(3)日本武道館
家に帰り着いた拓二は、憮然とした表情のまま居間を通り過ぎ、二階の自分の部屋へ入って、カバンを床に投げ置いた。知子が、
「おかえり」
と言ったが、拓二は返事をしなかった。拓二の頭の中に、先刻、富雄とやり合った興奮の余韻がまだ残っていた。拓二は目をつぶり、ゆっくりと首を前後左右に動かして、血がのぼってほてった頭を冷やそうとした。
気持ちが落ち着くと、拓二は一階へ下りて行き、知子に言った。
「オヤジのところへ行ってきた」
拓二は、富雄と面と向かうときは「お父さん」と呼ぶが、母や兄弟たちと話すときは、富雄のことを「オヤジ」と呼んでいる。
「そう」
「今月も小遣いもらえなかった」
「やっぱり」
「生活費、今月ももらってないんでしょ?」
「うん」
「大丈夫?」
「今は何とかなるけど。これがずっと続くと、厳しいかも」
心配性の母が、今は何とかなる、と言ったのなら、実際には、しばらくは大丈夫、という意味だ、と拓二は解釈した。
「しょうがねえオヤジだよね」
知子は何も言わず、苦笑した。
拓二は、以前から富雄の軽率な濫費ぶりが腹立たしかった。金回りが良くなった途端にぜいたくを開始し、ベンツに乗り、女を囲い、女にマンションまで買い与えた。
拓二も、車を買ってもらったり、毎月多めの小遣いをもらったりしていて、富雄のぜいたくの恩恵にあずかっていることは確かだが、調子に乗りすぎると、いざ状況が変わったときに痛いしっぺ返しを食らう羽目になるのではないかと、内心懸念していた。
実際、富雄が今そういう事態に直面しているのを見て、
(にわか成金の陥りやすい罠だ)
と、わが父のことながら嘲笑したい気分であった。
(絵に描いたような俗物)
辛辣ながら、拓二はそんなことを思った。
拓二は現在、大学の理工学部の四年生である。高校卒業後、一年間の自宅浪人の末、合格の切符を手にしたときの喜びは今でも忘れられなかった。
大学の入学式は日本武道館で行われた。大物アーチストのコンサート会場として頻繁に利用される有名な武道館へは、大学から徒歩で行くことができる。
入学式当日、一度大学に集まったスーツ姿の新入生たちが歩道を埋め尽くし、大挙して大学から九段下方面へ歩いて行く光景は壮観だった。外堀通りの桜並木も、北の丸公園の桜もちょうど見頃を迎えていて、拓二にとって、文字通り「サクラサク」の喜びをかみしめる思い出の一日となった。
日本武道館の正八角形の屋根の頂上には、魔除けの宝珠が据え置かれている。その形状が玉ねぎに似ていることから、葱台と呼ばれている。以前、あるロックバンドが、「大きな玉ねぎ」というモチーフで武道館のことを歌った曲のことを拓二は思い出していた。
高名な武道館が徒歩圏内にある都心の大学へ通える身分になったことが、拓二の自尊心を大いに満足させた。
(オレはもとよりエリートではない。だが、地道に自助努力を続けていけば、本物のエリートたちとも十分に伍していけるのではないか。浮かれることなく、地に足をつけて一歩ずつ着実にやっていこう)
入学式の間じゅう、武道館のアリーナ席に座りながら、拓二はずっとそんなことを考えていた。
拓二の大学では、四年生になると各教授が主宰する研究室のいずれかに配属され、卒業論文を書くための研究生活を送ることになっている。拓二は生物化学研究室に所属しており、普段は研究室で夜遅くまで実験をする毎日である。
先日、大学院修士課程の入学試験が行われ、拓二は無事合格した。
「せっかく理系に進んだのだから、修士課程ぐらい出なさい」
と両親からも勧められ、拓二自身も、就職を急ぐ必要もあるまいと思い、大学院への進学を決めたのである。
大学入学当初の頃、拓二は、大学院へは希望すればほぼ全員が進学できるのではないかと安易に考えていたのだが、実際には入学試験が行われて、約二割から三割が不合格になることを知ったのは四年生になってからである。
拓二と同じ生物化学研究室に入った四年生のうち、拓二を含めた四人が大学院の入学試験を受けたが、合格したのは拓二ともう一人だけで、二人は落ちてしまった。落ちた二人のうち、一人は別の大学の大学院の入学試験を受けて合格したが、もう一人は就職することになった。
「しくったよ。まあ、今からでも探せば就職口はあるだろうから、そんなに心配もしてないけどね」
そう言って、就職することになった同級生は力なく笑った。
大学院への進学を希望したものの、四年生の秋口に行われる入学試験に不合格となり、ショックが癒えないまま急遽就職活動をしなければならないのは大変なことだろうと、拓二はその同級生の気持ちを思いやったが、何だか勝ち組の余裕のようにも思えて、自分で自分が嫌になった。
だが、拓二の試験の出来は決して会心だったとは言えず、一歩間違えれば自分も不合格になっていたことを思うと、決して他人事とは思えなかった。




