【ゼータ・セクター戦役編】第一話
今話からゼータ・セクター戦役編開始です。
ジャックやグレイブスが変わり果てる前の姿が見られます!
時は遡ること三年以上前。
銀河の外れにある星系、ゼータ・セクター。
未だ正式な名前もつかぬこの星系では、数年以上に渡り“タイタン・ヘヴィ・インダストリーズ”と“ヴァルハラ・サイバネティクス”をはじめとした企業勢力が、星系内の豊富な資源を巡り争い続けていた。
元老院は、一向に収まる気配のない戦火を看過できないとして、治安維持のためゼータ・セクターへGISDFを投入することを決定。
これを受け、各企業勢力は“タイタン・ヘヴィ・インダストリーズ”の持ち掛けた提案により一時的な停戦と共闘を行う事に合意する。
こうして、GISDFと“タイタン・ヘヴィ・インダストリーズ”率いる企業連合による戦い。
“ゼータ・セクター戦役”は幕を開ける事となる。
戦いは熾烈を極め、両軍共に多くの死傷者を出す事となる。
現在、戦況は企業連合側がやや優勢であり、それを受けGISDF上層部はゼータ・セクター派遣軍へ増援を送る事に決定。
その中には、人員補充として最前線に送られていく、未だ実戦経験の無い年若い新兵たちの姿もあった…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ゼータ・セクター第3惑星。
この惑星はハビタブルゾーンに存在し、呼吸が可能な大気を持つ居住可能惑星であり、戦前から企業連合の軍事拠点が数多く存在している重要拠点である。
現在、この惑星を巡る戦いでGISDFは企業連合を相手に苦戦し、多大な出血を強いられている。
そんな星の最前線へ、上層部から失っても大して惜しくないと太鼓判を押された多くの命が今日も送られて来る。
赤道直下ジャングルの上空を傷だらけの輸送機が編隊を組んで飛んで行く。
「俺たち…これからどうなるんだ?」
「最前線ってマジかよ…俺は片田舎の警備部隊なんだぞ!?」
「うう…母さん…」
「さっき…さっき吹っ飛んだ輸送機には弟が乗ってたんだ!」
「落ち着けよ!まだ死んだとは限らねえさ!」
機内にいるのは、新品のような軍服を着た怯えた顔の若者たちや覇気のない中年ばかり…
彼らは、本命であるベテランや練度の高い部隊を守るために、態と敵に情報を掴ませるなどして囮にされた新兵や二線級の部隊である。
彼らは宇宙港で輸送機に乗り換え、囮として敵勢力すれすれのコースで運ばれていく。
もちろん、輸送機や護衛機のパイロットも失っても大して痛くない人材ばかりだ。
だが、明らかに周りから浮いている異彩を放つ男女が二人並んで座っている。
「おい…なんだあいつら…さっきから表情一つ変えねぇ…薄気味悪ぃな…」
「生意気な…」
「おいおい…やめとけよ…いくら気が立ってるからって…」
一人は、まるで女優やモデルのような美貌の持ち主だが、抜き身の剣の様な近寄りがたい雰囲気を醸し出す未だ少女と呼べる年齢の女性士官だった。
「…やめとけ、あの女には手を出さねえ方がいい」
「あん?俺があんなメスガキに負けるとでも思ってんのか?」
「あいつの配属先は第3独立機動遊撃大隊だ」
“第3独立機動遊撃大隊”その部隊名を聞いた瞬間、周りの者たちは僅かにどよめいた。
「ブレイカースクワッド!?単なるプロパガンダじゃなかったのかよ!?」
「おいおい…ブレイカースクワッドが実在するって知らなかったのか?あの部隊はよぉ…各戦線から引き抜かれた腕っこきだけで構成された最精鋭!だが、その分危険な任務に就くから一年後にはほとんどの連中は空の棺桶でお葬式!残るのは歩兵分隊規模の10人だけよ…そんで、ブレイカースクワッドなんて呼ばれんのさ」
「じゃあ、あいつは少なくとも最精鋭ってことか?」
そう誰か呟いた瞬間、ある男が嫌悪感を剥き出しにした顔で首を横に振る。
そして、彼女を指差して機内中に聞こえるような声で言った。
「いいや、あいつは最精鋭なんかじゃない…仲間や自分の部隊を犠牲にスコアを稼いでる“死神”だ!あいつの…ユーリア・メルツァロヴァの部隊はなあ!あいつを残して毎回数か月以内に全滅してるんだよ!あいつのせいで俺の兄貴はくたばったんだ!」
男の声を聞き、機内の人間はユーリアを見てひそひそと何かを話したり、露骨に距離を置こうとする。
「いや…“死神”って単なる偶然じゃね?」
「いや、でも俺の知り合いがいた部隊にあいつが来たんだが…2か月で全滅だぜ?」
「縁起でもねぇな…近寄らないようにするか」
「“狂人部隊”かぁ…関わりたくねえな」
彼女は、自身の拳を血が滲みそうな程強く握り、泣きそうな顔で歯噛みして周囲からの視線に耐える。
「……ギリィ!」
ユーリアは、その自身の“死神”の噂を否定したい衝動に駆られるが、経験から何を言ったところで無駄なのだと理解してしまっている。
(私が…私が全滅させてるんじゃないのに…なんでいつもいつもこんなこと言われなきゃならないの…!)
