桑名
昨夜の騒動が幻だったかと思えるほど、翌朝は静かな朝だった。
「うーん、やっぱり高級ベッドは寝覚めがいいわね」
と、ミケコは体を伸ばした。
「今日はとうとう三重県に入るわね」とタマコ。
昨日のお酒も残っていない。
快適な目覚めである。
一茶たちはまだ戻っていないようだったので、早々に城を出る。
「あの人たち、どこまで行っちゃったのかしら?」
「まあ、大丈夫じゃない?」
近くの喫茶店で、ここもやはり名古屋流のモーニングを楽しむ。
そのままスポーツ新聞を広げて長居がしたくなったが、まだ旅の途中だ。
昨日と同じ船に乗り、名古屋城を後にして、堀川を下る。
順調に航行して、宮の宿の真ん前にある、七里の渡し場へ戻ってきた。
ここから船に乗り換え、いよいよ桑名へ出発である。
堀川を少し南下したら、すぐに伊勢湾上に出た。
宮から桑名へは、東海道唯一の海上路。
七里(約27.5キロ)の船旅だが、現在では埋め立てが進んで、かつての航路はその大半が陸の上。
航路もなくなっている。
近未来では、その海上に突き出た陸地を、大回りしていく。
「うーん、スキーもいいけど、船旅っていいわね」
「本当ね。風流だわ」
「こういうのを残しておいた昔の人って、粋だったんだわ」
「単調な旅にアクセントをつける必要があったのね」
なんて、呑気な会話である。
実情は、この辺りは、木曽三川を始めとする、幾つもの河川が流れ込むせいで、治水工事が難しい。
それでここの区間だけ船旅になったようだが、ここは風流と捉えた方が、旅を楽しめるだろう。
かつては4時間から6時間かかった船旅も、近未来の高速船のおかげで、あっという間。
程なくして、東海道42番目の宿場町・桑名へ着いた。
やはり、「ここより三重県」の看板の前で、パシャリ。
こういった儀式をすることで、旅の歩みを確認しながら進むことができる。
桑名の宿は、船着場のあたりが本陣。
早速、お目当てのものをいただく。
「やっぱり、これ、これ。その手は桑名の……?」
「焼き蛤!」
この辺りの漁場は、伊勢湾に木曽三川が流れ込む、栄養豊富な汽水域。
ふっくらと大粒の身は、濃厚な味わいで、江戸時代には将軍家に献上されていたほど。
『東海道中膝栗毛』にも登場する、全国的にも有名な、桑名の名物だ。
それを、一番うまいとされる、松ぼっくりで焼いていただく。
「は、はふっ。プリップリ!」
「ジュ、ジューシー!」
これが貝類かと驚くほど、滑らかな舌触り。
これぞ天下の逸品と言える。
土地の名物をしっかり味わって、移動してきた体を慣らしたら、また出発である。
「フワー、三重県よ!伊勢の国だわ。ついに関西に入ったのね!」とミケコが言えば、
「あら、ここら辺は、まだ東海じゃないの?」と答えるタマコである。
「えー、でも、近鉄の電車が走っているわよ」
「近鉄は名古屋まで乗り入れているもの」
地域的には、三重は、東部は名古屋圏、西部は関西圏だと言えるかもしれない。
土地の人が使う方言も、西に行くにつれて、関西風のイントネーションが増えてくる。
だが、所詮、行政区分や地域区分などというものは、人為的なものである。
便宜的に分けただけのことだ。
実際には、ここまでは東海、ここからは関西、などという境界線はない。
「人も土地も、だんだんと変わっていくのかしらね」
「そうよ、そうよ。人の感覚は、急に変わったりはしないもの」
空気感の変化を肌で実感しながら、市街地を四日市方面へと滑り抜けていった。




