↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
想い  作者: 宇山 了
PR
14/18

(14)また空手形

 

「オレは大学院へ行くことにした。お母さんが、学費は何とかするって言ってくれたから」

「そうか。それはよかったな」

 富雄は喜色を浮かべた。

「財産分与と慰謝料、養育費もいらないわ。これからは家族四人で細々とやっていくから」

 財産分与、慰謝料、養育費は、法律上は当然、知子に受け取る権利があるのだが、ここ四ヶ月、知子に渡すべき生活費すら捻出できない富雄から、そういう金をあてにすること自体が不毛であり、のちのちの揉め事の火種を残すだけの結果になりかねない。

 だから、すべて放棄することにしよう、というのが知子と三人の息子たちで話し合って出した結論だった。

「でも、本当にやっていけるのか? 知子が働きに出るのか? パートじゃあ、そんなに稼げるわけではあるまい。お前たち、路頭に迷うことになるぞ」

(もう四ヶ月も生活費を入れていないくせに)

 よくも路頭に迷うことになるぞ、などと言えたものだ。拓二はそう言い返したかったが、事を荒立ててはまずいと思い、その衝動を抑えた。

「今、ホテルの掃除とベッドメイクの仕事をはじめたわ。仕事するのは本当に久しぶり」

 知子はそう言った。

 拓二は、働きに出るようになってからの知子は、以前よりも表情が明るくなったと感じていた。

「俺と知子が離婚したら、知子の老後は誰がみるんだ? 拓二も一雄も三郎も、知子の世話ができるのか? 拓二、お前たちに責任が降りかかるんだぞ」

「じゃあ、離婚しなければお父さんがお母さんの老後の世話をするの? そんなことできるの? そもそも今現在、家族と一緒に住んでもいないのに」

 富雄は押し黙った。

「生活費だって、来月は大丈夫、約束する、って言っていたのに、結局大丈夫じゃなかったじゃないか。そんな状態だから、お父さんをあてにできないと思うのは当然じゃないか」

 拓二は、これ以上言うと富雄を怒らせてしまうと思い、一旦口をつぐんだ。

「やっと事態が好転しだしたんだ。あともう少しなんだ。資金繰りが回復したら、また生活費を渡せるようになるのはもちろんのこと、お前たちに一戸建ての家を買ってあげようと思っているんだ」

(また空手形か)

 拓二はあきれるしかなかった。

(そんな浮ついたセリフで、遠く離れてしまった家族の心を取り戻せるとでも思っているのか)

 拓二は富雄に対し、軽蔑の念すら抱いた。

「それは無理だと思うし、今日はそんな話を聞きに来たんじゃない。お父さんにはかなりの借金があるって聞いているし、かなり危ないところからも借りているとも聞いている。そんな連中がお父さんのところへじゃなく、ウチへ取り立てにでも来たらどうするの? お母さんが脅迫されるかもしれないじゃないか。お父さんは、お母さんをそういう危険な目に遭わせても平気なの? 家族を巻き添えにしてもお構いなしなの?」

 おっと危ない、と拓二は、自分のしゃべりすぎを戒めた。

 富雄は拓二をにらみつけ、一瞬顔色を変えそうになったが、やがて意気消沈したように下を向いた。

「そうか。確かに無理だな」

 富雄は力なくそうつぶやいた。

「分かった。これは預かる」

 そう言って、富雄は離婚届を自分のカバンへしまうと、伝票を手にとって席を立ち、足早に喫茶室を後にした。

 富雄がいなくなると、知子と拓二は緊張を解き、ふーっと息を吐いた。

「お疲れさま」

「ケンカにならなくてよかったね」

「まったく」

 拓二は、富雄の言葉の軽薄さに失望した。この期に及んで、お前たちに一戸建ての家を買ってあげようと思っている、などとよくもほざいたものだ、と怒りを募らせた。

(そもそも、金回りが良かったときからして、オレたち家族を期間限定の借家住まいのままほったらかしにしていたではないか)

 自分はああいう人間にはなりたくない、と、拓二は富雄を反面教師にし、みずからの生き方を戒めよう、とこのとき強く思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。