京都・三条大橋 その1
翌朝、大津本陣上空は、抜けるような澄み渡った青空が広がっていた。
「うーん、いいお天気ね」
「あー、今日で終わりかあ」
最後のスキー板充電を済ませ、外に出たミケタマの二人。
天を仰いで、何とも言えない感傷に駆られた。
達成感と寂しさが、同時に押し寄せる。
昨晩、しっかりアルコール補給をしたことで、気分は上々、体調も抜群であった。
「さあ、行くわよ」
「そうね」
と、エンジンをかけて、最後の旅に出発する。
「ねえ、終わったら、何をする?」
「京都にも、おいしいものが、たくさんあるわ」
「湯葉料理がいいわ」
「湯豆腐も」
「京懐石にしましょうか?」
「全部、全部!」
その前に、まだしばらくは滋賀である。
蝉丸神社と、逢坂の関までやってきた。
「ここが有名な逢坂の関なのね」
「あなた、百人一首、覚えてる?」
「もちろん。高校のときに覚えさせられたもの」
蝉丸といえば、平安朝を代表する歌人の一人。
百人一首の第10番を覚えている人も多いことだろう。
「これやこの行くも帰るも別れては」
「よに逢坂の関は許さじ」
「それは62番の清少納言だわ。カルタだったら、お手つきよ」
蝉丸法師の10番は、『これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関』である。
「皆がここで出会って、ここで別れる。ここが有名な逢坂の関だなあ、っていう感じの意味だわ」
いつの時代も、ここが出会いと別れの分岐点だ。
それは近未来でも、変わらない。
しばし往時に思いを馳せているミケタマの耳に、不思議な音色が聞こえてきた。
「……ねえ、嫌な予感しない?」とミケコは相方を振り返った。
「あ……、不吉な予感がビンビンくる」タマコは全身が総毛立つような不気味な感に襲われた。
「私も霊感が目覚めちゃったのかしら?」
「いいえ、霊感がなくても聞こえるわ」
ミーン……。
ミーン、ミーン……。
ミーン、ミーン、ミーン、ミーン……。
誰の耳にもはっきりと、季節外れのミンミンゼミの鳴き声が……。
「もしかして、蝉丸だからってこと?」
「もしかしなくても、そのようね」
別に、夏に思いを遂げることなく散っていったミンミンゼミの亡霊が現れたのではない。
物陰からこの音を出していたのは、何を隠そう、甲賀忍者の多羅尾ユラであった。
「もう十分、バグを起こしてきたと思うが、最後のダメ押しと行こうか」
忍法・蝉時雨で、セミの鳴き声を起こしていたのだ!
「こんな季節に、セミ?」とミケコ。
「それより、関西にミンミンゼミはいないわよ」とは、タマコである。
これはもちろん、通常のミンミンゼミではない。
甲賀忍者・多羅尾ユラが、特別に手塩にかけて育てた、忍者ゼミである。
この忍者ゼミたちは、ユラの指示に合わせて鳴いているのだ!
「なんの、ミンミンゼミは序曲に過ぎぬわい」
と、多羅尾ユラは右手に持った指揮棒を振り上げた。
嘘みたいな話だが、こいつで音をコントロールしているらしい。
セミの鳴き方が変わった。
バーグ、バグバグ、バグバグバグ……。
「何、この鳴き声」
「つまりは、バグだっていうことね?」
「じゃあ、とっとと三条大橋まで行った方がいいわね」
「そういうことね」
意味ありげに、お互いの顔を見て微笑み合うミケタマの二人。
「そうそう。とっとと三条大橋の擬宝珠を、破壊プログラム入りのものに取り替えてくれよ」とは、陰でタクトを振る、ユラであるが。
「むんっ!?」
そのとき、再びセミの鳴き方が変わる。
バーグ、バグ。
コーガ、コーガ、コーガ、コーガ……。
「あら、また鳴き声が変わったわ?」
「今度は、コーガ?」
バーグ、コーガ、バーグ、コーガ、バグコーガ、バグコーガ……。
「むぬ!?これは何としたことだ?手が勝手に動いてしまう……!」
驚く多羅尾ユラ。
彼の意思に反して、右手があらぬ動きをする。
バグコーガ、バグコーガ、バグコーガ……!
「んもう、うるさいセミね」
「季節外れのセミは、『すさまじきもの』だわね」
「行きましょ、タマ」
「そうね、ミケ」
と、ミケタマはスキー板のエンジンをかけて、京都・三条大橋へ向けて出発した。




