光を分ける二着
セルジュの通告に返事はしなかった。
十反を渡さないと言われても、私たちの仕事まで止める理由にはならない。返事を書く暇があるなら、手元にある布を一寸でも正確に測るほうがいい。
私は不足する絹の長さを測り直し、工房と王宮の衣装庫に残っている同系色の布をすべて集めてもらった。
机に並んだのは、幅も織りもよく似た六枚の絹だった。
室内の灯りだけなら、どれも同じ淡い銀青色に見える。けれど窓辺へ持っていくと、青みの強いもの、わずかに灰色を含むもの、乳白色に近いものへ分かれた。指の腹で撫でれば、糸の張りにも少しずつ違いがある。
「一枚ずつ見ればきれいです。でも、隣り合わせると違いが出ますね」
職人の一人が残念そうに言った。ほかの職人たちも、六枚と私の顔を交互に見ている。
「ええ。ですから、違いを隠すのではなく、光の当たる位置で振り分けます」
私は窓際へ長机を移した。
絹を肩へ掛ける高さまで持ち上げ、正面から光を受ける部分、身体の横へ回る部分、袖の内側になる部分の順に並べる。青みの強い布は陰へ入ると暗く沈む。乳白色に近い布は正面へ置けば、銀糸の飾りとよくなじんだ。灰色を含む布も、背へ回せば落ち着いた陰影になる。
布そのものを同じ色にはできない。
けれど、同じ場所へ同じ色味を置けば、二着は揃って見える。
私は六枚に白い糸で印をつけ、二組へ分けた。左右の前身頃には乳白色に近い布、脇と袖下には青みのある布、背にはその中間を使う。片方だけに良い部分を集めず、同じ明るさが同じ位置へ来るよう、一枚ごとに裏返して布目も確かめた。
「こちらの一枚を二着へ分けるのですか」
「ええ。きれいな布を一着ずつ選ぶのではなく、二人が並んだときに同じ光を受けるように分けます」
目の前の一着だけを仕上げる仕事ではない。婚礼の場に立つ二人を、一組として美しく見せる仕事だ。
「裁つ前に、立ったときと歩いたときの光を見ます」
参列者用二十着の着用者から二人に、試し布を当ててもらった。一人は祭壇で膝をつき、もう一人は誓礼で腕を上げる。並んで立つだけでは足りない。
二人に歩いてもらい、向きを変え、腕を差し出してもらう。絹が動くたび、窓から差す白い光が布の上を滑った。
誓礼のため腕を上げると、袖下に置いた青みの布が見えすぎた。私は境を指二本分だけ内側へ移す。祭壇で膝をつく動きでは脇の布が大きく開いたため、前身頃との切り替えを斜めに改めた。
「もう一度、同じ動きをお願いします」
二人が応じる。今度は青みが急に現れず、正面の淡い色から脇の深い色へなだらかに移った。
「これなら、違う布を継いだようには見えません」
衣装係が少し離れたところから確かめて言った。その声には、先ほどまでなかった明るさがあった。
「まだです。夕方の光でも見ます」
昼の光で揃っていても、燭台の下で片方だけ黄ばんで見えれば、揃いの衣装にはならない。
日が傾くまでに裁断を終え、仮縫いへ進んだ。鋏を入れるたび、乾いた小気味よい音が長机に響く。直線の長い背は針幅の揃う職人へ、斜めに改めた切り替えは曲線縫いを得意とする職人へ任せた。
「背を二枚、先に。切り替えは左右を取り違えないよう、白糸の印を残してください」
誰がどこを縫えば早く、正確に仕上がるかは分かっている。私は二人の肩と脇を三針で留め、立位と着席のあと、祭壇で膝をつく動きと誓礼で腕を上げる動きをもう一度見た。
窓の光が弱くなったところで燭台を運び入れた。蝋の匂いが広がり、針先に橙色の光が宿る。
二人が並ぶと、前身頃は同じように淡く輝き、脇へ回るにつれて静かに青みが深くなる。布の色差は消えてはいない。それでも、左右の衣装で光の移り方が揃っているため、初めからそう織り分けた一組に見えた。
職人たちが息を詰めて私を見た。
「これで縫えます」
その一言で、張り詰めていた空気がほどけた。すぐに椅子が引かれ、針が布を抜ける音が重なり始める。
不足した布を惜しんで縫い代を削ることはしない。動作分も、ほどいて直せる余裕も残す。その代わり、見えない場所まで同じ一枚で取ろうとせず、小さな部分は布目の合う端布から選んだ。
布が足りないことと、仕立てを粗くすることは別だ。