もちろん、彼女が今まで部隊が全滅する度に生き残っていたのは死神だからではない。
偏に彼女の腕が良いのと悪運が強いおかげである。
部隊の全滅も無能な指揮官や上からの無謀な命令、不幸な事故などが原因だ。
しかし、そんな事は現場の兵には関係ない。
「…つーか、あの女の隣に座ってる男は誰だよ」
「おーおー…死神ちゃんは愛人を連れ歩いてんのか~?」
「無駄に面が良くてもよぉ…戦場じゃ死ぬときゃ死ぬんだよ!」
彼らの矛先は、ユーリアのみならず彼女の隣に座る者にも向いた。
それは、まるで人気俳優やトップモデルも顔負けの整った容姿で、こんな最前線の使い捨て要員として送られるのではなく、安全な後方で愛人扱いか広報要員として留め置かれるような年若い男だった。
その男はずっと身じろぎもせず無言で虚空を見つめている。
まるで、彼らの事など意にも介さないかのようだ。
そんな態度が、柄の悪い兵たちの神経を逆撫でしてしまったようだ。
周りは我関せずとばかりに関わろうとしない。
見知らぬ人間のために無駄に怪我をしたい人間などここにはいなかったのだ。
彼女以外は…
(なんで!?この人は関係無いじゃないですか!わ、私のせいなの…!?な、なんとか止めないと!)
「あの!「こいつはそっとしておいてやってくれ」え?」
彼女が隣の男を庇おうとした瞬間、誰かがそれを遮り男を庇った。
奥の方から年若い下士官が歩いてきた。
「ほ~?…伍長殿はあの優男のお友達ですかい?」
「友達選びは気をつけねえと…碌でも無い目に遭いますぜ?」
「今ここでそれ教えて差し上げましょうか~?」
そんなチンピラ紛いの男たちに向けて彼は言う。
「…あいつの配属先は第3独立機動遊撃大隊だ」
それを聞いたチンピラたちは顔色を変えた。
「ブレイカースクワッド!?こいつもか!?」
「じ、じゃあ、こいつは死神女と違ってマジもんの最精鋭なのか!?」
「ふん、そんなわけねえだろ!どうせこいつも他人を使い潰してスコアを稼いでるに決まって!?」
チンピラ兵士の一人が、ユーリアの隣の男に目を向けると表情が一変した。
「お、おい…どうしたんだよ」
「あ、あいつの胸元見てみろ!」
「おいおい…マジかよ…」
男の胸元には、SAFパイロットを示すパイロット章のみならず、空挺、レンジャー、格闘、射撃、爆発物処理など様々な技能を習得した証である徽章が輝いていた。
それは、この男が正真正銘規格外のワンマンアーミーという事を意味している。
「こいつ…どうなってやがる!?」
「普通これだけの技能を習得できる筈ねえだろ!?」
「ば、バケモンだ…フィジカルエリート通り越してフィジカルモンスターだ…!」
年若い下士官は彼らに続けて言う。
「わかったろ?こんなバケモン相手にやり合うなんぞ命がいくつあっても足りねえ…さっさと席に戻るんだな…」
「うっす…」
「わ、わかりました…」
「チッ…」
チンピラたちは、徽章の数々とブレイカースクワッドの名前に気圧されて、すごすごと引き上げていった。
男の胸元には従軍記章が一つもついていない事に気が付かずに…
年若い下士官がユーリアの隣の男に話しかける。
「おい…大丈夫か?」
しかし、男は虚空を見つめたまま何も言わない。
「…オウチカエリタイ」
いや、正確には唇を動かさずにカスみたいな声で泣き言を呟いている。
若い下士官はそんな男をなんとか励まそうとする。
「大丈夫だよ!ジャック、お前は凄い奴だ!きっと4年間生き残れるさ!」
しかし、男は全く聞こえていないようだった。
(日本に帰りてえ!!!!今すぐ帰りてえ!!!死にたくねえ!!!!死にたくねええええ!!!!おかあさああああん!!!!!)
