宮 その2
「ちょ、ちょっと、一茶さん!?」
「私たち、まだ桑名には……って、あれ?」
伊勢湾に向けて進むと思いきや、船は、あさっての方向に進み始めた。
「今、遡っているのは、堀川です」と、一茶は説明した。
堀川とは、名古屋市内を流れる川。
伊勢湾と名古屋城を結ぶ、運河である。
「と、言うと?」
「そこを遡っていると言うと?」
と、ミケタマの二人は顔を見合わせた。
「じゃあ、今、私たちが行こうとしているのは……」
「もしかして、名古屋城……?」
船は名古屋の市街地の間を通り、あるところで止まった。
見上げれば、悠々と聳える、巨大な天守閣。
薄緑色の屋根の上には、睥睨する、二匹の金のシャチホコ……。
他の大名とは格段の財力の違いを見せつける、徳川家の威容を示す城郭が聳え立っていた。
「ようこそ、お二人さん。弥次喜多グループ最新のリゾートホテルへ」
と、異様な熱を帯びた調子で一茶は言った。
「リ、リゾートホテルって……?」
「一茶さん、私たち、今日はここに泊まるんですか?」
勝ち誇ったように、一茶は頷いた。
昨日、岡崎城で彼が言っていた、大きな仕事とは、堀川の用地買収、および、名古屋城のホテルへの改装であったのだ!
広い敷地内を、上の空で、一茶の後を付いていく。
特にミケコは、フワフワとまるで雲の上でも歩いているような心地であった。
「いらっしゃいませ」
「ようこそ、おいでくださいました」
天守閣の玄関で、整列して出迎えてくれたのは、武者姿に扮装した、スタッフの人たち。
「うむ」
と、戦から帰還した戦国大名のように、威厳たっぷりに頷いて、一茶は中に入っていく。
案内されたのは、高層階にある特別客室、家康スイート。
和で統一された雰囲気ながら、キングサイズのベッドがしっくり似合っている。
大きな窓からは、眼下に広がる名古屋の街が一望できた。
真冬の日はすでに落ち、都会のビル群のイルミネーションが、まるで星空を上から眺めたみたいに、中空に敷き詰められていた。
「信じられないわ。私たち、ただ東海道をスキーで滑っていただけよ。どうして名古屋城の天守閣にいるのかしら?」
ミケコは熱に浮かされたように言った。
「あなた、大丈夫?ぼーっとして、変な男に引っかかったりでもしたら、いやよ」
と、タマコは相方を気遣う。
ベルが鳴って、ドアを開けると、そこには若い武者姿のスタッフが。
「お食事の用意ができました」
食事会場は、最上階のレストランバーであった。
照明は抑えられ、ロマンティックなムードを作り出していた。
たおやかで、厳かなクラシック音楽が、控えめな調子で空間を包んでいる。
そこに、正装した一茶が出迎えてくれた。
鱒之助も、きちんとした格好に着替えている。
「ようこそ、おいでくださいました」
恭しく、手を差し出す一茶。
「一茶さん……」
ミケコは、彼に導かれるまま、白く細い手を預けた。
静々と、窓際のテーブルまで進んでいく二人を、タマコは見送った。
「あの子、完全に目の焦点が合っていないわ」
「ささ、タマコさんも。私がエスコートいたしますぞ」
と、ついでに調子に乗った鱒之助であったが、
「おかまいなくですわ。オホホホ」
と、軽くいなされてしまった。
一方、そのときの一茶は、こう思っていた。
(ミケタマの二人を嫁にするなどという、大それた野望を抱いていたが、あんなに酒を飲まれるとなると、こちらの身が持たない。ここは、少しでも脈のありそうな方を、確実にゲットする作戦に切り替えるか)