翌日の午後、揃いの参列者用礼装二着が完成した。
二人に着てもらい、窓辺から燭台の前まで歩いてもらう。一人が祭壇で膝をついても背は引かれず、もう一人が誓礼で腕を上げても袖山は浮かなかった。曲げた肘にも窮屈なしわは寄らない。
「重くありませんか」
「いいえ。屈んでも首元が苦しくありません」
もう一人も腕を前へ伸ばし、袖の動きを確かめた。
「こちらも大丈夫です。並んで歩くのが楽しみです」
一人がそう言うと、もう一人が腕を上げたまま笑った。
「さっきまで、色が違う布だなんて分かりませんでした」
「違う布ではあります」
私は袖口を整えながら答えた。縫い目を指でなぞっても、引きつれはない。
「ただ、違いがある場所を揃えたのです」
二人はもう一度並び、同じ歩幅で進んだ。淡い色が同じ順に明るくなり、同じ順に陰へ溶ける。二人が顔を見合わせてほほ笑んだ瞬間、ようやく胸の奥の力を抜くことができた。
二着を完成台へ掛けたとき、工房に小さな拍手が起こった。大きな歓声ではない。針仕事を知る者たちが、二着の仕上がりを確かめたうえで送る、確かな拍手だった。
三十二着のうち、直すべきものはまだ多い。それでも、買い占められた十反がなければ何も作れないというセルジュの思惑は、最初の二着で崩れた。
その夕刻、あの布商が再び工房を訪れた。
「侯爵家へ納めた十反のことで、お伝えしておくべきことがあります」
低い声には疲れがにじんでいた。
買い占めた絹は、雨に濡れた外包みを解かないまま、倉の石床へ積まれていたという。湿りが芯棒まで移り、端には水輪が出た。急いで乾かしたため、今度は表面の光沢が場所によって変わってしまった。
「十反すべて、婚礼用の一等品としては扱えません。見積もり直したところ、一反につき金貨十枚、合わせて金貨百枚分、価値が下がりました」
侯爵家は布を押さえた代わりに、保管不良で金貨百枚分を失ったのだ。
私は喜ばなかった。傷んだ絹そのものに罪はない。糸を紡ぎ、織り上げた人の手間を思えば、むしろ惜しかった。
ただ、布を仕事のためではなく、誰かの手を止めるために買えば、扱いまで粗くなる。その結果が十反すべてに残っただけだった。
報告を聞いた公爵は、完成台の二着を見上げた。
「王家の婚礼に必要だと命じれば、侯爵家の絹を差し出させることはできるでしょう」
私は黙って次の言葉を待った。
「ですが、それはしません。正当に買った布を権力で取り上げれば、セルジュと同じように、持ち主の選択を奪うことになる」
胸の奥に、静かな温かさが広がった。
公爵は私に解決を押しつけず、私から仕事を取り上げもしない。この人が見ているのは、侯爵家との争いではなく、仕上げるべき衣装と、それに携わる人たちなのだ。
「ありがとうございます。残りの布も、色味ごとに使い道を分けます。ただ、同じ位置へ振り分けるだけでは足りない衣装があります」
「必要なものは?」
「染め直しのできる職人です。色を完全に隠すのではなく、薄い布だけを一段深くして、差を揃えたいのです」
「その職人へ命じるのではなく、条件を示して選んでもらいましょう。作業場と染料、運搬の馬車はこちらで用意します。報酬と日程は、あなたから必要な範囲を聞いて決めます」
不足を力で埋めるのではなく、私の考えが形になる場所を整えてくれる。
仕上がった二着を見たあとの言葉だからこそ、うれしかった。私の腕を信じると口で言うのではなく、次の仕事を任せることで示してくれている。
「では、明朝、その方に布を見てもらいます」
公爵がうなずいた。その視線が完成した二着から私の指先へ移り、すぐに戻る。余計な言葉はなかったのに、私の手が選んだ方法を認められたことがうれしかった。
ところが、夜になる前に染め職人の使いが駆け込んできた。
息を切らした使いから渡されたのは、染めの見本ではなかった。
侯爵家の印が押された専属契約書だった。
職人の返事欄だけが空白で、その上にはミレーヌの筆跡で期限が書き込まれている。
『今夜中に署名しなさい。今後、エレノア・リースの依頼を含め、侯爵家以外の布は一枚も染めてはなりません』
(第22話へ続く)