もう完全にそれどころではなかった。
「教官もひでえよなぁ…お前が、必死に頑張って飛び級したり主席取ったりしてたのは、花形部隊のキャピタル防衛師団に配属されたり、士官学校への受験資格を満たすためなのに…なにを勘違いしたのか、最前線への熱烈な希望と勘違いした挙句、スーパーソルジャー育成課程とかいう訳分からんのに強制参加させて、挙句の果てに第3独立機動遊撃大隊への配属が決まったら、一番早い便って理由でこれに押し込んだんだから…こんなのあんまりだよ……グスッ」
若い下士官は、虚ろな目で虚空を見つめる変わり果てた同期の姿を見て思わず涙ぐむ。
彼の脳裏には、サバイバル訓練中に不器用ながらも心が折れそうだった自身を励ます彼の姿や、雪山での行軍訓練中に足を怪我した班員をおぶって山を下りていく姿などが過る。
「今思えば…パイロットのお前がレンジャー課程受けてたの意味わかんねえな……もっと意味わかんねえのはお前のフィジカルだけど…握力500㎏とか意味わかんねえし、なんで一時間息継ぎ無しで動けんだよ」
目に涙を浮かべながら、そうしみじみと呟く若い下士官。
(え?なにそれ?す、スーパーソルジャー?よくわかんないけどなんか凄く可哀想…ていうか私と同じ部隊の配属!?飛び級って言ってたし年下だよね?…今度こそ守らなきゃ)
彼の話を隣で聞いていた彼女は、隣の可哀想な自身の部下になり得る青年を守ろうと決意を固める。
そんな中悲劇は起きる。
『間もなくZ1-53基地へ到着する。各員、席に着きシートベルトをッ!?』
機体が大きく揺れた。
「おい!何が起きてんだよ!」
「事故でも起きたのか?」
「嘘だろ…事故は勘弁してくれよな」
「こ、これ墜落したりしねえよな?」
突然の揺れと途中で途切れたアナウンスに皆一様に困惑している。
そこへ、追い打ちをかけるようにマイクを切り忘れていたのか、コックピット内の喧騒が聞こえて来る。
『おい、速度が落ちてるぞ…』
『よし、そうか、分かった。降下しよう』
『3つとも上昇を示しているから、降下しろ』
『駄目だ!全然操縦できない!?』
『一体何をしている?』
『機長!全く操縦できません!何が何だか、全部やったんですが…』
操縦できないなどという不穏な会話が聞こえ出し、乗員全員に緊張が走る。
「おい…これヤバいんじゃないのか!?」
「だ、大丈夫だろ…この機体は他と違って、この輸送部隊では唯一のベテランが機長をやってるんだからよ!」
ベテランが機長をやっているのだから大丈夫。
そんな彼らの希望は無惨にも打ち砕かれる事になる。
『上がれ!頼むから上がってくれ!このままでは…墜落するッ!』
『クソ!機首が下がらない!ずっとめいっぱい引いてるのに!?』
『機首が下がらな…おい、お前今なんて言った?』
機体の速度が落ちていた場合、操縦桿を押すことで機首を下げ、降下し速度を上げなくてはならない。
しかし、副操縦士の一人はずっと操縦桿を引き続け、機首を上げて更に機体を失速させていたのだ。
これは、まともに訓練を受けたパイロットであれば犯さない大失態である。
そこへ、更に追い打ちをかけるように更なる悲劇が訪れる。
『右主翼脱落!?』
『被弾が原因か!?クソ!』
『そんな!?操縦桿を引いてるのに!?』
度重なる被弾により、強度が大きく低下していた右主翼が捥げてしまったのだ。
優秀なパイロットでも非常に厳しい状況、平均以下のパイロットたちには為す術はなかった。
「おい…墜落するって!?」
「嘘だろ!?こんな…せめて戦場で死なせてくれ!」
