同じ光
「金貨二十四枚は払いません」
私は、裁断台に置かれた見本布の皺を指で伸ばした。
使いの者が息を呑む。仕立場にいた三人の職人も、手を止めてこちらを見た。窓から差す昼の光の中で、乳白色の絹だけが静かに艶めいている。
「ですが、残る十一反がなければ、婚礼衣装は――」
「一反十二枚で交わした話を、セルジュが来たから倍に変えるのでしょう。ここで払えば、次は芯地、その次は飾り紐まで値を上げられます」
婚礼までの日数を盾に取れば、こちらが折れると思っているのだ。
けれど、必要なのはセルジュより多く金貨を積むことではない。王太子妃殿下が選んだ乳白色の光を、残る十一着へつなぐことだ。
「この布と寸分違わぬ絹でなければならない、と私も思い込んでいました」
私は見本を窓辺へ運んだ。縦に向けると白く光り、上下を返すとわずかに銀色を帯びる。指の腹で撫でると、毛羽の倒れる向きによって艶が変わった。
「同じ色を探すのではありません。同じ光に見える布を探します」
公爵は金貨を用意するとも、織場へ命じるとも言わなかった。
「何が必要ですか」
「都の布商に残っている白絹を、長さが足りないものも含めて見せてください。買い占められた品は除きます。値は通常の範囲で。あとは、夕刻まで窓辺を空けていただければ」
「分かりました」
それだけ答えると、公爵はすぐに使いの者を送り出した。私の手元へ余計な口を挟まず、必要なものだけを揃えてくれる。その信頼に応える方法は、裁ち鋏と針で形を見せることだけだ。
昼を過ぎるころ、四軒の布商から六本の反物が届いた。
真珠色の厚絹が一反。青みを帯びた薄絹が二反。織りが細かく、少し黄みのある白絹が三反。どれも一着を丸ごと裁つには長さが足りず、色も並べればはっきり違って見えた。
三人の職人は不安そうに反物を囲んだ。
「これを混ぜるのですか」
「まず、光を見ます」
私は三種類の端を細く切り、布目を崩さないよう板へ留めた。窓から入る光に向け、一枚ずつ上下を返す。真珠色は縦に置いたとき、青みの絹は反対向きに置いたとき、黄みの絹は少し傾けたとき、乳白色の見本と同じ柔らかな光を返した。
布そのものは違っても、目に届く光はそろえられる。
ただし、布目を斜めにして裁つことはできない。歩けば裾がねじれ、重みのかかる方向も偏る。見た目だけを合わせて、着る人へ不自由を押しつけては仕立てとは呼べない。
そこで外套を、肩を包む部分、背から落ちる部分、前を縁取る部分の三つに分けた。
肩には張りのある真珠色。背には軽い青みの絹。前端には温かな白絹を使う。布目はすべてまっすぐ保ち、反物の上下と、光を受ける面だけを変える。
私は各反物へ小さな糸印をつけた。
「この印を窓側へ向けてください。逆に置くと、同じ白でも継ぎ目が見えます」
「縫い合わせたあとも、光に当てて確かめますか」
「一工程ごとに。違って見えたら、次へ進む前にほどきます」
三人の顔から迷いが消えた。何を確かめればよいか分かれば、職人の手は速い。
一人には肩の仮留めを、もう一人には長い背縫いを、残る一人には前端の細い始末を任せた。針目の細かい者、長い距離でも縫い線を乱さない者、布端を薄く収められる者。それぞれの得意な仕事へ置く。
私は殿下の首まわりと肩幅をもう一度手で測り、腕を前へ伸ばしたときの分を足して原型を引いた。指二本分の余裕を残し、肩の丸みに沿って線を直す。数字だけでなく、測ったときに手のひらへ伝わった姿勢を思い出しながら、白い布へ形を移した。
裁ち鋏を入れる前に、公爵が尋ねた。
「これで予定を縮められますか」
「縮めません」
私は即答した。
「外套一着の仮縫いまで二日、仕上げにさらに二日ください。十一着分の布は、同じ方法で組み合わせを選びます。婚礼衣装十二着の納期は当初のお約束どおりです。職人の休みも減らしません」
