(7)夕食の食卓
綾子と別れ、浮かれない顔で家へ帰った拓二は、台所で夕食のしたくをしていた知子に、先刻聞いたばかりの話を伝えた。
「オヤジの会社の人から聞いた話なんだけど、オヤジの会社、倒産しそうなんだって」
さぞ驚くだろうと思って言ったのだが、知子は特に驚く様子がない。
「オヤジはだいぶ借金しているらしい。しかも、かなり危ないところからも借りているそうだよ」
これなら驚くだろうと思って言ったのだが、知子はやはり驚く気配がない。
拓二は不審に思ったが、ああ、知子はもう知っているのだ、ということに気がついた。
「お母さん、もう知ってた?」
「うん」
一大事出来、いざご注進、とばかりに勇んで知子へ伝えたのに、拓二は拍子抜けしてしまった。
「何だ、知っていたのなら、なぜ今までオレに教えてくれなかったの? 家族にとって大問題じゃないか?」
拓二は詰問するように知子へ言った。しかし、知子は答えなかった。
「お兄ちゃんはこのこと知ってるの?」
「ううん、一雄も三郎も知らない」
「そう」
「ところで拓二、会社の人から聞いたって、どうして? 会社の人と会ったの?」
「えっ」
綾子から聞いた、と言えば、めぐりめぐってそのことが富雄の耳に入らないとも限らない。そうなると、綾子の立場が不利になるかもしれない。
綾子はもうすぐ会社を辞めると言ってはいたが、だからと言って、ここで安易に綾子の名前を出すのはまずいと思った。
「それは言えない。言ったら、せっかく知らせてくれたその人の立場が不利になるかもしれない。分かるよね?」
「うん」
「もうオヤジから生活費はもらえないよ。小遣いもあきらめた。貯金があるから、とりあえず大学卒業するまでの小遣いは何とかなるとは思うけど」
高校から帰っていた三郎は、居間でゲームをしていた。三郎は台所での知子と拓二との会話を聞き、二人を見ていたが、特に何も言わなかった。
やがて一雄が仕事から帰ってきた。
一雄は帰ってくるなり、知子に、
「今日、昼にラーメン屋へ入ったら、店員がかけていたメガネが牛乳瓶の底みたいに分厚くて、目がこんなに大きく見えたんだ。ハンパじゃなかったぜ」
と言った。知子は、そう、と聞き流したが、一雄はさらに続けた。
「その店員が俺のテーブルにラーメンを運んできたとき、そいつと目が合ったんだけど、その目のでかさに思わず引いたぜ」
拓二は、何をのんきなことを言っているのだ、と思い、言葉を発しかけたが、自分もこれまで富雄の会社の状況を知らずにのんきだったことを思い、言うのをやめた。
「お兄ちゃんにも話すよ」
一雄が二階の自室へ着替えに行った後、拓二は知子にそう言った。知子はうなずいた。
夕食は唐揚げとわかめの味噌汁、レタスとトマトのサラダ、それにほうれん草のおひたしであった。
「ちょっと話がある」
拓二が一雄に話を切り出した。
「オヤジの会社が倒産しそうな状況らしいんだ」
一雄は箸を止め、拓二を見た。
「誰から聞いた?」
「オヤジの会社の人から聞いたんだ。お母さんはもう前から知っていた」
「ふーん、そうなんだ」
「オヤジはだいぶ多額の借金をしていて、今ではもう、かなり危険なところからも借りているらしいんだ。会社の社員も何人か辞める人が出ている様子で、仕事が回らなくなる可能性もあるみたいなんだって」
「危険なところって?」
「はっきりとは分からないけど、たぶん、闇金融とか暴力金融とか、そういうところからなんじゃないかな」
「金融業者のオヤジが、ほかの金融業者から金を借りているなんて、笑える話だよな。もしトイチ金融からなんて借りたら、元本はおろか、利子を返すことすらままならなくなるって言うからな」
そう言って、一雄は笑った。
笑い事ではないのに、と拓二は思ったが、そのことには触れずに続けた。
「そんな状態だから、来月以降もオヤジからの生活費はもうあてにできないと思う」
「こっちには金を入れられないけど、女の方にはちゃんと金が渡っているんだろうな。そう思うとムカつくよな」
「そうなんだ。腹が立つ」
「ただ、リーマンショック以降、今はどこも厳しいみたいだ。実際俺も、最近は文房具の売上がかなり落ちているのを実感しているんだ。客もなかなか渋くてね。かなり値引かないと買ってくれないんだ」
「景気がだいぶ落ち込んでいるからね」
「オヤジの会社も相当苦しいんだろうけど、今が踏ん張りどころなのかもしれない。ここで踏ん張れば、また浮き上がるチャンスもあるんじゃねえのか?」
「そうかな?社員が何人も辞めてしまうような状況だから、踏ん張りがきかないんじゃないかな?」
拓二は、一雄が少し楽観的過ぎると思い、反発を覚えた。
「生活費だけど、お母さん、ウチに余裕あるの?」
一雄が聞くと、知子は、
「とりあえず、拓二が大学を卒業するまでは大丈夫」
と答えた。
大学卒業まであと四ヶ月弱だが、知子がそれまでは大丈夫と言ったのだから、恐らくその倍の期間は大丈夫なのだろう、と拓二は思った。
「まあ、来月ぐらいに急に持ち直すこともあるかもしれないし。今はまだ騒いでもしょうがない。もう少し様子を見ようぜ」
一雄はそう言って、たばこを吸うために外へ出て行った。
三郎は、みんなの話を黙って聞いていたが、不安そうな面持ちのまま、結局何もしゃべらなかった。
「まあ、とにかく、来月まで待とうか?」
知子がそう言ったので、この問題は一旦、保留することになった。