「じ、事故死は戦死扱いにならねえから年金が下りねえんだぞ!?そうなったら俺の家族は生きていけねえよぉ!」
「いやだ…いやだあああ!!!!」
当然、そんなコックピットでの会話が筒抜けになっている機内はパニック状態に陥った。
「なんなのこれ…私が死神だから…みんな死ぬの?なんで…なんでこんな……」
「パイロットは前日にレバノン料理食ってそう。もう助からないぞ。助けてサレンバーガー」
ユーリアは顔を覆い項垂れながらすすり泣く。
隣の男は錯乱したのか、要領を得ないおかしな事を口にする。
『ふざけんな馬鹿野郎!機首を上げるな!』
『高度2000フィート!?』
『嘘だろ、どうなってんだ!?』
機体は目的地を目前にジャングルへ墜落した。
乗員500名の内、生存者は僅か2名。
幸いなことに、GISDFの占領地域であったため二人は無事保護された。
銀河宇宙航空事故調査局は、回収されたブラックボックスと残骸の調査により、事故の原因は副操縦士の初歩的な操縦ミスと右主翼への度重なる被弾であると結論付けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
企業連合との最前線にあるGISDFの基地、Z9-171基地。
この基地は第3独立機動遊撃大隊…通称ブレイカースクワッドが駐屯している。
そんな同基地の、第3独立機動遊撃大隊大隊長執務室へ向かう一人の偉丈夫の姿があった。
彼はレイモンド・サリヴァン大尉。
同部隊の中隊長の一人である。
彼は執務室の扉の前に立つとドアを三回ノックした。
「開いているぞ」
大隊長からの入室許可が下りる。
「第13SAF中隊中隊長レイモンド・サリヴァン大尉、入ります」
サリヴァンは静かに戸を開けて中に入り、中にいる上官に敬礼する。
「レイモンド・サリヴァン出頭致しました」
そこには、部隊の指揮官であるショートヘアの茶髪と切れ長の目が特徴の女性、レナータ・ザルムホーファー中佐の姿があった。
彼女は、見てくれの良さとトップエースでもある事から、よくGISDFの広報に使われる。
「立ち話もなんだ…座りたまえよ」
「は、失礼いたします」
彼は着席の許可を得て座る。
「用件は既に聞いているね?」
「は、人員補充の事ですね?」
サリヴァンは事前に聞かされた内容を思い出し、苦々しい表情を浮かべそうになる。
(片方はともかく…もう片方は任官したての新兵とはな…また、“スーパーソルジャー育成計画”なる気の触れた計画のために、罪のない新兵が最前線に送られて死んでいくのか…)
そんな彼の内心を読んだのか、レナータはクスリと笑って口を開く。
「やれやれ…君は少々過保護が過ぎるのではないかね?優秀な人材を遊ばせておく暇は、我が軍にはないというのに…」
サリヴァンは、できる限り不服そうな顔をしないように努めつつ口を開く。
「お言葉ですが…こちらのメルツァロヴァ少尉はともかく、ギャレット伍長は新兵で実戦経験がありません。いくら優秀な成績とは言え、この部隊でやっていけるとは限らないのでは?我々に求められている事を考えれば、実戦経験の無い新兵では流石に厳しいでしょう」
彼の言葉を聞き、レナータは肩をすくめる。
そして、自身に満ちた声色で言った。
「レイモンド…安心したまえよ…彼は漸く現れた“本物”の“スーパーソルジャー”だ。今までの出来損ないとはわけが違うさ」
そんな彼女の発言を聞き、サリヴァンは内心憤りを感じざるを得なかった。
(出来損ないか…中佐…貴方は新兵たちの命をなんだと思っているのです?…彼らはモルモットではないのですよ?)
