(6)ショック
待ち合わせの喫茶店へ入ると、綾子はすでに待っていた。
綾子と目が合った。拓二の心臓の鼓動が早くなった。
「こんにちは」
「突然でごめんね。いろいろ忙しいでしょ?」
「いいえ、大丈夫です」
拓二は席に座ると、コーヒーを注文した。
「拓二くん、大学院に行くんだってね。すごいね」
「いいえ、それほどでも」
拓二は、自分の語彙が乏しいことに我ながらあきれた。電話で話していたときから、綾子に対して、はい、とか、いいえ、とか、大丈夫とか、そんな言葉しか返していない。
コーヒーが運ばれてくると、綾子は話し始めた。
「実は、もう知っているかもしれないけど、お父さんの会社、危ないみたい」
「えっ?」
もしかしたら、と、拓二は漠然と感じてはいたが、会社が危ないというのは初めて聞く話である。
「資金繰りが相当悪化していて、私たちの給料を払うのもやっとみたい」
家族の生活費も出せないぐらいだから、そうかもしれない。拓二はそう思った。
「来月の給料は出ないかもしれないの。お父さんはもう、あちこちからだいぶ借金しているみたいで」
借金までしているのか、と、拓二は、富雄の会社は本当にまずい状況なのだと思った。
「いつもあちこち電話をかけてお金を借りようとしているけど、なかなか貸してもらえないみたい。今ではもう、危ないところからもお金を借りているらしいの」
危ないところ、とは、闇金融とか、暴力金融とか、そういうところを指すのであろう。
「初めて聞きました。会社はそんな状態だったんですね」
拓二はコーヒーにミルクを入れてかき混ぜ、一口飲んだ。
「今日、社員が一人辞めたわ」
綾子はレモンティーのカップを持ったまま、
「私も会社辞めるつもりなの」
「えっ?」
辞めちゃうのか、と拓二はがっかりした。と同時に、富雄の会社は本当に危ないのではないか、と強い危機感を抱いた。
社員が次々辞めるような状況なら、そもそも仕事が回らなくなる。売上は伸びず、資金回収もままならない。そうなれば資金繰りはますます悪化し、やがて倒産に至ることは避けられない。
「知りませんでした」
綾子の話を聞いて、拓二は、そんな状態なら、来月も生活費や小遣いは望めない、と確信した。
それどころか、今後はもうそれを望むのは無理だろうし、さらに言えば、大学は卒業できるとしても、来年、大学院へ進学することはできなくなるのではないか、とも思った。
拓二は、先日、富雄の会社へのんきに小遣いをもらいに行った自分が恥ずかしかった。
(きっとあの場にいた社員たちは、オレのことを「ドラ息子」だと思っただろう。父親の会社が傾きかけているというのに、大学生の息子はのこのこと小遣いの無心に来るとは。まったくおめでたい奴だと)
拓二は、コップの水を一気に飲み干した。
「もし拓二くんがこのことを知らなかったら、来月もまた会社へ来て、お父さんとけんかすることになると思って……。余計なことだったらごめんね」
「そんな、知らせてくれてありがとうございます。とても助かりました」
拓二は、一息置いてから続けた。
「それより、綾子さんは、会社辞めてどうするんですか?」
「実は来年、結婚するの。だから、それまでは喫茶店かレストランでアルバイトしながら、花嫁修業でもしようかと思っているの。私、料理なんてからきし駄目だから、母に料理を教わらないといけないし」
「……そうだったんですか。それはおめでとうございます」
「ありがとう」
拓二は寂しさを感じると同時に、小さな恋があっけなく終わってしまったかのような喪失感を味わっていた。
「へへへ……」
意味もなく笑うと、拓二は冷めたコーヒーを飲み干した。




