川崎 その1
品川から川崎へは、多摩川を渡る。
かつて六郷の渡しと呼ばれたところに掛かる橋を越えて、二人は川崎に入った。
「そろそろ、お昼にしたいわね」
「美味しいものでも、食べたいわ」
さっきのお化け屋敷のショックが残っている二人。
川崎名物でも食べて、回復したい。
多摩川を渡ったところ、今のJR川崎駅の南側の辺りが、川崎宿の中心。
かつてはここに万年屋という店があり、旅人に奈良茶飯を提供していたという。
奈良茶飯とは、もともと奈良の東大寺や興福寺で食べられていた精進料理。
栗、大豆、アワ、小豆などを混ぜた米を、お茶で炊いたものだ。
十返舎一九の『東海道中膝栗毛』で、弥次喜多も食べた、川崎宿の名物である。
万年屋はもうなくなってしまったが、ここのお茶屋では、名物の奈良茶飯を再現したものを、食することができた。
シジミの味噌汁と奈良漬けと一緒に味わう。
「おいしくて、ほっこりするわ」
「私たち、江戸時代の人と同じものを食べているのね」
と、ミケタマの二人も、しばし往時の旅人に思いを馳せる。
腹ごしらえが済んだ二人は、旅を再開。
さっきのお化け屋敷のショックも完全に癒えた。
八丁畷の駅を越えれば、そこはもう横浜市内。
「横浜に入ったわよ。なんか、中華の匂いがしてきたわね」と、食いしん坊なミケコが言った。
「海風の匂いの間違いじゃないの?」とタマコは冷静である。
「海風に乗って、中華街の香りが運ばれてきたのよ」
「中国から海を渡ってきたのだわ」
快調にスキーを飛ばして、生麦事件のあった辺りへと差し掛かる。
生麦事件とは、江戸末期、この地で起きた殺傷事件。
薩摩藩主の父、島津久光の行列に入り込んだイギリス人を、薩摩藩士が殺傷した出来事だ。
その事件を、ロボットを使って再現したアトラクションが用意されていた。
だが、史実とは違って、揉め事が起ころうとしたときに、川崎大師から弘法大師がやってきて、仲裁して、みんなで仲良く茶飯を食べるという筋書きになっている。
「せっかくだから、見ていかない?」
「そうね」
もちろん、弥次喜多グループの社員である二人は、筋書きを知っているのだが、旅のついでに見ていってもいいかと思った。
だが、ここにも一茶の策謀があったのである……!