「…そうですか。では、そうである事を祈っておきます…それで?用件はなんでしょうか?」
彼はレナータの言葉に不快感を感じつつ、本題に入るよう促す。
「まあ、そう焦るな…本題はもう一人が来てからだ」
「もう一人…ですか?」
「ああ」
しかし、彼女はもう一人呼んでいるから待てと彼に言った。
(もう一人か…おそらくは“彼”の直属の上官になる者の事だな)
サリヴァンは、真面目で正義感の強い戦友の顔を思い浮かべた。
(彼の小隊は一人欠員が出ていたな…しかし…)
彼が戦友の事を考えていると、執務室のドアが規則正しく三回ノックされる。
「入りたまえ」
レナータはドアの向こうの人間に入室を促す。
「第13SAF中隊ギルバート・グレイブス中尉、入ります!」
すると、扉を開けて白髪をオールバックにした鋭い目つきの屈強な男性が入室する。
そして、彼はレナータへ一度敬礼した後、二歩前に歩み出てもう一度敬礼する。
「ギルバート・グレイブス、出頭致しました!」
「やあ、来たかギルバート。既にレイモンドは座っている。君も座りたまえ」
「は、お待たせして申し訳ございません。失礼いたします」
彼女は、目の前に座る二人の部下に書類を差し出す。
そこには、人員補充として送られてくる二名の情報が記載されている。
書類には、ユーリア・メルツァロヴァ少尉にジャック・ギャレット伍長と、二人の名前と階級が記載されている。
「予てより、我々は失った人員の補充を上に要求していた…少ないが、上は漸く補充を寄越す気になったようだ…何事もなければ、一週間後にはこの二人は着任するだろう。なにか質問は?」
補充される人員の事を、知ったばかりであるかのような彼女の口ぶりに、サリヴァンは内心呆れていた。
(よくもまあいけしゃあしゃあと…新兵の方は、前々から目をつけていたと言っていたでしょうに…)
しかし、彼はそんな感情をおくびにも出さずに言う。
「やはり、メルツァロヴァ少尉はともかく、ギャレット伍長は今からでも転属させるべきでは?戦場では一瞬の気の迷いが部隊全員を死に追いやります。人を殺めた事もない新兵が、この部隊の過酷な任務について行けるとは到底思えません…」
「私もサリヴァン大尉と同意見です。メルツァロヴァ少尉は、既に実戦でSAFを12機撃破しているエースパイロットですが…ギャレット伍長は優秀とはいえ実戦経験が無い。この部隊に入れるのは、あまりにも酷だと思われます。なにせ、今はこの部隊には新兵を一から訓練する時間も与えられていないのですから…」
サリヴァンに続き、ギルバートもジャックの扱いに苦言を呈する。
しかし、レナータは頑として譲らない。
「そういう訳にもいかん。それに、これは既に決まった事だ。既に決まった事はそう簡単には覆せん。なにより、優秀で経験豊富な人材はどの部隊も手放そうとはせんよ…曰く付きでもなければ…ね?」
彼女はそう言うと、ギルバートの方を見て「それに」と言って続ける。
「彼は“スーパーソルジャー課程”を修了することができた今季唯一の人間だ。わかるか?仮に、ここに配属されなくとも最前線に送られることに変わりはない。…その時、果たして“君たち”のように彼を案じてくれる上官はいるかな?…それとも“君”は目の前で死なれなければ問題ないのかな?なあ、ギルバート?」
二人は思わず答えに詰まった。
実際、仮にジャックがここに配属されずとも、彼はどこかの最前線に送り出される事は目に見えているからだ。
都合の良い何でもできる抗命権を持たない超人的な兵士など、部下を数字としか見ない自身の出世と椅子をケツで磨く事しか興味のない者が見れば、自身の功績を積み上げるため喜び勇んで容赦なく使い潰すのは想像に難くない。
緘口令が敷かれているため三人は知らない事だが、ジャック以外の“スーパーソルジャー課程修了者”は、全員一年以内に孤立無援の状態で殉職している。
そして、哀れな“スーパーソルジャー”を使い潰した者たちは、“兵士の命一つで、この結果が得られるならばコストパフォーマンスに優れている”などと宣い、新たな“スーパーソルジャー”の入荷を心待ちにしている。
“スーパーソルジャー計画”は、企業側が自分たちと繋がりのある元老院議員やGISDF高官に働きかけ、GISDFの力を削ぐためだけに立ち上げさせた計画ではないかと噂されているが…真偽のほどは定かではない。
