日坂
「うわあ、暗くなってきたわね」と、ミケコは言った。
道は徐々に狭くなり、いよいよ峠越えに差し掛かる。
「冬の日は、あっという間に暮れちゃうわ」
そうタマコが言い終わるか終わらないかのうちに、日はとっぷりと暮れてしまう。
二人は、小夜の中山と呼ばれる地域に入っていた。
ゴーン。
山の方で、重々しい、鐘の音が鳴った。
「今の音、何?」
「お寺よ。久延寺っていう、お寺があるみたい」
ここは急な坂道が続く、東海道の難所の一つ。
昔は山賊が出て、旅人を悩ませたという。
「ねえ、ミケ。峠の手前で宿を取った方が良くなかった?」とタマコは言った。
「今さら、遅いわよ。どうしても掛川城まで行くんだから」
そう言ったミケコも、内心、少し後悔していた。
すると。
おお〜ん、おお〜ん……。
地獄の底から響いてくるような、重苦しい音が聞こえてきた。
「ひいっ、な、なによ、今の音!」
「か、鐘じゃないのっ!?さっき近くにお寺があるって」
おおーん、おおーん……。
「ど、どう考えても、鐘の音じゃないわっ」
「だ、だったら、なんだって言うのよっ」
恐怖に怯えながら、暗い山道を急ぐ二人。
とにかく、こんな薄気味悪いところは、早く抜けるしかない。
そのうちに、小さな明かりが見えてきた。
「あ、あそこ、お茶屋さんがあるわ」
「良かった。誰か人がいるわよね」
ほっと一安心。
すがるように、休憩所に入った二人。
「いらっしゃい……」
と、出てきたのは、若い女性だ。
だが、顔の色は透き通るように白く、体も哀れなほどに痩せ細っている。
「日坂名物、わらびもちはいかが……」
と勧められるので、それをいただくことに。
「ね、ねえ、お姉さん。掛川までは、あとどのくらいかしら?」とミケコ。
「はい……、もうちょっとですよ。無事にこの峠を越えられたら……」
なんだか不気味なものの言いようである。
「あの、私たちさっき、変な物音を聞いたんだけど」とタマコ。
「はい……、あれは、夜泣き石と言いまして」
と言うと、お姉さんは奥に引っ込んでしまった。
「夜泣き石?」
「夜泣き石?」
怪訝そうに顔を見合わせる二人である。
やがて、わらびもちが運ばれてきた。
それは美味しかったのだが。
「実は、以前、ここで不幸がありまして……」
と、お姉さんは唐突に語り始めた。
「久延寺に安産祈願に来た妊婦さんが、帰りに山賊に襲われて殺されてしまいまして。あれは、そう、今日みたいな寒い冬の日でございました。こんな暗い夜のことでありました。その妊婦は寺に埋葬されたのですが、それからというもの、墓の方から、夜な夜な女の泣き声が聞こえてきます。不審がった寺の住職が墓を掘ってみますと、中から赤ん坊が出てきまして。その赤ん坊は、こんな飴で育てられたと言われています……」
と、お姉さんが飴を二人に渡そうとしたのだが……。
「ご、ご馳走さまーっ」
「お代はここに置いとくわっ」
ミケタマの二人は、慌てて席を立って、店を出ていってしまった。
「あ、あのお姉さんが、その殺された妊婦さんだわっ」
「幽霊になって、飴で赤ん坊を育てる話よっ」
スキーのジェットエンジンを全開にして、ひた走りに滑っていく。
一方、峠の茶屋では、お姉さんが不思議がっていた。
「あら、サービスの飴玉、いらないのかしら……?変わった人たちだわ……」
ちなみに、夜泣き石の伝説は諸説あるが、かわいそうに思ったお坊さんが、飴で赤ん坊を育てたことになっている。
めでたし、めでたし……。
よくある、幽霊が飴を買いに来た話とは別の話だ。




