三日で二着、八日で十一着
王宮の控えの間には、十一人の付き添い役が集められていた。
高い窓から差す朝の光が、磨かれた長卓を白く照らしている。布見本を抱えた支度役まで壁際に並び、その前では王太子妃が私を待っていた。
三日後に着合わせると聞かされたのだろう。付き添い役たちは互いの顔をうかがい、裾を落ち着かせるように何度も撫でている。皆の顔に浮かんでいるのは、期待より戸惑いだった。
「エレノア。五日も早めて、本当に仕上げられるのですか」
「いいえ、殿下。私は納期を縮めるとは申し上げておりません」
押し殺したざわめきが起きた。
公爵は私の隣にいたが、爵位を使って静めようとはしなかった。ただ私が全員の顔を見渡して話せるだけの場所を空け、半歩下がった。
「もともとの着合わせは八日後です。三日後に十一着すべてを揃えれば、縫い目か職人の指、どちらかが傷みます。両方かもしれません。ですから、どちらも傷めない順を、今ここで決めさせてください」
私は長卓へ、巻尺、裁ち鋏、仮縫い糸、針山、留め具を順に置いた。鋼の鋏が卓に触れ、澄んだ音を立てる。
「一着は、採寸して終わりではありません。裁ち、仮縫いし、着る方に動いていただき、それから本縫いをします。五人が一着ずつ抱えるより、得意な工程を受け持って流したほうが早く、針目も揃います」
ほどなく工房の五人も到着した。王宮の部屋に緊張していたものの、指に残る針だこを隠す者はいなかった。
細かな縫い目を得意とする職人は、襟と袖口なら三日で二着分を仕上げられると言った。長い直線を速く縫える職人は、生地の厚みを確かめてから、二着分の脇と裾を受け持つと答えた。残る一人は留め具と裏地を担当する。
私は新しく席を作った二人にも、できることを自分の口で話してもらった。
「印つけと仮留めなら、教わった順を守れます」
「縫い代を整え、仕上げのこてを当てます。ただ、本縫いはまだ任せていただける速さではありません」
二人の声はわずかに震えていた。それでも、できないことまで正直に言った二人を、誰も笑わなかった。王太子妃は急かさず、最後まで聞いてくださった。
「私は十一人を順に採寸し、二着を裁ちます。三日後までに完成させるのは二着だけです。残る九着は仮縫いの順を分け、八日後の着合わせを守ります」
「では、その二着を誰のものにするのですか」
王太子妃の問いに、私は付き添い役たちへ向き直った。
「先に必要な方を、皆様で決めていただけますか」
私や公爵が選べば、選ばれなかった九人には不満が残る。けれど衣装を着て婚礼を支えるのは、ここにいる十一人だ。
婚礼では、一人が長い裳裾を持ち、もう一人が誓いの品を運ぶという。二人は他の付き添い役より早く、立つ位置と歩幅を合わせる稽古が必要だった。
「私たちが先でよいでしょうか」
二人が遠慮がちに尋ねると、残る九人は顔を見合わせたあと、自分たちでうなずいた。
「裳裾が乱れれば、私たちの立つ場所にも響きますもの」
「先に動きを確かめてください」
張りつめていた空気が、少しだけやわらいだ。
私はまず、二人が実際に行う動きを見せてもらった。
裳裾を持つ方は、両腕を前へ伸ばしたままゆっくり歩く。誓いの品を運ぶ方は、腰を落として一礼し、膝をついてから立ち上がる。衣擦れの音と靴音を聞きながら、肩、脇、腰のどこに布の力が集まるかを見る。
立った姿だけで寸法を決めれば、肩と腰が引きつる動きだった。見栄えだけ整っていても、式の最中に腕が上がらなくなれば衣装とは呼べない。
「肩へ指二本分、腰には座ったときのゆとりを残します。締めつけは、どの程度までなら苦しくありませんか」
「深く息を吸っても、痛まない程度でお願いします」
二人の返事を聞き、立位と座位を測る。巻尺を当てるたびに数字を読み上げ、本人にも締めつけを確かめてもらった。
残る九人にも許しを得て、腰へ当てた細布をそれぞれの長さで切った。数字だけではなく、本人の体を一周した長さをそのまま残すためだ。仮縫いへ来られる日も聞き、八日後までの順を決めた。
公爵は最後まで口を挟まなかった。
王太子妃が二着と八日の予定を承認すると、集められた十一人は帰る日を自分で選び直した。無駄足にされたはずの顔から、不満が消えていた。自分の衣装がいつ、誰の手を通るのか分かったからだろう。
工房へ戻る馬車の中で、公爵が言った。
「私がミレーヌの偽りだと一言告げれば、話は早かったかもしれない」