そこへ、レナータは更に畳みかける。
「なあ、ギルバート…お前の下でギャレット伍長を育ててみないか?少なくとも、お前と最前線へ行く方が…他所で最前線に放り出されるより、ギャレット伍長の生存率は高くなるとは思わないか?」
レナータの言葉に“スーパーソルジャー課程”修了者に関する黒い噂、そして実際に自分たちを全線で使い潰す傲慢で鈍間な無能、それらは二人からジャックを転属させるという選択肢を奪った。
「…そうですね…ハァ……その方がよろしいかと」
「…中佐の仰る通り……私の下にいる方が生存率は上がるでしょう」
二人は、不承不承ながら彼女の言葉に頷いた。
そんな二人を見て、レナータは満足そうに笑みを浮かべて口を開く。
「わかってくれたようで何よりだ!安心しろ!ジャック・ギャレットは“私が見出した”男だ!きっと期待に応えてくれる事だろう!ああ、そうそう…メルツァロヴァ少尉は私直属の小隊に編入させる。さて、話は終わりだ。私ともっと話がしたいなら残ってくれても構わんが…そうでないなら退出していいぞ?」
彼女がそう言うと、二人は姿勢を正して敬礼してから立ち上がり、背中を向けないよう三歩後ろに下がる。
そして、先にサリヴァンが退出した後、グレイブスが「失礼します」と一礼。
静かにドアを閉めて退出して行った。
二人が去り、自分以外誰もいなくなった部屋で彼女は呟いた。
「私が見出した超人…他の凡愚にくれてやるものかよ」
執務室を出た後、二人は中隊事務室に戻る。
そして、席についてデスクワークを再開した。
(なにも知らない候補生をスーパーソルジャーなどと嘯いて、地獄のような訓練課程を課した末に使い潰して殺す…上もなんとも惨い真似をする。ギャレット伍長も災難だが…ザルムホーファー中佐の目に留まったのは幸運だったな)
サリヴァンは、内心でジャックたち“スーパーソルジャー課程修了者”を憐れみつつ、デスクワークを進めていく。
だが、次の瞬間彼は顔色を変えて作業の手を思わずといった風に止めてしまう。
(中佐が下士官養成所へ、定期的な視察に行き始めたのは一年前…ギャレット伍長が、通常のパイロット課程SAFパイロットコースから、“スーパーソルジャー課程”へ移ったのはその少し後…)
なにやら違和感を覚えたサリヴァン。
そんな彼の脳内に浮かび上がるのは先ほどのレナータの言葉。
『ジャック・ギャレットは“私が見出した”男だ!』
彼はそんな彼女の言葉に違和感を感じた。
(彼女はやけに“私が見出した”の部分を強調していた気がする…まさか!?)
サリヴァンの脳内に浮かび上がる最悪の考え。
それは、レナータが下士官養成所へ裏から手を回し、何も知らないジャックを“スーパーソルジャー課程”へ移らせたというものだった。
「まさかな…」
しかし、彼はそれを自分でもあまりにも馬鹿げた考えであると切って捨てた。
いくら、あの上官に人の心がないとしても、流石にそこまではしないだろうと考え、再びデスクワークに集中して手を動かし始めた。
真相は未だ闇の中である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺の人生はこんな筈じゃなかったって事ばかりだ…
こいつは日本人だった頃から変わりゃしねえ…
「ひでえもんだな…」
ほんとひでえよ…
完全に目が逝ってる元老院崇拝者の教官に、勝手に“スーパーソルジャー課程”に同意もなくぶち込まれたと思ったら…
パイロットなのにソルジャー課程を修了させられたり、パイロットなのにフル装備で空挺部隊と一緒に落下傘で敵陣に降下させらたり、パイロットなのに爆弾の解体法を憶えさせられたり、パイロットなのに建築士や電気工事士の資格を取らされたり、パイロットなのに潜水士の資格を取らされたり…
取らされた資格やらなにやらの中で、俺が望んで取ったのは特殊車両と調理師の資格だけじゃねえか!!!
それで挙句の果てに、元老院崇拝者の糞教官からブレイカースクワッド送り宣告されて、次の日に荷物纏めさせられて輸送艦にぶち込まれて、何日も狭い部屋でベッドもなく雑魚寝させられて、輸送機に押し込まれて最期はこれかよ…
「俺の人生なんだったんだろうな…なんで俺がこんな地獄みたいな世界に転生させられて、文字通り地獄に堕ちなかきゃなんねえんだ…」
ここ人間の血肉塗れで、尚且つ暗いし血の池地獄かなにかか?
