掛川
ほうほうの体で、小夜の中山の茶屋を逃げ出した二人。
暗い山道を急ぐ。
「うう〜、街の明かりが恋しいわ」
「ねえ、あれ何?」
右手を見ると、山の向こうから巨大な黒い怪物がこちらを見ている。
ように見えた。
「め、目の錯覚じゃない!?ただの山よ、気のせい、気のせい!」
「誰も化け物だなんて、言ってないわよお〜!」
冬の山道である。
気温は氷点下に近いだろうに、スキーウェアの中は、嫌な汗でびっしょりだ。
「あ、あれは、何よお!?」と、ミケコ。
今度は左手を見る。
再びさっきのような、黒い巨大な怪物が二人を見下ろしていた。
ように、やはり二人には見えた。
「い、今はきっと、冬眠中だわよ!?」と、震える声でタマコは言った。
幽霊の正体見たり枯れ尾花である。
恐怖に取り憑かれていると、なんでもないものまで恐ろしいものに見えてしまうものだ。
二人が巨大な怪物に見えたのは、雄鯨山と雌鯨山である。
日坂から掛川へと抜ける東海道を、挟むように聳える二つの山だ。
心底、恐怖を感じながら、進むことしばらく。
やがて、ようやく山道は終わり、掛川の街の明かりが見えてきた。
「良かった〜」
「早く暖かい部屋に入りましょうよ」
都市の住人の営みを感じ、勇気が出て来た。
今宵の宿、掛川城まで来る頃には、二人は、すっかり落ち着きを取り戻していた。
チェックインしたら、まずは温かいお風呂に浸かって旅の疲れを癒す。
「ふう、生き返るわ〜」
「あったまるわ」
風呂上がりには、火照った体に冷たいビールを流し込む。
ビールとくれば、お共には餃子がいい。
ここ掛川ではないが、静岡の名物、浜松餃子を味わう。
円形に盛られた餃子の真ん中には、ゆでたもやし。
「キャベツの甘みがたまらないわ」
「ラードたっぷりだから、ゆでたもやしが合うわね」
お次も掛川ではないが、富士宮市のB級グルメ・富士宮焼きそばを食す。
「麺のコシが最高!」
「油かすのコクが効いてるわね」
デザートには、掛川名物・葛湯を一杯。
素朴な味に心癒される。
昔から掛川は、奈良の吉野と並ぶ、葛の生産地だ。
人心地ついた二人。
その夜は、安心してぐっすり眠った。




