(10)母の悩みがまた一つ
年が明け、日に日に寒さがつのるようになったある日、義兄の誠司から知子に電話がかかってきた。
誠司には、知子たちが今住んでいる家を借りる際、間に入ってもらっていた。
「今度の四月、家主が転勤先からこっちへ戻ってくることになってね。だから、知子さんたちには三月半ばまでにその家を出て、転居するように、ってことなんだよ」
「三月半ばまでにですか……」
もともと期間限定の契約であり、いずれは家を出る日が来ることは分かっていたのだが、知子が想定していた以上にその日が早くきた。あともう一、二年はこの家に住めると思っていたからである。
また住む家を探さなければならない。知子はその仕事の負担を思い、気持ちが沈んだ。
前回の家探しのとき、何件か不動産屋を回ったが、その都度、担当者はみな一様にうさん臭そうに知子を見た。
一応、いくつかの物件を紹介してもらえたものの、いざ知子がここと決めた物件については、審査があるからと言われて一週間ぐらい待たされた。
その結果、
「申し訳ありませんが、審査にパスしなかったため、お貸しできません」
と断られた。
それが三度続いた。
世帯主の夫は自営業、家族は子供三人を含めて五名、知子自身は専業主婦、と担当者へ正直に伝えたが、
「ご主人はご一緒に物件探しをされないのですか?」
と何人かの担当者に訊ねられた。
「主人は仕事があって、どうしても手が空かないんです」
知子はそう答えた。
担当者は、知子の様子から、この家はワケアリだ、と見抜いた可能性がある。知子は演技が下手であったし、もともと演技ができる性格ではなかった。
不動産屋は、世帯主が大手企業のサラリーマンとか、公務員とか、定職に就いていて収入が安定している人への審査は厳しくしないが、派遣社員や自営業などの場合、審査は厳しくなる。
自営業と言ってもいろいろあるので、その「業」が何であるかが重要である。
医師や弁護士なら安心して家を貸すが、金融業の場合、闇金融や暴力金融である可能性もあるので、審査はより慎重になる。
知子は、不動産屋の担当者から、
「ご主人様は、どういうお仕事をされているのですか?」
と訊かれ、正直に金融業、と答えた。
すると、担当者が一瞬、不審な表情をした。
自営業である世帯主が、みずから家探しに参画しないことも、不動産屋を不審がらせる理由として大きい場合がある。
例えば、世帯主は自営する会社の経営状態悪化のために資金繰りに奔走していて家探しどころではなく、その妻が代わりに家探しをする。
いざその一家に家を貸したところ、家賃滞納を何ヶ月間も続けた挙句、ある日突然、夜逃げされてしまう、というような事例が少なからずある。
知子は、不動産屋の事情や思惑を詳しく知っているわけではないものの、前回の家探しで苦労した経験があるために、今回の家探しも、すでに前途多難は目に見えていた。
前回の家探しのときは、不動産屋回りをしても審査で断られてしまい、住む家が決まらないことを知子が実姉に相談したところ、実姉の夫である誠司が一肌脱いでくれた。
誠司は、自分の知り合いが期間限定で家を貸したがっているとの情報を知子に伝えた。
知子は、
「期間限定でも構いません」
と言って、ようやく賃貸契約にこぎつけた。
だが、期間限定は、今回のように退去を求められたらすぐに明け渡さなければならず、安心して腰を落ち着けることができない。
今度は、期間限定ではない通常の契約で家を借りたい。知子はそう思っているのだが、そうなると審査が厳しくなるので、頭を抱えるしかなかった。
「また知子さんが一人で家探しするのは大変だろうね。富雄さんがああだから」
誠司はそう言った。
「……そうですね」
「一つだけ、すぐに決めれば借りられるアパートがあるんだけど」
「本当ですか?」
「ただね、ちょっと……」
「ぜひ、詳しい話を聞かせて下さい」
知子は誠司から話を聞いた。