多分そうだな…
なんで地獄に堕ちなきゃなんねーんだ…
親不孝者だから?
多分そうだわ…
拝啓
日本にいるお父様、お母様。
お元気ですか?
息子は地獄にいます…文字通り…
「しかし…閻魔大王の裁きとか受ける前に地獄へ行くんだな…知らなかったよ」
ま、所詮死んだことない連中の言ってる死後の世界だもんな…
真に受ける方が馬鹿だよ。
「しっかし暗いなぁ…明かりくらいないのか?」
地獄って明かりも無い…ん?
なんか光が差し込んでる…?
行って見るか…!?
「オイオイ…地獄って夜のジャングルみたいなんだな…」
初めて知ったよ。
そういや、俺たちの飛行機が飛んでたのもジャングルの上空だったらしいね。
輸送機はコックピット以外に外の様子見れるとこないから知らんかったけど。
おい、待て…
「俺バリバリ生きてる?…マジか」
完全に死んだと思ってたわ…
暗闇に目が慣れてきたからわかるけど、普通にこれ墜落した輸送機の中だったわ…
謎の光も、輸送機の壁に穴空いてて、そっから月明かりが入って来てただけだった…
こうしちゃいられねえ!
早く助けを!いや、それより前に明かりを…獣避けに火を起こすか!?
でも、敵にバレたら…いや、基地が近いって…
「とりあえずは…まだ、勢力図が変わってない事を願って明かりになるもの探すか…」
貨物室漁ればなんかしらあるだろ!
よーし…でも、一旦外に出たい…
理由?普通に血肉塗れの空間が嫌。
「そうとわかれば…ゲッ!?」
うわあ…血肉が貨物室の扉にべっとり…
「お゛え゛え゛!!!」
ヤバい…マジ気持ち悪い…
最悪…人間のだって理解したらもう無理!マジ無理!
「帰りたいよぉ…ゔ゛っ゛!お゛げ゛え゛え゛え゛え゛」
数分…あるいはそれ以上…俺は腹の中のもん全部吐いて、腹ん中空っぽになったら胃酸も吐いた。
「あ゛ぁ゛ぁ゛…クッソ…はあ…おえっ…」
ようやくそこら中の死体に慣れて来たよ…
畜生…全く最悪だ!
「ど、どの道戦場で目にするんだ…遅かれ早かれだろうよ…おえっ…」
マジで…こんな目に遭っても生き残ったんだ…
ぜってえ死んでたまるかよ!
『…ッ!……!?…』
人の声…!?
「不味いな…武器持ってねえのに…どうする…!」
このクソほど調子悪い中、フル装備の兵隊を相手にするのはしんどい…
…ッ!?足音ッ!近づいて来る…!?
やり過ごすか…!?
「数は一人…」
ならやれるか…!?
いや、これはフル装備じゃないな…
むしろ…ほぼ丸腰か?
「なら…やれる!」
この扉を開けて一気に…そうだった…この扉血肉塗れなんだった…
うえ…触りたくない…
でもまあ、やるしかねえよな…
死にたくねえし…
「あ、あれ?開かない?」
墜落の衝撃で歪んだのか!?
じゃあ、もう…無理やり開けるか。
「ぬううううんッ!!!」
開いたああああ!!!!
「いやああああ!!!!」
うぎゃああああ!!!!
なに!?なんか突然光が顔に当たってんだけど!?
「うわああああ…あ?」
これ懐中電灯?
なんだ人間か…
さっきの気配の正体だな。
出会い頭に撃たれなくてマジでよかった。
実戦と訓練じゃ違うわやっぱ…
あれ、この人どっかで見た気がする?
なんか輸送機にいた人だっけ?
ま、GISDFの軍服着てるし味方でしょ!
