島田 その2
幸いなことに、中でオールを漕ぐ心配はなかった。
この越すに越されぬドラゴンボート号は、胴体の脇を大勢の人足ロボットが担ぐようになっており、ロボットたちが川底を歩いて渡るようになっていた。
「船内には、美味しいワインも用意してあります。いかがですか?」
と、一茶がお酒を勧めてきた。
「あら、気がきいていますこと」
「それじゃ、遠慮なく」
グイグイと、素晴らしい飲みっぷりの二人。
「失礼ですけど、お代わりを頂けませんこと?」
「できれば、ボトルで」
「どうせなら、樽はないかしら?」
「それはいいわね」
「どうぞ、どうぞ」と、太っ腹なところを見せる一茶だったが、どことなしに顔が青白い。
そんな彼に、鱒之助がこっそり耳打ちする。
「良いのですか、坊っちゃん。もし彼女たちと一緒に暮らしたら、これが毎日続きますぞ」
「だ、大丈夫だ。弥次喜多グループ秘蔵の酒蔵があったであろう?」
「あるにはありますが、このペースで飲まれたら、一年持たないと思われます」
「な、何とかなるだろう」
しかし、一茶は改めてミケタマの飲みっぷりを目の当たりにして、内心身が縮こまる思いであった。
(だ、大丈夫だよな、大丈夫。きっと結婚したら、落ち着くはずさ。ね?)
そんな一茶の心配をよそに、順調にクルーズを続けるドラゴンボートであったが、川の中腹まで差し掛かった頃であった。
「ぼ、僕は少し外の風に当たってきます。お二人は、どうぞこのまま船内でお寛ぎください」
気持ちを落ち着けようと舳先まで出てみたとき、一茶は船の異変に気づいた。
「うん、これは?」
「どうされました?」
心配して出てきた鱒之助。
「さっきから、船が一向に進んでいないのだが」
「何と?」
「これはどうしたことだ?」
一茶が部下に聞くと、こう答えが返ってきた。
「人足がストライキを起こしています」
「何?ロボットがストライキを起こすわけないではないか」
「ですが……」
しかしよく見てみると、一茶の目にも、本当に人足ロボットがストライキを起こしているように見える。
ロボットたちが何やら言っているようだ。
「給料を倍にしてくれないと、動かねえ」
「さもなければ、川ん中、放っぽり出しちまうぞ」
「これは、何としたことか」と鱒之助は唸った。
「くうう、リアルに作りすぎたのがまずかったか」と、困る一茶。
そこにミケタマがやってきた。
「ねえ、一茶さん。船内のワインがなくなっちゃったんだけど」と、手に持った空のグラスを振るミケコだったが。
「あ、い、いやっ」
どうも一茶たちの様子がおかしい。
「もしかして、またバグが出たんですか?」と、タマコが察した。「そういえば、一茶さんはそのために来てらっしゃるのよね」
「そ、そうです。ま、また例のバグです」と、咄嗟に一茶はそういうことにした。「きっとまた風魔忍者のせいでしょう。でも、僕がいますから、お二人は大船に乗ったつもりでいてください」
などと大きなことを言ってしまった一茶であったが、
(どうしよう。このバグは僕が起こしたものではないし。まさか本当に忍者の仕業だったら、どうする?)
と、内心ビクビクものである。
しかしそれをミケタマに悟らせるわけにはいかない。
「ふ、風魔忍者め!こんなことで我が弥次喜多グループを妨害しようったって、そうはいかないぞ!よし、いいかお前たち!全員で力をあわせて、このバグを解消するのだ!」
と、カッコつけて部下に指示を出したはいいが、部下にしたって、どうしたらいいのかわからない。
船内のコンピュータ室で、カタカタやってはみるものの、一向に改善の気配はない。
ただ、右往左往するだけで、船は川の真ん中で立ち往生である。
実はこれは、弥次喜多グループのライバル企業、十返舎開発に雇われた甲賀忍者、多羅尾ユラが起こしたものである。
彼はミケタマに京都三条大橋の欄干の擬宝珠を、破壊プログラム入りのものに取り替えさせるべく、本物のバグに見せかけた様々な妨害工作を仕掛けているのだ。
だから、このバグも、もうまもなく勝手に解消する予定であったのだが……。




