(12)母は強し
「実はね、借りられそうな家が見つかったの」
「えっ?」
息子たち三人は三たび、知子の話に驚かされた。
「誠司さんの知り合いが管理しているアパートがあって、そこなら即、賃貸契約を結んでくれるんだって」
「へぇー、そうなの」
誠司が知子に転居の話をした際、一つだけあてがあると言い、アパートのことを教えてくれた。
「ただ、そのアパートの間取り、六畳二間と、六畳のダイニングキッチンの二DKなんだって。四人が住むにはちょっと狭くて」
大の男が三人と、母の四人。確かに狭い、と拓二は思った。
「だから、一雄には一人暮らししてほしいの」
「えっ?」
「一雄なら、働いているから一人暮らし用の部屋がすぐに借りられるわ。でも、私が四人で住める部屋を借りようとすると、私が働いていなくて収入がないから、前みたいに審査がなかなか通らないと思うの。だから、誠司さんが紹介してくれたアパートとすぐに契約して、私と拓二と三郎の三人で住むのが得策じゃないかしら。もしこれを逃したら、また部屋探しで相当苦労することになるわ」
一雄が何か言おうとしたが、知子は続けた。
「一雄は一度、一人暮らしを経験した方が良いと思うの。これまでずっと家族と一緒に暮らしてきたけど、一人暮らしなら炊事、掃除、洗濯すべて自分でやることになるし、一人で暮らす気楽さも寂しさも経験できる。家族とは何かについて考える機会にもなるし」
知子はさらに続けた。
「お父さんと離婚したら、一雄に世帯主になってもらうことも考えたけど、一雄にはまだ荷が重いと思うし、負担をかけることにもなるから」
一雄はまた何か言おうとしたが、結局しゃべらなかった。
「拓二は大学院へ行ってね。間違っても大学院へ行くのをやめて、就職するなんて言わないでね。学費のことは心配いらないから。ただ、修士課程の二年間だけの約束よ」
拓二も何か言おうとしたが、言葉が出なかった。
大学卒業後、大学院へ進みたいというのは本心であったし、先日、知子からも大学院へ行きなさいと言われていたが、家族がこんな状況の中、のうのうと研究生活を送ることなどできないと思い、進学は半ばあきらめていた。
拓二は先日、大学の就職課へ行き、今春採用の求人がまだ残っていないかどうか確認していた。しかし、さすがにもうめぼしい求人が少なく、どうしようかと考えていたところであった。
「三郎は今度高三になるから、高校卒業後、進学するか就職するか、早めに考えておいてね。もし進学したいのなら、遠慮しないで正直に言ってね」
「うん」
三郎はそう返事した。
「三郎は進学か就職、どっちを希望するんだ?」
拓二がそう訊いた。
「まだきちんと決めていない」
「でも、高三になる前に決めておかないと。特に進学希望なら、今決めないと出遅れるぞ」
「そうだけど」
「まあまあ、これからしっかり考えればいいさ。なあ、三郎」
一雄が拓二を制して、三郎に言った。
「うん」
「一雄はどう? 一人暮らしできそう?」
知子が一雄に聞いた。
「分かった。俺は一人で住む部屋を探すよ。アパートにはお母さんたち三人で住めばいい」
一雄はそう答えた。
「でもオレ、大学院に行っても本当に大丈夫なのかな?」
「拓二は大学院へ行け。お母さんが行けと言っているんだから、大丈夫だ。いざとなったら、俺もいるし。その代わり、卒業して就職したら、お母さんへは倍返ししろよ」
拓二はうれしかった。
一雄に後押しされたので、拓二はようやく、大学院へ行こうという気持ちを固めることができた。甘い、と人から言われるかもしれないが、ここは知子と一雄に甘えて、あともう二年間、学生生活を過ごさせてもらおう。そうした方が、あとになってうじうじと後悔したりせずに済む。拓二は、そう自分を納得させた。
「分かった。オレ、大学院へ行くよ。ありがとう」
(これでようやく、今後の家族の方向性が定まりつつある)
それもこの夜、知子が複数の懸案事項を一気にさばいた結果だった。
拓二は、知子はいったいいつ、これらの懸案事項それぞれに決断を下したのだろうかと不思議に思わずにはいられなかった。
俗に、「女は弱し、されど母は強し」と言うが、今夜の知子がまさに「母は強し」に相当するのかもしれない。拓二はそんなことを思った。




