選んだ席で縫う四着
翌朝、見習い二人は工房へ入る前に、職人通りの募集札を見上げていた。
侯爵家工房、縫い手十二名募集。経験を問わず、月給金貨八枚。
「私たちも、向こうへ行けば金貨八枚をいただけるのでしょうか」
一人が迷うように呟くと、もう一人は首を振った。
「でも、経験を問わない十二人に、誰が仕事を教えるの? 裳裾を切れと言われたら、止めてくれる人はいるのかしら」
二人は高い賃金に惹かれたというより、札に書かれていないことへ戸惑っていた。
「迷うことまで禁じるつもりはありません」
私は扉を開けた。
「ここに残るか、ほかへ行くかは、お二人が決めてください。ただ、今日ここで何を学べるかは、私が手を抜かずに示します」
二人が顔を見合わせた、その直後だった。
「試し縫いを、お願いできますか」
昨日、赤いしつけ糸を切らずに旧工房を辞めた女性が、革の指貫を手に立っていた。旧工房を去った累計八人目の職人だ。
「お待ちしていました。まず、布と糸をご自分で選んでください」
裁ち台には、目の詰まった布、薄く柔らかな布、少し張りのある布を並べた。糸も太さと撚りの違うものを置いてある。
彼女はすぐには手を伸ばさなかった。三枚を指の腹で撫で、端を曲げ、元へ戻る速さを確かめる。それから、柔らかな布と細い糸を選んだ。
「裾細工もできますが、いちばん得意なのは細かな曲線縫いです。襟ぐりや、丸みのある飾りの端なら、表へ響かせずに縫えます」
「では、曲がり方の違う三本を縫ってください。速さは見ません。布が引かれないことを優先してください」
私は半月形の試し布を渡した。
彼女は一針目を入れる前に糸を短く切った。長い糸で急いで縫えば、細い曲線では撚りが戻り、布を引く。それを知っている手だった。
浅い曲線では針幅を揃え、深く曲がる場所では表の幅を変えず、裏側だけ針の角度を細かく変えていく。縫い終えた布を持ち上げても、縁は波打たなかった。
私はまず選んだ糸と布の相性を見た。糸だけが硬く浮いていない。次に表を光へ向け、針目の間隔を確かめる。裏返すと、見えない側にも糸の渡りすぎはなかった。
「一本、ほどいてもよいですか」
「はい。それも見ていただくために縫いました」
私は中央の曲線だけ糸を抜いた。布を斜めに引かず、一目ずつ針先で持ち上げる。ほどいたあとを指で撫でると、穴はほとんど閉じた。糸が布目を裂いていない証拠だ。曲線の内側にも、無理に引いた白い傷は残っていない。
「この布には合っています。違う布でも同じ糸を選びますか」
「いいえ。張りのある布なら、もう一段太い糸に替えます。これでは針目だけが沈みます」
答えを聞いて、私は頷いた。
「採用します。ただし、どの席で、どの仕事をするかも決めていただきます」
空いている場所を三つ見せた。窓際の明るい席、裁ち台に近い席、壁際の落ち着いた席。仕立台の高さも同じではない。
彼女は一つずつ椅子へ座り、肘を置いて針を動かす真似をした。
「窓際を選びます。細い曲線は、夕方になると影を見誤りやすいので。ただ、台を指一本分だけ低くできますか。高いままだと肩が上がります」
「できます。では、そこをあなたの席にしましょう」
公爵は設備に必要なものを揃えると言ったが、品を決めることはしなかった。私は台の脚を調整し、糸置きと手元灯だけを加えることにした。余計な飾り棚は置かない。費用はその三点に限り、四着の納期は三日後の夕刻と私が決めた。
その日に取りかかるのは、婚礼当日に王太子妃の衣装を整える着付け係用の上着四着だった。
着付け係は腕を上げ、屈み、背後から裳裾へ手を伸ばす。襟ぐりの曲線が硬ければ、腕を上げるたび首元が浮く。
私は四人分の首回りと肩を測り、実際に両腕を上げてもらった。三針で肩の頂点、布目、動作のゆとりを留めてから、四着の襟ぐりを裁つ。
三人の職人には肩、袖、脇を一つずつ任せた。見習い二人は四着分の見返しを布目に沿って揃える。新しい職人には襟ぐりの曲線と、裳裾を持つとき指が掛からない小さな縁飾りを任せた。私は採寸と裁断を行い、七人分の仕事が止まらない順に布を渡した。
五人の職人、新しい職人、そして私。七人の針が、四着の上着を同じ作業線の上で進めていく。
新しい職人が一枚目の襟ぐりを縫い、三人が身頃へ付ける。その間に見習い二人が次の見返しを整える。私は仕上がった襟を裏返し、布を引く箇所がないか確かめてから、次の一枚を渡した。
誰か一人が四着を抱えるのではない。得意な工程が、次の手へ滞りなく渡ればよい。
二日目の昼、布商が旧工房の前を通ってきた。
募集した十二席のうち、紹介人が連れてきたのは三人だけだったという。入口から見える長机には椅子が十二脚並べられ、そのうち九脚が空いたままだった。
三人分の紹介料金貨二十四枚は、働き始める前に支払われた。けれど、三人とも採寸も王家の裾も経験したことがない。教える熟練者がいないと知った二組の客は、採寸札を受付へ返し、その場で予約を取り消した。
私は代わりの採寸も、三人への指導も申し出なかった。
こちらの裁ち台には、選んだ席で針を持つ人と、仕上げるべき四着がある。
三日目の夕刻、四人の着付け係が完成した上着を身につけた。
腕を頭上まで上げても襟は浮かない。床へ屈み、後ろへ手を伸ばしても、首元は引かれなかった。襟ぐりに沿った細かな縁飾りも波打たず、動くたび光だけが静かに移った。
「この曲線を縫ったのは、あなたですか」
公爵は完成を確かめたあと、新しい職人本人へ尋ねた。
「はい。四着の襟ぐりと、縁飾りを担当しました」
「そして、どの席を選んだのですか」
彼女は窓際の仕立台を指した。
「あの席です。明るさと台の高さを、自分で確かめて決めました」
「では、あの席とこの四着は、同じ日に始まった仕事なのですね」
「はい。私の席が整ったから、私の得意な針目を四着へ入れられました」
公爵は私に答えを求めず、彼女の言葉を最後まで聞いた。
そのことが嬉しかった。新しい職人を、私に救われた者としてではなく、自分で席と仕事を選んだ一人として見てくれたからだ。
「エレノア」
公爵が私へ向き直る。
「あなたが完成させたのは、四着だけではないのですね」
「席だけでもありません。人の得意な仕事が、必要な衣装へつながってこそ、仕立場になります」
「その仕立場を、私は信頼します」
まっすぐな声に、胸の奥が温かくなった。
その夜、王宮から戻った使いが、婚礼延期の噂が広がっていると告げた。延期になるなら新工房は納期を守れない、急いで縫った衣装は危険だと、職人通りで囁かれているという。
見習いの手が止まり、新しい職人も窓際の席から私を見た。
私は仕立台の上の四着を畳まず、もう一度襟ぐりへ指を滑らせた。急いで歪めた針目は、一つもない。
「噂に急かされる必要はありません」
私は七人へ向き直った。
「決めた納期どおりに仕上げます。婚礼の日を動かすのは噂ではありませんし、私たちの針を動かすのも噂ではありません」
窓際で、新しい職人が自分の選んだ手元灯をともした。
(第15話へ続く)




