(16)廃車手続きと、引っ越し
拓二は大学の卒業論文を完成させ、期日までに提出した。
すでに審査結果が出て、拓二は学士の学位を取得できることが決まった。
卒業式は三月下旬だが、その前にもうひと仕事、家の引っ越しが待っていた。
拓二は、知子や三郎と一緒に荷物を仕分けし、ダンボールへ詰める作業に没頭した。
富雄に買ってもらった車の廃車手続きと、借りていた駐車場の解約手続きも行った。翌月で車の車検が切れるタイミングでもあり、今後、維持費を負担することができないため、処分することにした。
大学在学中、拓二は車にはあまり乗らなかった。乗る機会があまりなかった。
駐車場の解約は簡単に済んだが、車の廃車手続きは面倒だった。
まず、車を解体業者へ運んで行って車を解体してもらい、前後二枚のナンバープレートと、解体完了の書類を受け取った。
後日、それらを持って運輸支局へ行ったが、その前に運輸支局付近に店を構える代書屋へ立ち寄り、行政書士に必要書類を作成してもらった。
その後、運輸支局へそれらを提出し、廃車手続き完了となった。書類は自分で作成する人もいるが、かなり大変なので、拓二は代書屋へ頼んだ。解体費用や代書手数料等、いくばくかの出費はやむを得なかった。
一雄はすでにワンルームマンションを借りて一人暮らしを始めていた。知子たち三人が引っ越すアパートのすぐ近くであり、行き来しやすい場所にあった。新築ではなかったが、まだ新しくてきれいな物件であった。
「こんなにきれいな部屋に住むのは生まれて初めてだ」
と一雄は言い、新しい生活に満足していた。
知子たちの引っ越しは、引っ越し業者を頼まず、レンタカーの一トントラックを借りて、荷台に荷物を載せてピストン輸送で運んだ。トラックは一雄と拓二が交代で運転した。
引っ越し先のアパートは二階建てで、一階と二階にそれぞれ二世帯ずつ、合計四世帯小さなの物件であった。築三十五年ということで、外観は古びていた。入居するのは二階の部屋で、鉄骨の外階段から上がるようになっていた。
「まるで刑事ドラマで、殺人事件の現場として出てくるアパートみたいだ」
一雄はそう言って大笑いした。拓二も同感だったので、一雄と一緒になって笑った。すると、知子と三郎も笑い出した。
「本当にそうね。刑事さんが聞き込みにやってきそうな感じね」
「アパートのベランダ側から犯人が外へ飛び降りて、フェンスを越えて逃亡しそうな雰囲気だね」
「そんなことばかり言ったら、アパートが気を悪くするわよ」
「そういうお母さんも笑っているじゃない?」
知子たち四人はしばらく笑いが止まらなかった。
アパートは六畳二間と六畳のダイニングキッチンという二DKの間取りだが、ダイニングキッチンが意外と広く、食卓テーブルと椅子を置いても、それほど窮屈には感じられなかった。
(あまりにも窮屈で狭い家だと、気持ちまで萎縮しそうになるが、ここなら昼間は陽が入って明るいし、悪くない)
拓二は安堵した。
六畳二間のうち、一間は居間兼知子の部屋、もう一間は拓二と三郎がシェアして使うことになった。
知子は、六畳の一部屋を拓二が一人で使うようにとすすめたが、拓二はそれを断った。
前の家では、一雄と拓二とで二階の六畳二間を占有したため、知子と三郎が一階の六畳居間で窮屈な思いをしていただろうと思い、拓二は、今回の部屋割りでは自分が遠慮しようとあらかじめ決めていた。三郎は今回も一人部屋にありつけなかったが、まだ高校生だからということで、いずれ機会が来るまで我慢してもらおう、と考えた。
「外観は古いけど、中は意外と悪くないね」
一雄がそう言った。
「確かにそうね」
「台所も、六畳二間もけっこう陽が入るしね」
「昼間も薄暗いと気持ちが滅入るけど、これなら大丈夫ね」
拓二は、これからこのアパートを拠点にして新しい生活を始めるんだ、と思い、気力が満ちるのを感じていた。自分たち家族には伸びしろがまだたくさんある。
(あと二年間、大学院生として甘えさせてもらうが、卒業したら大いに働いて、お母さんに楽をさせてあげよう)
拓二はそう思い、その思いを拠り所にすれば、自分はこれから相当がんばれる、と手ごたえを感じていた。
離婚届は、富雄が署名捺印した書類を知子のもとへ持ってきた翌日、知子が市役所へ提出した。これで法律上、正式に離婚が成立した。
知子はそれ以降、特に沈んだ様子もなく、てきぱきと引っ越しの荷物整理や梱包をしたり、引っ越しに必要な手続きを行ったりしていた。
「お父さんが歳をとったら、私が面倒をみるから」
泣きながらそう言っていた知子だが、それ以降、知子が富雄の話をすることはなかった。
あれは一時的に知子が感傷的な気分に襲われ、ああいうことを吐露してしまっただけのことであって、翌日にはもう吹っ切れたのか、それともまだ富雄への複雑な感情が知子の内面でくすぶっているものなのか、拓二には分からなかった。
我が母のことながら、知子の気持ちが分かるようになるには、これからまだ相当長い年月が必要なのではないか、と拓二は予感していた。