「ですが、それでは五人の仕事まで、公爵様のお言葉で決められてしまいます」
「ああ。だから言わなかった。あなたたちが何を、何日でできるのか。それを聞いて決めてもらうべきだと思った」
車輪が石畳を踏み、一定の揺れが座席から伝わる。私は膝の上で、採寸に使った巻尺を握った。
私だけでなく、五人の声まで守ってくれたのだ。
「ありがとうございます」
「礼を受けるほどのことではない。あなたの言葉を奪わない。それが今の私にできる手伝いだ」
胸が熱くなった。
腕を認めてもらえるのは嬉しい。けれど、この方は私の判断だけでなく、私が誰かへ判断を返すところまで見ている。そのまなざしから、目をそらしたくないと思った。
その日から、五つの仕立席は途切れず動いた。
私が二着を裁つ間に、二人が型に沿って印を移す。鋏を入れるたび、張りのある布が低く鳴った。仮留めした身頃は襟へ、裏地へ、脇へと渡り、同じ職人の手だけに留まらない。
「次は右の袖口です」
「こちらの脇は半刻で渡せます」
短い声が行き交い、布だけが席から席へ滑らかに進んだ。夜の鐘が鳴れば、途中でも針を置く。指を湯で温め、眠る。朝には全員で指の曲げ伸ばしを確かめてから再開した。
無理をさせずに間に合わせる。そのために順を組み、遅れがあれば私が裁ちの手順を入れ替えた。焦りはあったが、誰の針先も乱れなかった。
三日目、二着は約束した刻限より半刻早く仕上がった。
王宮で袖を通した一人が、裳裾を持って歩き出す。布が灯りを受け、歩みのたびに淡く波打った。両腕を伸ばしても襟は首へ食い込まず、歩幅を広げても裾を踏まない。
もう一人は誓いの品を両手に載せ、腰を落とした。膝をつき、深く礼をし、そのまま立ち上がる。付き添い役たちは息を詰め、その動きを見守っていた。
「苦しくありません」
驚いた声が、やがて明るい笑いへ変わった。
「立つときに、衣装を引き上げなくてもよいのですね」
二人は顔を見合わせ、もう一度動いた。布は体に沿いながら、必要なところだけ静かに離れる。五人が分けて縫った二着なのに、針目の幅も左右の光も揃っていた。
私は縫い目ではなく、二人の表情を見た。衣装を気にせず歩き、礼をし、笑っている。それが何より確かな仕上がりだった。
「三日で十一着という話より、三日でこの二着を仕上げ、八日で十一人を合わせるという約束を信じます」
王太子妃の言葉に、付き添い役たちが拍手した。壁際にいた支度役まで、ほっと息をついている。
速さを競ったのではない。できることを分け、できないことを隠さず、着る方に選んでもらった。その結果が、今、軽やかに動いている二着だった。
同じころ、旧工房から届いた礼装五着も別室で開かれていた。
セルジュは空いた採寸席を埋めるため、短い納期の注文をまとめて引き受けたらしい。だが、急がせた五着は袖の針目が波打ち、左右の裾丈まで揃っていなかった。
一人の客が袖を通す前に返却を決めると、他の四人も箱の前で縫い目を確かめた。一着金貨十八枚、五着で金貨九十枚の注文だった。
夕刻、侯爵家の印をつけた馬車へ、五つの衣装箱が一つずつ積み戻された。客五人から受けた礼装五着の注文は、その場ですべて解約された。
私は箱を開けず、縫い直しも申し出なかった。誰がどの工房を選ぶかは客が決めることだ。私には、八日後を待つ九人と、工房で針を持つ五人がいる。
公爵は拍手の中でも、完成した二着より先に五人の指を見ていた。赤く腫れた指も、血のにじんだ指もないと確かめてから、私へ視線を戻す。
「今夜は、全員が休めますね」
「はい。明日の針も、まっすぐ運べます」
「その明日を守るあなたを、私は信頼している」
飾りのない言葉なのに、指先まで温かくなった。私は求められた速さではなく、守ると決めた仕事で、この方の信頼に応えたいと思った。
工房へ戻ると、王宮の使いが一包みを届けに来ていた。ミレーヌが、残る九人の正式な採寸値だとして衣装係へ預けたものだという。
包みをほどくと、九枚の採寸札が乾いた音を立てた。
私は札を番号順に並べ、王宮で本人たちの腰へ合わせて切った九本の細布を重ねた。端と端を揃え、指で押さえる。
一枚目が、指三本分短い。
測り方の違いかと思い、もう一度合わせた。けれど、細布の端は変わらず札の数字を越えた。
二枚目も、三枚目も同じだった。
最後の一本を重ね終えたとき、工房の物音が遠くなったように感じた。
九枚すべての胴回りが、本人の体より指三本分ずつ削られていた。
(第10話へ続く)