「な…なに!?今度は何なの!?もういや!さっきは変なでっかい虫いたし!」
「で、でっかい虫!?なにそれキモイ!すっげーやだ!どんな奴ですか?毒とか持ってそうでした?」
「え?あ、うーん…ちょっとわかりません…」
あーそりゃあ残念…ここジャングルだから蚊とかいたら最悪だし…
こういう、未知の領域とか残ってる星のなにが嫌って、現地の生態系とかが完全にわかってるわけじゃないから、危険な毒持ってる新種の生物とか存在したりするのよね…
「はあ、ゼータ・セクターの生態系に関する論文なんかをもう少し読めばよかったか…でも、大して出揃って無かったんだよなぁ…さて、どうしたもんかな…」
取り合えず、靴紐があるから乾いた木があれば火は起こせるが…
ジャングルだしなぁ…
「あ、あの!」
「はい?なんですか?」
なんやこのアマ…?
お喋りしてる余裕なんかないんだが…
「輸送機で隣に座ってた人ですよね!無事だったんですね!よかったぁ…」
「え?あ、ああ!隣の席の方でしたか!暗くてよくわかりませんでした」
道理で見覚えがちょっとあったわけだ!
もう一杯一杯だったからよく覚えてないけど…
ごめんね養成所の同期のトビー…
もし、生きてたらこの後埋め合わせするわ…
「取り合えず、もう日が落ちてるので…焚火をしたいのですが…」
流石にずっと起きて野生動物と不眠不休で戦うのは無理!
「あ、それならもう私があっちで火を起こしてるます!一応、使えそうな物は持って行ったので…食料や水も日が落ちる前に確保してあります!」
「本当ですか!?助かります!」
内心でこのアマとか言ってごめんなさい。
あなたは女神です。
てか、この人よく見たら階級章少尉じゃん…
相手上官だったのか…
ん?でもそれならなんでこっちへ来たの?
ま、いっか!
気にしてもしゃあないわ!
輸送機からちょっと離れた所。
そこに焚火があった。
マジでレーションや水が山積みになってる!
焚火の前に座ってたら、なんか救急セット持って女神が歩いてきたんだが…
なんぞ?
「えっと…どこか痛むところとかありますか?」
え?マジで?手当までしてくれんの?めっちゃ優しいじゃん!
サバイバル演習ですら怪我人見捨てようとする連中居るのに…
そういう連中が排除されないのマジで不思議。
…上は意図してそう言う連中を増やしてんの?なんで?
「いえ、特には…」
まあ、痛くもないし…見た感じ大丈夫そうだし…
なんか冷静になって来たら…
俺さっきまでちょっと頭おかしかった?
飛び散った血肉に吐きそうに…いや、吐いてからおかしくなってたような…
あ、ヤバい…思い出したらまた気持ち悪く…
「だ、大丈夫ですか!?どこか痛いとか!?」
「いえ、大丈夫です…ただ、ちょっと…機内の地獄絵図が頭に…」
ま、まだ起きてないだけで…あの中に生きてる人もいるよね?
いない?もしかして…死にきれない状態で…おえ…
「大丈夫…大丈夫だから…」
「あ゛り゛が゛ど゛ゔ゛ご゛ざ゛い゛ま゛ず゛」
吐きそうなの落ち着くまで背中さすってくれた…
女神や…
あ、そうだ。まだ自己紹介してねえや。
「そうだ…自己紹介が遅れ、申し訳ございません。私は第3独立機動遊撃大隊着任予定のジャック・ギャレット伍長と申します。よろしくお願い申し上げます、少尉殿!」
よーし、イケメンスマイル付きの挨拶!
これで相手もイチコロよ!
「…グスッ」
え?なんで泣いてんの?
どっか痛いんか?
それか癇に障ったのか?
俺、上官相手にやらかした?
「すみません…久しぶりにちゃんとした自己紹介をされて…ズビッ」
え?自己紹介もちゃんとできない連中?
マジ?“オレサマオマエマルカジリ”とか言ってそうな連中だね。
「私はユーリア・メルツァロヴァ少尉です!ギャレット伍長と同じ第3独立機動遊撃大隊着任予定よ!よろしくね!」
美人で性格の良い上官…
最高じゃん!なんとしてもこの女神を最前線で守り切らねば!
「よろしくお願いいたします!メルツァロヴァ少尉!」
この人が俺の上官になってくれるなら、どんなキツイ戦場だって耐えて見せるわ!
企業連合がなんぼのもんじゃい!
こっちには勝利の女神がついてんだよ!
クソ教官のせいで、地獄の訓練の後更なる地獄へ叩き込まれたが…
ようやく俺にもツキが回ってきたな!
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