買い占めへの対応で半日を使った。だからといって、三人の夜を取り上げればよいとは思わない。疲れた目は白の違いを見落とし、疲れた指は光の向きより先に針目を誤る。
「承知しました。その日程を殿下へお伝えします」
「私からも、仮縫いの際にご説明します」
「では、私は道を整えるだけにしましょう」
公爵は私の判断を変えようとしなかった。
鋏を入れると、乾いた小気味よい音が仕立場へ響いた。もう迷いはなかった。
四日目の午後、外套は完成した。
王太子妃殿下には、三種類の絹を使ったことを先にお伝えした。ごまかして一枚に見せるのではない。異なる布をどう裁ち、どこへ置いたのかを知ったうえで、着るかどうかを選んでいただくためだ。
「羽織って歩いていただけますか」
「ええ」
私は許しを得て外套を肩へ掛け、留め具を閉じた。襟元へ指を差し入れ、苦しくないことを確かめてから一歩下がる。
殿下が窓へ向かって歩く。
肩の真珠色から、背の青みを帯びた白へ光が流れた。継ぎ目で色が割れず、裾まで一筋の乳白色が続く。窓辺で向きを変えるたび、三枚の絹が互いの色を補い、淡い輝きを一つにした。
殿下は腕を上げ、次に椅子へ腰掛けた。首は詰まらず、背の布も引かれない。立ち上がって振り返ると、外套の裾が遅れてふわりと円を描いた。
「軽いわ」
殿下は肩口を撫でた。
「一枚の重い絹で作るより、ずっと動きやすい。それに、三種類だと聞かなければ分からなかったでしょうね」
三人の職人が揃って息を吐いた。張りつめていた空気がほどけ、誰かの小さな笑い声が重なる。
「私はこれを婚礼で着ます」
その言葉を聞いて、ようやく私は外套から手を離した。胸の中に残っていた固いものが、すっと消えていく。
同じ布がなくても、同じ光は作れる。セルジュが二十四枚を積んで押さえた十一反だけが、婚礼衣装を仕上げる道ではなかった。
帰り際、布商の荷車が王宮の門前で止まった。車輪が石畳をきしませ、荷台では白い反物が山のように積まれている。どれにも侯爵家の封が残っていた。
「旧工房から引き取った品です」
布商は封の一つを剥がしながら言った。
「先に買った十八反に、織り上がった二反を加えた二十反。一般の注文が四件なくなり、裏地も現金でなければ買えない。とうとう置いておけなくなったそうです」
婚礼用の白絹は、用途が限られる。急いで現金へ戻そうとしても、仕入れた値では売れない。
二十反を載せた荷車と引き換えに、セルジュが受け取った金貨は、支払った額より八十枚少なかったという。
使わせまいと抱えた絹が、旧工房の金庫から金貨八十枚を持ち去ったのだ。
私はその反物を買い戻そうとはしなかった。こちらには、殿下が選んだ外套と、残る十一着を作れる裁ち方がある。余った白絹をどうするかは、セルジュと布商が考えることだ。
公爵は完成した裾をもう一度見てから、私へ言った。
「あなたは布が足りないときにも、人の休む時間まで切り詰めないのですね」
「布は継げます。でも、傷めた指はすぐには戻りません」
「だから、三人はあなたへ自分の手を預けられるのでしょう」
針目だけでなく、私が守ろうとしたものまで見つけてもらえた。
最初にこの方が見ていたのは、私の裁ち方と仕上がった衣装だった。今は、その衣装を作る私の考えまで見てくれている。そのことが嬉しくて、胸の奥が外套の内側のように温かくなった。
翌朝、私たちが仕立場の扉を開けると、侯爵家の馬車が道を塞いでいた。
セルジュが降りてきて、三人の職人の前へ金貨袋を一つずつ置く。卓へ落ちた袋は、硬く重い音を立てた。
「一人、金貨五十枚だ」
セルジュは私ではなく、三人へ告げた。
「エレノアを捨てて旧工房へ戻るなら、今ここで払おう」
(第8話へ続く)




