江戸・日本橋 その3
休憩所にいたのは、何やら怪しげなオヤジである。
弥次喜多グループのスタッフのはずだが、こんな人はいただろうか?
だが、巨大企業の弥次喜多グループである。
本社の受付嬢と言えど、知らない人もいっぱいいる。
「お嬢さんたち、水盃だよ。やっていくかい?」と、怪しげなオヤジは、二人に盃を渡した。
疑わずに、受け取るミケタマ。
「旅の無事を祈って、乾杯!」とミケコ。
「別れを惜しむ人はいないけどね」とタマコ。
乾杯して、中の液体を一気にあおった。
「あれ、これって!?」と驚くミケコ。
「本物のお酒じゃない!」とタマコも目を丸くする。
水盃のはずではなかったのだろうか。
意外な顔の二人に、怪しげなオヤジは密かに不気味な笑みを浮かべた。
だが……。
すぐに二人はにこやかな顔になった。
「おじさん、おかわりある?」
「私も、もう一杯!」
さっきの寿司屋では、朝だということでお酒は我慢した二人。
思いがけない僥倖に大喜びだ。
「え、も、もう一杯!?」
と、オヤジは休憩所の奥をチラッと見た。
何かあったのだろうか?
一つ頷くと、ミケタマに向き直った。
「じゃ、じゃあ、心ゆくまで飲んでいって」
「え〜、本当〜!?」
「嬉しい!オヤジさん、大好き!」
「エ、エヘヘ……」と、オヤジは鼻の下を伸ばした。
それからしばらくののち。
「おじさん、ありがとね〜」
「おいしかったわ」
しこたま飲んだ二人は、東海道最初の宿場町・品川に向かって滑り出していた。
二人の姿が見えなくなると、休憩所の奥から、品の良さそうな若い男と、これまた品の良さそうなロマンスグレーの初老の紳士が現れた。
どちらも高級そうなスキーウェアを身に纏っている。
ウェアの胸には弥次喜多グループの製品であることを示す、弥次喜多マークが。
「しっかり飲ませたな」と、若い方が休憩所のオヤジに声をかける。
「はい、お坊っちゃま」と、怪しげなオヤジは答えた。
「くくく、上出来だぞ」と、お坊っちゃまと呼ばれた若い男はほくそ笑んだ。
何を隠そうこの男、弥次喜多グループの御曹司、弥次喜多一茶である。
「水盃と見せかけて、本物の酒を飲ませる。酔っ払った彼女たちは、どこかでしくじるに違いない。そこを僕がカッコよく現れて助けるのだ。カッハハハハ」
実は一茶は、社内きっての美女である、ミケタマの二人を狙っているのだ。
彼女たちをわざと窮地に陥らせて助け出し、自分に惚れさせようという魂胆だ。
「ところで、坊っちゃん」と、ロマンスグレーの初老の紳士が口を開いた。
「なんだ、爺?」
一茶に爺と呼ばれたこの男、彼の秘書の歌井鱒之助である。
「坊っちゃんは、ミケコ殿とタマコ殿の、どちらをご所望ですかの?」
「フフフ。爺よ、君は誰に向かって聞いているのだ?」
「と、言いますと?」
「良いか、爺よ。僕はこれから七代目弥次喜多グループ当主になろうという人間だ。ミケタマのどちらかを僕の嫁に、などという、小さなことではないのだ。僕が欲しいのは、ミケタマの二人。二人ともだ。それこそ、世界に名だたる七代目当主に相応しいと思わぬか」
「しかし、日本の法律がそれを許しませぬが」
「それが小さいと言っているのだ、爺よ。法律など変えてしまえば良かろう。我が弥次喜多グループの力を持ってすれば、政界に圧力をかけて、一夫多妻制を実現させることも、不可能ではない」
「おお、なんという大それた野望。さすがは次期弥次喜多グループ当主であらせられます」
「カッハッハッハ!」
一茶は、自分のプランに酔い、高笑いした。
「ですが、いいのですか、坊っちゃん」と、鱒之助は言った。
「なんだ?」
「朝からこれだけ飲まれるとなると、先が思いやられるような気がしますが」
そこには、空になった日本酒のビンが散乱していた。
「い、今だけだ、今だけ!この計画が成功すれば、晴れて彼女たちは僕のお嫁さん。そうなれば、いくら彼女たちだって、愛する僕のためにお酒を控えるだろう」
「そうですかのう……?」
「それより早く彼女たちを追跡するぞ。爺よ、手抜かりはないだろうな」
「はい、それはもう」
と、一茶と鱒之助は、各々のスキーにエンジンをかけて、ミケタマの後を追った。
だが……。
そんな二人を、陰から見つめる二つの目があったのである!




