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2話:授業中の教室で「イケメン!」と叫ぶ

 王立コルデルーナ魔術女学院はシルヴァローランド王国の魔術の素質がある女子を集めて教育を施す学校である。

 王国では貴賎を問わず国民全員が3歳になると魔術適正検査を受けて素質があると分かると5歳から魔術学校に通い始めるのだ。

 学校では魔術の他に礼儀作法、歴史、数学、文学をなど一般教養を施され、卒業後は魔術を必要とする民間機関や国の中枢で働くことになる。


 そんな魔術女学院の高等部のとある教室で、突如として静寂は破られた。


「うっわ!めっちゃイケメンだぁぁぁ!あああああぁぁぁぁぁー!?」


 カツカツとチョークの音だけが響く教室で突然、少女の奇声が上がり、間を置くことなく今度はガタンと何かが倒れる音がした。


 規則正しくリズムを刻んでいたチョークの音が止まる。

 当然の如く、授業は一時中断だ。教室にいた教師、生徒全員が一斉に音のした方を向く。


 振り向くと教室の真ん中の列の一番後ろの席で少女が椅子ごと後ろに倒れていた。

 藤ノ木=ミゼル=アヴィルタだ。


 何が起きたのか戸惑う周囲。

 ひそひそと隣同士で囁き合う。


「フォルドミナさん、藤ノ木さんを起こしてさし上げなさい」


 魔術体系学の教師、ナタリア=ウォルスロフの一声で喧騒はさらに大きくなった。


「は、はい!」


 ナタリア先生に指名されたのはミゼルの隣の席のメル=フォルドミナ。

 メルはゆるく波打つ真紅の髪とその髪の一部を結んだ黒いリボン、そして金褐色の鋭い瞳が印象的な美少女だった。

 王国屈指の家族フォルドミナ家出身のお嬢様で、成績も常に学年上位。容姿・家柄・頭脳の三拍子揃った非の打ち所がない優等生で通っている。

 そんなメルはミゼルとは幼等部からの友人で、何かと問題を起こす彼女とともに行動……いや、巻き込まれることが多い。

 そう、今のように……。


 メルは倒れたまま起きてこないミゼルの側まで行き、肩を軽くゆすった。

 頭を強く打っている危険もあるので本当に軽く。


「ミゼル、起きて」

「う、う〜ん。イケメンにバリアが……」


 外傷的な頭の異常はなさそうだ。外傷的には。

 中身は知らない。もとがもとなので。

 周りからくすくすと笑いが起きる。


「ミゼル、今、授業中よ。早く起きなさい!」

「じゅぎょう〜?授業よりイケメンを助けないと〜」


 遠慮がちに堪えていた笑いが爆笑へ変わる。


「なーに寝ぼけてんのよ!早く起きるのー!」

「ひゃっ、いひゃい!いひゃい!」


 メルは、これでもか、と寝ぼけたミゼルを起こすため、少々の恨み節も込めながらミゼルの両頬をつねった。


「ちょっとメル!何するのよ!」


 赤くなった頰をさすりながらミゼルがやっと半身を起こした。


「何をする、とはこちらの台詞です。藤ノ木さん」


 床に座ったままのミゼルとメルに影がさす。

 見上げれば、ナタリア先生が腕組みをして立っていた。

 黒縁のメガネに襟元までボタンを留めた皺のないシャツ。髪の毛一本も乱れることなくきっちりと引きつめられたブラウンのおだんごヘアはまじめな教師そのものだ。

 実際、ナタリア先生はその風貌通り学院の中でも規則や時間に特に厳しい先生だ。そして怖い。

 先日、廊下を歩いていたとき「空腹の巨獣ベヒーモスと怒りで無の表情になったナタリア先生、どちらの前に立ちたいか」という議論をしている上級生たちがいた。もちろんみんな「ベヒーモス!」で満場一致、メル自身もその場で挙手してベヒーモスに一票入れたいところだった。それくらい怖い。


 ナタリア先生の授業中に寝るなんてどんな処罰を課せられるか考えるだけでも恐ろしい。


「しっかりなさい。この授業、魔術体系学は東方の国カムロギの血を引く一族のあなたにこそルーツを知るという意味でも特に学んで欲しい学問なのよ」

「ううー」


 頭痛がするのか耳に痛い話をされているからなのかミゼルは頭を抱えて唸っている。

 ナタリア先生はそれを見てため息をついている。


「仕方ないわね。頭も打ったことだし一度医務室で見てもらいなさい」


 おや?お咎めなし?


「ああ、それから今日の授業中を理解しているか確認の小テストを受けてもらいます」


 やはりそう来たか。

 まぁ、寝ていたのだからミゼルの自業自得である。仕方な……


「クラス全員で」

「ええーーーー!!!?」


 一斉に悲鳴が上がった。


「良い機会です。皆さんがどのくらいの実力を持っているのか試させてもらいます。なに、範囲は今日の内容ですよ。引っ掛け問題もないささやかなものです。しっかり聞いていれば解けるものですよ。しっかりと聞いていれば、ね」

「ひっ!」


 ナタリア先生はやっぱり悪魔のように怖かった。

 変な罰を与えられるよりよっぽど効く。


「メ、メル、たすけて……」


 クラス全員の恨みのこもった視線がミゼルに集中する。


「無理!私もみんなの側に立ちたいわ。諦めて」

「そんなーー!」


 反省文を書かされるより、補講を受けさせられるよりもみんなからの熱い視線のほうがこたえる。


「みんなごめんーーー!!」


 ミゼルの泣き声が教室にこだました。

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