第3章:苺ミルクと、夕焼けの帰り道
「アイ……アイム・フロム……」と僕は答えようとしたけれど、大樹は待ってくれない。彼は隣の席の椅子を奪い、逆向きに座って、馴れ馴れしい態度で僕たちの方を向いた。
「静香ちゃん!新入生を独り占めするなよ!」と彼は日本語で叫んだ。何を言っているのかはわからなかったけれど、その口調で意味はすぐに伝わった。
彼は僕の手にあるおむすびを見て、それから何も載っていない空っぽの机に目をやった。そして、ドラマチックに目を見開いた。
「NO LUNCH?! OH MY GOD!」大樹は自分の額を強く叩いた。そして前触れもなく立ち上がると、後ろにいるクラスメイトたちに向かって叫んだ。「おい!新入りが弁当忘れたってよ!誰か余ってるもんないか?!」
「大樹くん、やめてよ!」静香が赤くなって抗議したけれど、もう手遅れだった。
数秒のうちに、他の生徒たちが集まってきた。ビスケットをくれる子、お弁当からソーセージを分けてくれる子、ゆで卵を差し出してくれる子。さらに、イチゴミルクを一本くれた子までいた。さっきまで寂しかった僕の机は、一瞬にして食べ物の「寄付」でいっぱいになった。
僕はその輪の真ん中で立ち尽くした。恥ずかしさで火照っていた顔が、今は別の理由で熱くなっていた。相変わらず彼らが何を話しているのかはわからない。けれど、親指を立てて笑う大樹を見て、僕は気づいた。ここでの生活は、思っていたほど孤独ではないかもしれない。
机の上の山積みの食べ物を見つめた。ビスケット、温かいソーセージ、ゆで卵、そして笑顔で差し出されたイチゴミルク。新しいクラスメイトたちの賑やかな声が、言葉はわからなくても、突然僕を包み込んでくれた温かい抱擁のように感じられた。
突然、喉の奥が熱くなり、こみ上げてくる感情を抑えきれなくなった。唾を飲み込んで耐えようとしたけれど、瞳が先に裏切った。視界がぼやけ、目の前の大樹と静香の姿がゆらゆらと揺れ始めた。
鼻の奥がツンとする。
「え?泣いてる?」大樹の大きな声が、急に慌てたように低くなった。
僕はすぐにうつむいて顔を隠そうとした。けれど、一滴の涙が静香からもらったおむすびの上に落ちた。自分がとても惨めに思えた。言葉が通じないのも、お弁当を忘れたのも恥ずかしいし、何よりみんなの前で泣いてしまう自分が情けなかった。
でも、止まらなかった。異国の地で一人きりだと感じていた心に、この優しさはあまりにも大きすぎたのだ。
「す、すみません……」僕は震える声で、たどたどしく呟いた。手の甲で乱暴に目をこすったけれど、涙はますます溢れてきた。
その時、肩にそっと手が触れた。大樹のような力強い叩き方ではなく、ためらいがちな、でも優しい感触。少し顔を上げると、静香が小さな花柄のハンカチを差し出してくれていた。
「大丈夫だよ」と彼女は今度は笑わずに、優しく言った。その真っ直ぐな笑顔は、戸惑ってもいいんだよ、と言ってくれているようだった。
さっきまで慌てていた大樹は、痒くもない頭をかきながら、またおどけてクラス中に叫んだ。「おい!新入りが俺たちの飯に感動してるぞ!あいつ、日本が大好きだってよ!」
クラスにまた小さな笑い声が広がった。けれど今度は、馬鹿にするような笑いではなかった。それは歓迎の合図のように聞こえた。涙をこらえながら、僕はイチゴミルクを手に取り、震える手でストローを刺して飲んだ。
それは、とても甘かった。言葉が通じなくても、僕たちの心はもう繋がり始めているのだと教えてくれるような、そんな甘さだった。
放課後のチャイムが廊下に響き渡り、夕方の影が伸びてきた。まるで嵐のような感情の波を通り抜けて、エネルギーを使い果たした気分だった。僕はバッグを整理し、真っ白な歴史の教科書と、みんなからもらった食べ物の空き袋を詰め込んだ。
「さよなら!」
「お疲れ様!」
そんな挨拶が飛び交う中、僕は通り過ぎる一人一人に小さくお辞儀をした。不自然な笑顔のせいで、頬の筋肉が少し痛くなった。
下駄箱に着くと、辺りは少し静かになっていた。白い上履きを脱いで、朝はあんなに違和感のあったスニーカーに履き替える。今はもう、帰りを待っていてくれる古い友人のように感じられた。ロッカーの木の香りと夕方の埃の匂いが鼻をくすぐる。
大きな校門を押し開けた。外に出ると、日本の空は濃いオレンジ色に染まっていた。アニメで何度も見た、あのトワイライトの景色が目の前にある。また瞳が潤んできた。
春の風が優しく吹き、数枚の桜の花びらが僕の制服の肩に舞い降りた。
僕は駅に向かってゆっくりと歩き出した。足取りは、今朝よりもずっと軽くなっていた。




