(4)拓二の家族
拓二は大学入学以降、富雄から多めの小遣いをもらっていたのと、三年生まではファーストフード店や家庭教師のアルバイトをしていたため、小遣いには困っていなかった。四年生になると、卒業研究が忙しくなり、アルバイトを辞めたので、収入は富雄からもらう小遣いだけになったが、これまでこまめに貯金していたので、多少の蓄えはあった。
拓二には、兄と弟がいる。
兄の一雄は拓二よりも二つ年上で、高校卒業後、文房具用品の営業の仕事に就き、今もその仕事を続けている。比較的よくしゃべる性格であり、仕事から帰って来ると、その日にあった出来事を知子に話したり、パチンコで大損したとか、競馬で儲かったとか、そんなことを他愛もなくしゃべる。
拓二は、一雄は一面、富雄に似て軽いところがあるが、社交的な性格であり、営業職に向いている、と思っていた。また、一雄は知子に、毎月いくばくかの食費を納めているらしいが、拓二はその具体的な金額を知らされていなかった。
弟の三郎は、拓二よりも六つ年下で、現在、高校二年生である。一雄とは逆に寡黙な質で、家族に対して自分から話しかけることはほとんどせず、話しかけられると言葉少なに返答する、といった性格である。高校から帰ると、居間で本を読んだり、携帯ゲーム機でゲームをしたりして静かに過ごしている。
拓二は、三郎は富雄には似ておらず、かと言って知子に似ているようにも見えず、分類しにくい男子である、と思っていた。
拓二は自分自身を、一雄ほど饒舌ではなく、三郎ほど寡黙ではない、とみており、二人を足して二で割ったようだ、と思っていた。三兄弟が饒舌から寡黙まで段階的に並んでいるようにみえることを拓二はおもしろがっていた。
母の知子は専業主婦である。以前、知子がひそかに内職を始めたことがあったが、それを知った富雄が、
「俺を馬鹿にしているのか!」
と激怒し、内職の部品や道具を全部外へ放り投げてしまった出来事があった。
富雄にとって、妻が内職するということは、夫の稼ぎが足りない、と言われているのと同義であるらしい。それ以来、知子は内職はもちろん、外へ働きに出ることもなく、専業主婦として慎ましく生活していた。
知子と息子三人が現在住んでいる家は、富雄が以前、借金のカタに入手した一戸建てではなかった。あの家は抵当物件であり、金融機関なども絡んでいて所有権が複雑で、最終的には裁判所の裁定によって、物件は金融機関の所有となった。そのため、富雄一家は立ち退くことになった。
知子と息子三人は家探しが必要になったが、富雄は自分が家族と同居していないためか、他人事のように家探しには関与せず、知子一人が奔走した。
結局、知子の義兄(姉の夫)である誠司の口利きで、期間限定で借りられる家が見つかり、そこへ入居することになった。現在住んでいる家がそれである。
しかしこの家は、一戸建ての二階家ではあるが、一階は六畳の居間と台所、風呂、トイレ、二階は六畳が二間という二LDKであり、四人が住むにはやや手狭であった。部屋割りは、二階の六畳二間は一雄と拓二がそれぞれ自室として使い、一階の六畳の居間はみんなの居室であると同時に、知子と三郎の寝室、ということになった。拓二は、知子と三郎には申し訳ないと思いながらも、大学生になり、自室がないと何かと不便であることから、
(当面はこの部屋割りで仕方ない。いずれ見直しを検討しよう)
と自分を納得させていた。
しかも、この家が借りられるのは、家主が転勤で別の土地へ行っている間だけであり、家主が戻ってきたら明け渡す契約になっていた。
拓二は、自分たち家族は住む場所も安定せず、宙ぶらりんであるという不安定さを感じていた。それは母の知子が一番強く感じていることだったが、それを思うにつけ、
(女にはマンションを買い与えたというのに)
と、富雄に対する拓二の怒りは増幅するばかりであった。
知子は、富雄の愛人囲いを本心から許しているわけではなかったが、毎月の生活費さえ入れてくれればいい、と半ばあきらめている様子だった。富雄に愛人がいることを初めて知った頃の知子は、そのことがつらくて、毎晩寝酒を飲んで息子たちに愚痴をこぼすようなところがあったが、今ではそれもなくなった。富雄には生活費以外のことは一切期待しないことに決め、日々の生活を平凡に過ごせればそれでいい、と達観しているように見受けられた。
それなのに、その最後の砦とも言うべき生活費が富雄から入らなくなった。先月分と今月分の二ヶ月分が「不渡り」になったわけだが、会社が不渡り手形を二回発生させると、その会社は信用を失い、倒産に至るという。富雄が二ヶ月分の生活費を入れなかったこと、それに加えて拓二の二ヶ月分の小遣いを出せなかったことは、どう解釈したらよいのだろうか。
拓二はそんなことを考えていた。大まけにまけて、「不渡り」がこの二ヶ月分だけの話で終わり、来月からこれまでのように富雄が生活費も小遣いも入れてくれるのであれば、また従来通りの枠組みで生活を続けていけばいいだろう。
だが、もし来月も駄目だったら、もう富雄はあてにすることができないと判断し、従来とは別の枠組みの生活を考える必要があるかもしれない。富雄は確かに、
「来月は大丈夫、約束する」
と言っていた。その言葉が本当か否かは、来月になれば分かる。
拓二はそういう考えにまとまり、この件は一旦、来月まで保留とすることにした。




