い頃からお馴染みの初月と玄関横に札がはめ込まれたドアを開けて入った。
「おかえりー」
キッチンで夕飯の支度をしているだろう、花予の迎える声が聞こえた。
リビングに入るとちょうどテレビがつけっぱなしでやっていたニュース番組が目に入った。
『次のニュースです。昨夜、横浜市の銀行を男一人が襲撃、警視庁は現金2000万を盗んでバイクで逃げ去った犯人の行方を追っています――』
『犯人の特徴は年齢が20代後半――青いスカーフを首に巻いており――』
銀行強盗。珍しいことではない。実際は報道もされない裏で沢山、血なまぐさいことは起こってるのを知っている。
ひとまずランドセルを自室に置いてから花予のもとへ向かった。今日あったことを報告するために。
「どうさ? 今日から本格的に四年生スタートだろう?」
「あのさハナ。今日アタシのクラスに女子の転入生来たんだ」
「おおー、新学期だし珍しくはないね」
リビングから繋がるキッチンで夕飯の支度をしながら、授業や給食が始まった今日について聞きたい花予。彼女のことを一通り話すことにした。
「どんな子だい? 諒花と一緒のクラスになったなら、話くらいしたんだろう?」
興味津々な花予。家にいる時はこうしてよく話をする。
「名前は黒條零っていうんだ。銀髪に黒い眼帯をしていてインパクトが凄かった。神奈川の川崎から来たんだって。家が近いって言うから一緒に帰った」
「銀髪に眼帯か! なんか名前もだけど、可愛くもカッコよさそうだねえ、その子」
綺麗な銀髪に眼帯なんてなかなかいない。
「雰囲気はどんな感じだい?」
「アタシより少し背が小さくて大人しい感じだった」
「引っ越してきたばかりでまだ不慣れだろうし、家が近いならば諒花が助けてあげないとね」
その通りだ。助けを求めていたから放課後にわざわざ待っていて、声をかけてきた。話していて改めて確信した。
「あはは。そうだよな、ハナ。転校してきた時もさ────」
初日からクラスメート達からも囲まれて注目を浴びる人気者であった零。
ただ、一緒に帰る時の方が変に取り繕った様子はなく、帰り道が一緒になってむしろ自然に感じた。
その後も花予は興味深く、こちらがする零の話に耳を傾けながら夕飯の準備を進めた。
今日は宿題もないので、食器洗いなど花予の手伝いをすることにした。花予と今日あったことを話しながら。
唯一の家族だから、自分が花予を支えないといけない。
時々、家にやってくる刑事の蔭山にも同じことを言われた。
*
花予は元々は海外で仕事をしていた。が、姉夫婦の形見でもある諒花のため、日本に帰ってきて義母となり、二人暮らしで家庭を築き、今に至る。時々、仕事で出かけるが殆どが自室でパソコンを使ったテレワーク。
結婚はしていないが海外にフィアンセがいて離れていても本当の家族のように支援してくれる。
ハナというあだ名については、幼少の時のやりとりが確かに諒花の中に刻まれていた。
『花予おばさんは絶対嫌だし、花予お姉ちゃんもなんか違うな……花予さんも一緒に暮らしてるのにどこか他人行儀な気がするから、そうだな……あたしのことはハナって呼んでよ!』
腕を組んで悩んだ末の花予の様子は今も諒花の中で浮かぶ。
呼び方のこだわり。野崎を失った今だと深みが違ってくる。苗字で呼ぶか下の名前で呼ぶかとは違うかもしれないが、それでも呼び方によって温もりが違うというのを感じさせる。
『あたしが実の親じゃないってことは先生の前で秘密にしなくていいから。そこは全部、あたしに任せておきな』
保育園、そして小学校でも、先生には本当の母親だと嘘をつく必要はないと優しく言われた。
花予は昔から若干、姉御とも言える男口調を混ぜて話す癖があり、それを幼少期から見てきた諒花もまた真似をして、一人称と喋り方もその影響を受けて育った。
亡き母、花凛も屈強な悪党相手には男口調で喋り、普段はとても優しい髪の長い美しい女性だった。だが幼少の頃から姉が異人ゆえに学校では一人で暗く孤独だったのを妹の花予はよく知っていた。
諒花もそんな母と同じようにはさせまいと花予は諒花を大切に育てた。
悲惨な形で実親を失ったが、保育園から小学校に入る前の時点で明るく元気になった彼女には花予と暮らして得たものがちゃんと違和感なくフィットしていた。
男勝りで明るく元気な強い女の子として。それは亡き母にもあったかもしれない姿。
そんな姉夫婦の形見である諒花が、人狼のチカラを持つ異人であることは、まだ幼かった当人にも伝えられた。病院の適切な医師の判断に基づいて。
ところが実は生まれながらに通常の異人よりも強力なチカラを持つ稀異人であることは伝えるのは酷であると伏せられた。
生まれながらにこのような強力なチカラを持っていること自体が極めてレアケースであった。
花予と医師との協議の末、チカラを程よく抑制するための赤いチョーカーを、幼い体を守るためと言い、不快感や違和感のないアクセサリーとしてつけられた。
調整すれば体の成長に伴ってつけられる赤いチョーカーは諒花の特徴であり、トレードマーク。
それは彼女が14歳になり、裏社会の帝王レーツァンとの滝沢邸での決戦にて、戦いの中でチカラを抑制しているものとして、滝沢翡翠の助言によって外すことになる前は、お馴染みのものであった。それもあり、帝王を倒せた。
ところが外した後にそれを拾った翡翠の解析によって思わぬ事実が明らかとなった。チョーカーにはGPS──発信機が中郷の手によって仕組まれていたわけだが、どこで仕組まれたのかはまだ分かっていない。
あのチョーカーについては現状は滝沢家が事態が落ち着いたら調べてみるとして、未着手のままである――――が、それはまた別の話。




