草津
東海道52番目の宿・草津に近づくにつれ、道は市街地を通り抜けていく。
山越えはもう滋賀と京都の間のわずかな区間のみとあって、いよいよ旅も終わりに近づいていることを実感させる。
JR手原駅の前を通り、東海道新幹線の下をくぐる。
しばらく行けば、草津の本陣。
高さ4メートルほどの、立派な追分道標の常夜灯である。
「ここが東海道と中山道の分岐点なのね」
「昔の旅人がここで出会って、ここで別れたのだわ」
しばし往時に思いを馳せる。
かつて草津宿には、田中七左衛門本陣と、田中九蔵本陣の二つの本陣があった。
そのうち田中七左衛門本陣は、国指定の史跡として、今に残っている。
東海道に現存する本陣の中で、最大級のものである。
ちなみに、ここ草津。
東海道と中山道の分岐点であるとともに、もう一つ、陸路と水路の分岐点でもある。
琵琶湖を舟で渡るのか、それとも陸路で瀬田の唐橋を渡るのか、ということだ。
『急がば回れ』という諺があるが、実はここ草津が語源だ。
舟旅の方が近道で早いが、琵琶湖が荒れて舟が転覆する危険性がある。
それよりも大回りでも、陸路を行った方がいいよということなのだが、この二人はどうするのか。
「舟旅も面白そうじゃない?」とミケコが言えば、
「ここはドラゴンボートとかじゃなくて、普通の舟みたいよ」と、タマコも乗り気である。
それならば、舟で行くのも悪くないと、琵琶湖のほとりまで行ってみた二人だったのだが……。
「ま、待って!」と、急にタマコが叫んだ。
「何、どしたの?」
「な、なんか、不吉な予感がする!」
「またいつもの霊感?これまでだって何もなかったし、大丈夫じゃないの?」
「そ、そんなんじゃないのよ!」
相方が尋常でないぐらい怯えているのに、ミケコも気づいた。
「なんか、こう、今までのとはレベルが違うのよ!何だか、恐ろしいぐらい、超弩級に、とんでもなく、並外れて、盆と正月がいっぺんに来なかったぐらい、それはもう、前代未聞に史上初、銀河系100億年の歴史の中で最も不吉なものがやってくるぐらい、不吉で不吉で、もう不吉を通り越して不吉になっちゃってるぐらいの不吉な予感がするの!!」
ミケコには意味が全くわからなかったが、タマコがそこまで言うならと、陸路で行くことにした。
「まあ、急がば回れって言うしね。ほら、ブラックバスでも食べて、落ち着きなさいよ」
そこにあった茶店で、琵琶湖特産ブラックバスのフィッシュアンドチップスを食べさせる。
「おいしいかしら?」
「よくわかんない」
タマコの気持ちが落ち着いたところで、琵琶湖の南端、瀬田の唐橋経由で大津へ向かうのであった。
さて、その頃、琵琶湖では……。
「ぬおわっ!」
ほとりで釣り糸を垂らしていた人が、突然のことに驚いてしまった。
「お前さん、なしてこげなところから出てくるべや!?」
と、このおじさんはどこから来たのだろう。
滋賀の人ではなさそうだが、とにかく驚いたのだ。
のんびりと釣りを楽しんでいたら、急に水面から半魚人のようなものが現れたのだ!
「ぷわっ、ふう!」
ピュッピュッピュッと、そいつは口からブラックバスを三匹吐き出した。
「えらい目にあったな。あの甲賀忍者どもめ」
この半魚人らしき人は、一体誰であるのか。
何を隠そう、日影ウスオである。
野洲川の戦いで多羅尾ユラ率いる甲賀忍者の軍団に敗れた彼。
川に転落したと思われたが、それはユラの目をくらますための作戦であった。
実は野洲川の流れに乗り、琵琶湖まで泳ぎ着いたのであった!
「くんくんくんくん」
と、ウスオは空気の匂いを嗅いだ。
「ふむ、ミケタマが近くまできた様子があるな。今、彼女たちは……、くんくんくん」
再び匂いを嗅ぐ。
入社以来、陰になり、陰になり、ひたすらミケタマ観察を続けてきた彼だけがなしえる、超高度な技だ。
「瀬田の唐橋を渡るあたりか……」
「お前さん、そんなことより大丈夫だか?」
と、釣り人のおじさんが心配して歩み寄る。
が、しかし……。
「あんれ?今の人は、どこにいっただか?」
おじさんが瞬きしている間に、ウスオの姿は見えなくなっていた。
不思議がって、空を見上げるおじさん。
さっきまで天の高いところで輝いていた太陽に、一条の雲がかかっていた。
「おや?オラは何をしていただ?」
釣竿に目を向けると、当たりが。
「いけねえ、今夜のおかずがかかっているだ!」
おじさんはさっきあったことなど既に忘れて、再び釣りに夢中になっていった。
実はウスオはずっとおじさんの目の前にいたのだが、少し日がかげったことにより、おじさんの目では捉えられなくなった、それだけである。
改めて、恐るべきウスオの影の薄さであった。




