(11)母の決断
その日の夕食は、カレーライスとコロッケ、シーザーサラダに卵スープであった。
知子は、息子たち三人に伝えた。
「家主が四月にこっちへ戻ってくることになったから、三月半ばまでにこの家を出なければならなくなったの」
「困ったね。また物件探しに難儀するね」
一雄がそう言った。
「オヤジが世帯主だと、結局何かと不利になる」
(家探しが難儀するのは、世帯主である富雄が積極的に家探しに関与しないことが一番の原因だ)
拓二は、また富雄に腹を立てた。
「家に居ないのに『世帯主』だもんな」
一雄はそう言い、声をあげて笑った。が、拓二は笑わない。
「今月もやっぱり生活費を入れないし」
これで、四ヶ月続けて生活費が入らない。拓二も小遣いをもらえない。
「私、働きに出ようかな」
「えっ?」
知子がそう言うのを聞いて、息子三人はいっせいに知子を見た。
「でも、まだしばらくはお金、大丈夫なんじゃないの?」
「そうだけど、いつまでも大丈夫じゃないから。それに私、けっこう暇だし、暇な時間、働いた方が良いと思って」
もともと知子は、専業主婦でいるよりは、何か仕事をしていたい、と思っていたのだが、以前、内職を始めたときに富雄が激怒し、それ以来、仕事をするのを控えていた。
「お母さんが仕事したら、オヤジがまた激怒するよ」
一雄がそう言った。
「もう怒らないでしょ」
「そうだよ。オヤジは家にいないんだから、怒りようもないし、それに、生活費を入れないオヤジが、お母さんが働きに出るのを怒る筋合いはないよ」
拓二がそう言った。
「それもそうだな」
「三郎はどう思う?」
拓二は、寡黙な三郎にも話を振った。
「俺は、お母さんが働きに出たいのなら、そうすればいいと思う」
「おまえは何でもお母さんが良ければ、だな」
拓二がそう言うと、三郎は黙った。
「まあまあ、拓二、そう言うなって。お母さんが働きに出ることにはみんな反対しないよ。お母さんさえよければ働きに出たらいいさ」
「でも、無理しない程度にしてね。フルタイムじゃなく、パートにしてよ」
「もちろんそのつもりよ。働くのは昼間だけにするわ」
知子にとって気晴らしにもなるだろうし、それがいい、と拓二は思った。
「で、家探しだね」
しばらく沈黙ののち、知子が言った。
「私、お父さんと離婚することに決めたわ」
「えっ?」
息子三人は同時に驚きの声をあげた。
「どうして?」
拓二は知子に聞いた。両親の離婚に反対だからではなく、先日は、決心がつかないと知子は言っていたのに、どういう心境の変化があったのかを知りたかったからである。
「いろいろ考えたけど。もちろんお金を入れてもらえなくなったことも理由だし、それにお父さんがかなりの借金をしていて、先々心配だってことも理由よ」
知子は少し間をおいてから、続けた。
「でも、何よりもお父さんのこと、嫌いになったのが一番大きいかな。お父さんに愛人ができたとき、裏切られたと思ってショックだったけど、そのときはまだ嫌いになれなかった。私が内職したときにお父さんが怒ったのも、『男に恥をかかせるな』って、お父さんなりの男気だったんだと思うから、それほど悪い気がしなかった。でも、今のお父さんはもう、卑屈な金貸しのオヤジにしか見えないし、言い訳がましくて、こそこそ逃げ回っているみたいでかっこ悪いし、こんな男にいつまでもしがみついているのは馬鹿らしい、と思うようになったの」
(そういうものなのだろうか?)
好きとか嫌いとか、知子の話は拓二には十分に肚に落ちない。
「母親が強くならないと困るでしょ?」
そう言って、知子は微笑んだ。
息子たち三人はあっけにとられ、しばらく黙った。
「お母さんがそう決めたんなら、それでいいんじゃない?」
一雄がそう言った。
拓二も三郎も同じ意見であり、異存はなかった。




