座って笑える披露宴衣装
九枚の採寸札を確かめた翌朝、私は裁断台の上から鋏を下ろした。
「この数字では、一枚も裁ちません」
指三本分なら、立っている間は無理に留められるかもしれない。けれど座れば腹部へ食い込み、食事をすれば息まで浅くなる。
披露宴で着る衣装を、披露宴で座れない形に仕立てるわけにはいかなかった。
「九人全員を、もう一度測るのですね」
公爵の問いに、私はうなずいた。
「はい。ただし、測り直すかどうかは、ご本人に決めていただきます」
私たちは五人で王宮へ向かった。
採寸室には、残る九人の着用者が集まっていた。予定を乱された不安からか、皆の表情は硬い。
私は誤った札を人目にさらさず、布で包んだまま説明した。
「届いた数字のままでは、皆様の衣装を仕上げられません。立った姿だけでなく、座ったときと歩いたときのゆとりも、改めて確かめさせてください」
「また最初から測るのですか」
一人が心配そうに尋ねた。
「必要な箇所だけです。けれど、身体へ触れられたくない方には無理強いしません。私が細布の持ち方をお伝えし、ご自身や支度役に確かめていただくこともできます」
最初の方は少し考えてから、自分で上着の飾り紐を外した。
「あなたにお願いします。披露宴で苦しくならないようにしてちょうだい」
「承知しました。細布を腰へ回してもよろしいですか」
許しを得て、私は立位の胴回りを測った。細布を切り、端へ小さな結び目を作る。次に椅子へ座ってもらうと、呼吸に合わせて布が指二本分動いた。
「締めつけは、この程度でよろしいでしょうか」
「もう少しだけ楽なほうがいいわ。披露宴では食事もしますもの」
私はさらに指一本分を足した。
その方が廊下を往復し、もう一度椅子へ腰を下ろす。細布は食い込まず、ずり落ちもしなかった。
「これなら笑って話せそう」
その一言で、後ろにいた方々の肩からも力が抜けた。
二人目は支度役に細布を持ってもらい、三人目は私に任せた。四人目は座ったときだけ少し広くしてほしいと望み、五人目は歩幅を大きく取りたいと言った。
同じ胴回りでも、残すべきゆとりは同じではない。
私は一人ずつ希望を聞き、立つ、座る、歩くの順で確かめた。九本の細布が揃ったとき、誤った札の数字と合うものは一本もなかった。
どの札も、実際の身体より指三本分ずつ短い。
偶然の測り違いなら、差は少しずつ変わるはずだ。それが九人とも同じなのだから、誰かが同じ分だけ削ったのだろう。
けれど、今それを言い争っても衣装は仕上がらない。
私は札を使わず、九人が自分で選んだ九本の細布を工房へ持ち帰った。
公爵は採寸が終わるまで、廊下で待っていた。
最初の一着を仮縫いまで進めたところで、完成時の動作を見届けたいと衣装係から頼まれたが、公爵は閉じた扉の前で足を止めた。
「私が入っても差し支えないだろうか。エレノアだけでなく、着用される方の許しもいただきたい」
扉越しに尋ねると、中から明るい返事があった。
「構いません。もう上着まで着ています。ぜひ見てください」
それを聞いてから、公爵は初めて採寸室へ入った。
必要だからといって、許しもなく人の領分へ踏み込まない。その方が守っている境界は、契約のときも、職人を迎えたときも、今も変わらなかった。
私は胸の奥に生まれた温かさを抱いたまま、工房へ戻った。
残る五日で九着を仕上げるため、五人の持ち場をもう一度組み直した。
身頃の印つけは私が行い、直線の長い裾は針足の速い職人へ任せる。細かな袖口は小さな針目を得意とする職人へ、裏地合わせは布を引かずに縫える二人へ分けた。
一人に一着を抱え込ませず、同じ工程を続けて手が覚えるようにする。夜は針を置き、朝に互いの縫い目を確かめた。
二日後、九着のうち最初の一着が仕上がった。
披露宴で王太子妃殿下の近くに座る方の衣装だった。淡い絹の身頃を締めつけず、腰から裾へ細い襞を流してある。座ったときに腹部へ寄る布は、襞の内側へ逃がした。
着用者は鏡の前で一度回り、裾を見下ろした。
「立っていると、すっきり見えるわ」
「椅子へお掛けください」
私が勧めると、その方は慎重に腰を下ろした。
留め具は引かれない。背もたれへ身体を預けても、襟は浮かなかった。
用意された茶菓子を一口食べ、笑いながら隣の衣装係へ顔を向ける。それでも身頃には苦しそうなしわ一つ寄らない。
「本当に楽だわ。立つためだけの衣装ではないのね」
今度は部屋を端まで歩き、振り返った。襞が光を受けて開き、止まると元の細い線へ戻る。
「これなら披露宴の間ずっと、自分のことより祝いの日を見ていられます」
その言葉を聞いた瞬間、五人の職人が顔を見合わせた。
私たちが守ったのは、指三本分の布ではない。着る方が苦しさを隠さずに過ごせる時間だった。
完成した一着を見た残る八人も、自分の細布で仕上げてほしいと改めて望んだ。工房へ戻る私たちの手には、八本の細布と、次の工程を任された重みがあった。
同じ日、王宮の別の出入口には、侯爵家の印がついた衣装箱が六つ並んでいた。
旧工房が短納期で納めた披露宴用の衣装は、どれも胴を細く作りすぎていたという。仮縫いでは立った姿しか確かめず、客が椅子へ座った途端、留め具が外れそうになったらしい。
一着金貨二十枚、六着で金貨百二十枚。
六人の客は直しを待たずに注文を取り消した。空になった衣装箱と引き換えに、金貨百二十枚が侯爵家の金庫から返された。
私はその六着を引き受けず、直し方も教えなかった。
私の仕立場には、自分で測り直すことを選んだ八人と、その衣装を縫う五人がいる。セルジュたちが失った客まで助けるために、この人たちの時間を削るつもりはなかった。
公爵は完成した一着を見てから、私に言った。
「あなたは、偽られた数字を暴くことより、着る人が座って笑えることを先に選んだのですね」
「衣装は、間違いを責めるためではなく、着る方のために作るものですから」
「その順番を守るあなたを、私は腕のよい仕立人としてだけでなく、信頼しています」
まっすぐ告げられ、胸が高鳴った。
この方は私の許しを待ってくれる。だから私も、自分の意志で一歩近づきたいと思えた。
「明日の貴族の集まりで、完成した衣装の着心地を確かめたいそうです。私も同行してよろしいですか」
「もちろんです」
私は迷わず答えた。
翌日、完成した衣装の主が軽やかに客席を歩く中、広間の扉が大きく開いた。
入ってきたミレーヌが着ていたのは、腰から銀の葉を斜めに流し、五本の襞を重ねた青い礼装だった。
私が三年前に裁ち、私の名を出さず旧工房へ飾られた意匠と、飾りの位置まで同じだった。
ミレーヌは客たちの中央まで進むと、自分から私の前で裾を広げた。
「姉様。どちらの衣装が本物か、皆様に見ていただきましょう」
(第11話へ続く)




